第8話 変わらないように

~織原朔真視点~


 学校が終り、自宅であるボロボロの木造アパートに帰ると直ぐに萌に話をした。いや、先に帰っていた萌が様子のおかしい僕にどうしたの?と話し掛けてきたところから始まった。


「ララさんっているじゃん?」


「うん。昨日もコメント残してくれたでしょ?」


「あの人がクラスにいた」


「はぁ!?」


「俺と同じクラスの女子がララさんだった」


 はぁ!?と大きな声をあげる萌に詳しく話す。エドヴァルドのロザリオを持っていたことや、ララさんのツブヤイターアカウントを所有していたことを。


「──ってことは……」


 萌はツブヤイターを開き、ララさんのアカウントへ飛んだ。


「お兄ちゃんはこの呟きを見たってこと?」


 萌は僕の話を聞いて、僕が覗いたであろうララさんの、音咲さんの呟きを見せ付ける。


『好き好き♡本当に大好き♡♡♡♡今日はどんな姿で現れてくれるの?今から待ちきれない♡♡♡♡♡』


 あの時、忙しなくフリック入力をしていたのはこの文章を書き込んでいたからか。僕はもう1人の自分がヘッダーに使用されていたことと、音咲さんがララさんであることに驚いて、問題の文章を見ていなかった。なるほど、音咲さんがこの文章を見られたと思えば、僕が彼女が誰かと付き合っているのではないかと思うのも無理もないことだ。


 しかし今でも信じられない。


 ──ララさんが音咲さんだなんて、いや音咲さんがララさんなのか?悪いが想像できない。だけどこの台詞はきっと向こうも同じだろう。僕、織原朔真がエドヴァルドだなんて音咲さんは想像もできないだろう。


 そんなことを考えていると、萌が言った。


「ララさんってどんな人だったの?」


 僕は言葉に詰まる。


「ぁっと……音咲華多莉だった」


「はぁ!!!!?」


 本日2回目のはぁ!?が出た。


「ララさんは椎名町45の音咲華多莉だったんだよ」


「マジィ!!?かたりんがララさん!!?お兄ちゃん、付き合えるんじゃない?」 


「無理だよ」


「そんなのわかんないじゃん!?」


「わかるんだよ。第一今日、変態認定されてビンタもされてんだから」


 僕は今日あった出来事を全て話した。


「──かたりんに変態ってなじられて、ビンタされるって結構なご褒美じゃない?」


 妹よ。


「俺はそれをご褒美と受け取れるほど人生楽しめてないんだよ。それよりも配信の準備しなきゃな」


 僕はスイッチを切り替える。今日自己紹介の時、音咲さんがクラスメイト達の前でアイドルになるみたいに。


 僕はエドヴァルドになる。


 ──パソコンの電源を入れて、LIVE2Dを起動してっと……


 鷲見カンナさんの配信から一躍チャンネル登録者数が2万人となった僕の配信が今から始まろうとしている。嬉しいことに毎秒で登録者が増えていっている。


 サムネイルは画面を割って右側にエドヴァルドが感慨深そうに目を瞑っている絵を置き、左側には赤い文字でチャンネル登録250→2万と銘打っている。


 鷲見さんから紹介されたおかげで、他のVチューバーさん達から色々な誘いを受けた。しかし昨日の今日でコラボ配信などできるわけがなく、今日の配信は一気にチャンネル登録者数が増えたことによって生じた出来事を雑談を交えて話す配信にした。


 いつものルーティーンとしてララさんのコメントを読んだ。いくらララさんが音咲さんだとわかってもいつも行っていることをやめることなんて簡単にはできなかった。


 精神を落ち着かせた僕は配信を開始した。

 

 配信を始めたばかりだというのに既に同接数が500を超えていた。僕はコンデンサーマイクを守っているポップガードに近付いて声を出した。


「ぇ~皆様お待たせしました。聞こえてますでしょうか?こんヴァルド!てか凄いわマジで、もう同接500人いってる。昨日まで同接25人とかだったんだよ?」


 〉こんヴァルド

 〉こんヴァルド

 〉エドが人気出て嬉しい

 〉初見です

 〉イケボ助かる


「でもさこれだけたくさんの人に見てもらえるからと言って特別何かをするってことは特に今はまだ考えてないんだよね。チャンネル登録者数が増えたからって今までの自分以上の何かをやろうとしてもきっと失敗するだろうし、取り敢えず今まで通りの配信をするから、前から応援してくれてるリスナーさん達は安心してほしい」


 〉そういうとこ好き √


 僕はチェックマークを見てドキリと反応してしまった。ララさんが、音咲さんがこの配信を見ていた。当然のことだが、ララさんの背景を知ってしまった僕は、今までのような目で彼女を見ることはできない。今日の通学路、隣の席、体育館裏での彼女が過る。僕は画面の向こうの彼女にそう悟られないよう、何事もなかったように配信を続けた。

 

 〉イケボすぎる

 〉初見です


「大勢の初見さんには取り敢えず俺のことを知ってもらおうかな?」


 僕は挨拶と、どういう配信を今まで、そしてこれからしていくかを話した。そして僕の身に起きたことを話す。


「いやマジで通知がえぐいのよ。99+って見たことなかったし、スパムかと思ったよ!それにツブヤイターで呟けばいいねとかRTがめちゃめちゃつくし、それで思ったよね。あぁこうして承認欲求の化け物が生まれるのかって。まぁそんなとこかな?てかさぁ、皆始まったでしょ?新生活。どうだった?」


 〉オワタ

 〉見事撃沈

 〉ブラックだった

 〉イケボ助かる


 僕はリスナーさん達に新生活についての質問をした。


「俺はさ、別に新生活とかそういうのはないんだけど──」


 僕の操るキャラクター、エドヴァルドは4万2000歳の吸血鬼にしてエクソシストという設定で、人間にそれがバレないように生活しているという背景がある。まさか今日から、音咲さんにバレないように今後学校生活を送らねばならないことと重なるなんて思いもよらなかった。


「昔さぁ、新しい学校とか新しい学年になると皆の前で自己紹介するくだりあるじゃん?」


 〉今でもある  

 〉あった

 〉やめとけ 

 〉初見です


「あれがマジ苦手でさぁ。ぁ、初見さんいらっしゃい。今でもああいうのやってんの?」


 僕は現役の高校生だが、そのことは伏せている。理由は色々とあるが何よりも身バレを起こしにくいからだ。


 〉ある

 〉あるよ

 〉全然ある

 〉イケボすぎる

 

 僕は一対一の対面なら辛うじて話せるようになったが、大勢の前で喋ることが出来ない。Vチューバーとして誰かに成り代わり、配信で今もこうやって800人──500人から増えた──の前で話すことはできるのに。どうして対面になるとできないのか自分でもよくわからない。人の顔を見ずにコメントを見ながら話をするのは楽しかった。


「やっぱり時代はなかなか進んでいかないよねぇ。てか同接900人になってんだけど!?」


 同時接続数に関して、トップVチューバー達のコラボ企画なら6万人、7万人となることもあるが、事務所に入っていない個人勢のVチューバーは300人もいれば化け物級だ。僕なんて同接1人とか2人の時もあった。しかしララさん、音咲さんのような人達が見てくれているから僕はVの活動を続けていられた。


 例えば、同接0人が1ヶ月続いたとき、どうせ誰も見ないのだから辞めてしまおうと思うVがいてもおかしくはない。特定のリスナーさんを贔屓にするのは良くないが、僕がVチューバーを初めて間もない頃から、とある2人のリスナーさんはずっと見てくれている。初めの1人はララさんである音咲さんだが、その後にもう1人よく見てくれる人が現れた。それがスターバックスさんという人だ。


 ☆10000円

 〉初スパです。チャンネル登録2万人おめでとうございます。


 スーパーチャットが贈られた。しかもスターバックスさんからだ。この人はララさんのようにコメントを残してくれるわけではないが、古参リスナーの1人だ。


 またスーパーチャットとは所謂投げ銭のことである。チャンネル登録者1000人を超えないと投げ銭ができないような条件になっているため、今回が初めての経験となる。


「あ!そうか!スパチャ解禁されたのか!!ありがとうございます!スターバックスさん!!」


 1万円という大金が投げられて、僕のテンションが上がった。


 ☆1000円

 〉ほい


 ☆2200円

 〉イケボ代です


「え!?ちょっと待って、戸惑うわ!!」


 ☆5000円

 〉戸惑ってください


「戸惑ってくださいって言いながら大金贈ってこないでって!!」


 僕はこんなに簡単にお金を貰ってしまっても良いものかと思った。僕の初々しい反応のせいか、暫くスパチャが止まらなかった。


 ようやく落ち着いて僕は、いつも通りのスタンスで会話をする。


「こんな配信でいいのかな?」


 それは900人のリスナーさんと音咲さんやスターバックスさんに向けて放たれた言葉であった。


 〉それでいい

 〉推せる

 〉イケボ


「ありがとう」


 僕は照れくさく笑う。


「こうやってさ一気に見てくれる人が増えるとさ、自分を変えないように、変わらないようにって思う時間が増えたな。ぅん。もしかしたら見てくれる人が増えて、そこが一番変わったところなのかもしれない……ちょっとややこしいこと言ってるけど意味わかった?」


 〉わかった

 〉わかった(わかってない)

 〉わかった(嘘)

 〉初見です(嘘)


「いや嘘つくなよ!!」


 〉今まで嘘ついたことないし……


「今まで嘘ついたことない?それがもう嘘!」


 〉エドなんて大っ嫌い(嘘)


「エドなんて大っ嫌い(嘘)?ドラ○もんでそんな回あったわ」


 〉どうも三遊亭嘘太郎です


「三遊亭嘘太郎ってなんだよwたけし軍団じゃないんだからもっとマシな名前師匠につけてもらえよw新学期早々、付いていく人間違えんなよ!!」


 流れでリスナーさん達との大喜利が始まる。これも僕、エドヴァルドの配信ではありがちなことだ。僕は見る人が増えても、スパチャが贈られても、今までの配信ができていることにホッとしたが、新学期という言葉を自分で言ってしまったことを少し悔いてもいた。普通の社会人なら最初に言った新生活という言葉を使うべきだったんじゃないのか?


 なんにせよ、これから本格的に授業も始まるわけだし、チャンネル登録者数が2万人を超えたのだから音咲さんだけでなく他のクラスメイトが僕に気付くかもしれない。より一層、注意して新学期を過ごさなければならない。


 ──どうか何事もなく学校生活が終わってほしいなぁ……


 しかし今までと同様に変わらないでいようと思っていた僕なのだが、知らずして自分が変わってしまっていることにこの時の僕はまだ気付いていなかった。

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