第6話 公開処刑
~織原朔真視点~
生徒達は、教壇に立つ1人の女の子に注目した。
ショートボブの茶髪を元気に揺らしながら、挨拶する。
「一ノ瀬愛美です!」
快活な声。誰もが彼女の声に共感を覚え、癒される。
その声と言葉に男子生徒からのヤジが飛ぶ。
「知ってるぅ!」
「知ってる」
「可愛い!!」
「「「マナティー!!」」」
お笑い芸人が嫁の名前を叫ぶみたいに彼女の愛称を連呼する。そんな男子達からの言葉を上品な笑顔で教壇の前に立つ一ノ瀬さんは受け止める。
「はしゃぐなお前ら!!」
担任の鐘巻先生が囃し立てる男子生徒を一蹴した。
一ノ瀬さんはコホンと控え目な咳払いをすると、自己紹介を続ける。
「好きな食べ物はチャンジャと蒙古激震ラーメンです!」
生徒達は彼女に笑いかける。
しかし僕は憂鬱だった。
──この自己紹介とかいう公開処刑場がなければ良いんだけどな……
一ノ瀬さんの自己紹介は終わり、次の男子生徒の番となった。僕は早鐘を打つ心臓を押さえつけ、どのように自己紹介すべきか何度もシュミレーションした。
どのシュミレーションも失敗に終わる。どうすれば傷が浅くすむのだろうか。僕は不意にララさんのコメントを読みたくなった。しかし今スマホを取り出せば没収される恐れがある。そんなことを考えていると僕の番になった。
──織原朔真
出席番号順で初めの方だ。森だとか渡辺だとか後の方の出席番号なら良かったのにと僕は思わずにはいられない。人格形成において出席番号が幾らか影響を及ぼすのではないかと僕は考えている。
僕は席を立ち、他の生徒達の視線を一身に受け教壇へと向かう。
教壇に立つが、なかなか顔を上げられない。
しばしの静寂の後、意を決して何とか僕は顔をあげる。しかしクラスメイトの全員が期待と嘲りの視線を向けたのが、僕の前髪の隙間から確認できた。
動悸がし始める。
「おい、どうした?」
担任の鐘巻先生は僕の顔色を窺った。全クラスメイトにプラス1名の視線が加わる。
僕は血の気の引くサーっという音を聞いた気がした。それでも僕は喋った。
「…ぉ、ぉりはら……さ、朔真です……」
額にネットリとした汗が浮いてくる。僕の声に男子生徒の1人がツッコんだ。
「声ちっさ!!」
その言葉に生徒達は笑う。僕はその笑い声のアーチを潜りながら自席へと戻った。
「おい静かにしろ!次、音咲!!」
音咲華多莉は席から立ち上がり僕とすれ違うようにして教壇へと向かう。
僕は激しい動悸を押さえつけながら席についた。そう、僕は人前で上手く喋れないのだ。昔は一対一の対話でも上手く声がでなかったが、なんとか訓練の末、話せるようにはなった。しかし大勢の顔が僕に向けられると途端に声が出なくなる。他者の身勝手な期待、好奇な瞳は僕の底にある嫌な記憶を思い出させる。今日のこの自己紹介がおそらく8年くらい僕の脳内を反芻することになるだろう。
そんなことを考えていると、ハキハキとしたしっかりと聞き取れる、それでいてピアノが歌うような優しい声が僕の鼓膜を刺激した。
「音咲華多莉です」
イヤホンやスピーカーから聞こえる彼女の声とは違い、立体感のある温かみを帯びた声だった。
『この変態』
と僕をなじった声よりも何100倍も優しい声だ。しかし、その声をかき消すように男子生徒達が騒いだ。
それは彼女の言葉に興奮しているのもあるが、男子達は違うものを期待しているようだった。
「え~いつものやって!!」
「あれやってよ!!」
音咲さんは少し困ったような表情を見せると、スイッチを入れた。
「酷い言葉なんて吐きません♪︎皆のカタリ!音咲華多莉です!!」
手振りを交えながら、表情を変えてアイドルならではの自己紹介をする。
「おぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
「可愛いぃぃぃぃぃ!!!」
「椎名町ぃぃぃ!!45!!!」
「フォォォォ!!!」
音咲さんはそのまま僕の隣の席へと向かって歩く。その時の彼女は誰とも目を合わせないように、ただ真っ直ぐ自分の席へと注がれていた。
アイドルというマスクをつけながら。
僕は彼女の表情の裏に潜む負の感情を読み取ることができた。他者の期待に応えること、他者がお前はこうであるべきだと無意識に押し付けてくる視線を彼女は嫌っているのだ。
一対一ならばそんな押し付けは生じないのだが、一対多数ともなれば一人一人の視線が巨大な怪物のように飲み込んでくる。
──僕も経験したことがあるからわかる……
今日彼女を助け、暴力をふるわれ、共感した。そして僕はそんな彼女を、自分の意に反して他者の期待に沿う彼女を見てカッコいいとさえ思った。
今日だけで僕の感情があちこちへと動かされる。
僕は音咲さんに見とれながら、彼女が席に着くまでつい目で追ってしまった。そして次の瞬間、僕はこの日最も感情を動かされた。彼女から視線を戻そうとしたその時、とあるものが僕の視界に入ったからだ。
それは彼女のブレザーの右ポケットからはみ出たロザリオ型のアクリルキーホルダーだ。おそらくスマホにそのアクキーを取り付けているのだろう。彼女はそのロザリオを握ろうと手でさぐっていた。ようやくロザリオの感触を確かめると彼女はそれを握る。
そのロザリオが問題だった。何故なら僕がやっているVチューバー、エドヴァルド・ブレインのオリジナルグッズだからだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます