桜の樹の下には怪談が埋まっている
佐久間零式改
桜の樹の下には怪談が埋まっている
○夜の縁日。出店などが数多出ている。
そんな中を歩いている稲荷原流香、古式来璃、彩音緑、猫目沢茜、
稲荷原瑠羽、赤根保美
猫目沢茜は数枚のお札を握っている。
流香 「……もう終わりが近いですね。出店の方々が店じまいの準備を
し始めています」
緑 「ええええっ!! まだ全部のお店、まわれていないよぉ。
チョコバナナに、りんごあめのおかわり、まだしてないんだよ。
それにまだ行ってないお店もあるのに」
来璃 「緑、たまには自重してはどうかな?
それ以上はさすがに食べ過ぎだよ」
緑 「じ、じちょう? たぶん意味を知っているけど、
わたしはする気はないんだよ」
保美 「自重は、軽はずみな事をしないように注意しろ、という事よ。
食べ過ぎて、お腹が痛くなったら大変だわ」
茜 「それにしても、緑さんの胃袋は異次元なのでしょうか?
今日は緑さんが何かを食べている姿しか見ていないような気がします」
緑 「ふふんっ、わたしの胃袋は無限大なんだよ」
来璃 「緑が……緑が難しい言い回しをしている?!
ようやく僕達の言っていた事が分かってくれたようだね」
緑 「来璃のつめこみ教育のおかげだよ」
来璃 「その言い方だと僕が悪い事をしているみたいじゃないか」
瑠羽 「話の腰を折って悪いのじゃが、さきほどから気になっておるのじゃ。
猫目沢茜、手にしているその札は何じゃ?
面妖な気配がしてならぬのじゃ」
茜 「えっ、あ、はいっ! この札ですね。
そうです、そうです、この札なんです!
さきほど怪談を聞いている最中にいつの間にか隣にいたおじいさんから
『よくない因縁がそこにいる小娘に取り憑いておるな。
この札をお前なら渡しても問題なかろう。
座敷童がお前の後ろに見えるからな』
そう言って手渡されたんです」
瑠羽 「座敷童が気にはなるが、おじいさんとやらの方がもっと気になるのう。
そのような姿であったのじゃ?」
茜 「……えっと……おじいさんです。漠然としたおじいさんです。
なんていうのでしょうか、おじいさんとしか言えません。
おじいさんと言えば、おじいさんで……やっぱり、おじいさんです」
瑠羽 「存在感がなかったが故に覚えてはおらぬのか?
ふふっ、その翁(おきな)、妖怪かも知れぬな。
その翁になんと言われて、渡されたのじゃ?」
茜 「縁日が終わるまでにこの札に書かれているお題の怪談を皆に聞かせて、
ここの神社の境内にあるソメイヨシノの木の下に埋めよ。
さすれば、悪い縁が絶たれるでありろう、だそうです。
おじいさんの言葉はしっかりと覚えているのに、
おじいさんの事が全然思い出せません。
これはどういう事なのでしょう?」
瑠羽 「その翁が物の怪か怪異ならば、そういう事もありうるものじゃ。
しかし、おかしな札を渡してきたものじゃな。お題とは何じゃ?」
茜 「丁度六枚あります。皆さんに渡せばいいのでしょうか?」
瑠羽 「だからこその六枚であろう」
茜 「では、皆さんに渡しますね。しかし、お題とは何の事でしょうか?」
保美 「ただの札とはいえ、茜は知らない人から物を受け取ってはダメよ。
特に東京ではね。気を付けなさい」
猫目沢茜は札を全員に手渡す。
流香 「何も書かれていない、ただの紙の札ですね」
緑 「トランプくらいの大きさだね。たべられないよね?」
来璃 「真っ白な札だ。お題とやらはどこに書いてあるんだい?」
茜 「そうですよね。何も書いては……ん? も、文字が浮き出てきました!
す、凄いですね!! どんな技術なのでしょうか、これは!!」
保美 「時間で文字が浮かぶように細工されていただけじゃないかしら?
超常現象に見せかけて実は、ありふれた話よ。
私の札は『教室にて』だそうよ」
流香 「私のは『人には話せない』とあります」
緑 「わたしは『SNSの噂』だって」
来璃 「僕は『ハズレ』だそうだ。おじいさんがあっかんべーをしている絵も
描いてあるね。どうやら当たりとハズレがあるみたいだね。
猫目沢さんはどうだい?」
茜 「私は『後ろの正面』です。思い当たる事はありますが、
それはイマージナリーフレンドのお話になってしまいます」
瑠羽 「わしも『ハズレ』じゃな」
保美 「最初に札を取った私が話すわ。子供だましの手品を見せて何がしたいの
かしらね。でも、怪談を話せと言われたからには話すわ。
これは怪談というよりも不思議な話ね」
保美 「言実ヶ丘女学院にある、とある教室とだけ言っておくわ。
特定しようと思えばできるわ。
興味が湧いたら、したければするといいわね。きっと何もないわ。
その教室でね、手を挙げるように言うと、視界の片隅で誰かが手を挙げ
たように見えるの。誰が手を挙げたのかしら? そう思って、
そちらを見ても誰も手を挙げてはいないの。
最初は気のせいで済ませたわ。けれども、違ったの。その教室で挙手
を促すと、やはり誰かが手を挙げている気配がするの。でも、誰も手
を挙げてはいないの。
気のせいかも知れないと思ったのだけれども、やはり誰かが手を挙げて
いる気がするのよ。
一度や二度ならば、錯覚と断定するところなのだけど、頻繁に起こるの
よ。どう考えてもおかしいと思って、他の先生に訊いてみたら、同じよ
うな体験をした先生が何人かいたわ。そこで私は考えたの。手を挙げて
いると錯覚するような何かがあるのではないかと。
そうしてその教室に行った時に注意深く観察していたら、理由が分かっ
たわ。時々、その教室に日差しが差し込むのよ。その光の動きを手を挙
げていると勘違いしてしまうのだと」
茜 「……えっと、その教室の話は怪談ではないのですよね?」
保美 「曇りの日や、雨の日にも、誰かが手を挙げている気配がする事を除け
ば、ね……ふふっ」
茜 「それは……どういう事なのでしょうか?」
保美 「さあ、私には目の錯覚としか思えないわね。原因を解明したければ、
あなた方がすればいいわ。私は興味がないもの」
保美 「……あら? 札の文字が消えたわ。揮発性のインクでも使っていたのか
しら。人を驚かそうとするのには子供欺しね」
流香 「札の文字が消えるとお題を達成したという事かもしれませんね」
その事を確かめるために、私が語ります。
お題は『人には話せない』です。
これは私が小学生の時に遭遇……いえ、私の方から関わってしまった、
あまり人には話したくはない、ある意味恐い話です。
私には幼い頃から霊能力があって、普段から普通に幽霊などが見えてい
ます。そういった存在が視界の中に入っているのが日常を
送っています。
そんな私が通う小学校の通学路の途中に十字路がありました。大通りと
大通りを結ぶ道で、一方通行のためか、車の通りはあまりなかったです
ね。そんな十字路の片隅に、見える人には見えていたはずです。白いT
シャツに、ジーンズをはいた、腰の辺りまで伸ばした黒髪の人が十字路
に対して背中を向けて立っているのが。
立っているというのは語弊があるかもしれません。正確には、地面に足
が付いていなくて、浮いています。
行きや帰りにその十字路を必ず通る事もあって、そこにいつもいるので
気になってしまうのです。何ら害のない、悪い事をする幽霊ではなかっ
たので私は見えていないものとしてスルーしていました。
そんなある日の逢魔が時の事でした。同級生の
湯梨浜萌衣(ゆりはま めい)さんがその幽霊の存在にようやく気づい
たようで、近づいて行きました。興味本位か、それとも幽霊だとは思わ
なかったのか、その幽霊の傍まで行き、
「お姉さん何しているの」
そう言いながら、顔をのぞき込んだのです。
瞬間、萌衣さんは幽霊に何かされたワケでもないのに悲鳴を上げて、
逃げて行きました。
その幽霊がその子に何かをしたのでなかったので、何があったのだろう
と疑問に思い、私もその幽霊に近づき、その子と同じようにその幽霊の
顔をのぞき込ました。瞬間、私も悲鳴を上げそうになりました。
髪が長いのでてっきり女の人だと思っていたのに、その人は
しかめ面をした無精髭のおじさんでした。
それだけではなく、
『アルミホイルを頭にまかなきゃ……
アルミホイルを頭にまかなきゃ……』
そう呟き続けていたのです。
私も一目散にその場から逃げるように走り出しました。
家に帰るまで男が呟いていた声がずっと耳に残っていて、振り払っても
振り払っても、聞こえてくる気がして不気味でした。
以来、気味が悪くなったので私はあまりその十字路を通らないようにし
ました。今もあの場所にひげ面の幽霊が呟き続けているので……」
来璃 「どの道なのか想像は付くけど、何故『人には話せない』でこの話を?」
流香 「あんな気味の悪い幽霊がいるだなんて流石に人には話せません。
未だにあの十字路に立っていますからね」
来璃 「ふふっ、確かにそうだね。別の意味で気味が悪いね」
流香 「私の札からも文字が消えました。不思議アイテムですね、この札は」
茜 「次は私が話しますね。私のお題は『後ろの正面』です。……ええと、
そのお題で思い浮かべられるのは、私のイマージナリーフレンドの事で
しょうか?
イマージナリーフレンドって分かりますよね?
子供の頃にいる空想上の友達の事です。
当然、私にも子供の頃からそういったお友達がいました。恥ずかしなが
ら、そのお友達との付き合いは長くて、私が東京に行くときには見送っ
てくれたんです。耳元でいつもの幼い子供の声で
『ここでずっと待っているから』
とさえ言ってくれました。私が世間しか知らないから、想像上のお友達
から離れられなかったかもしれませんね。
その子は私の想像上のお友達でしたので、私の事をよく気遣ってくれて
いました。恥ずかしい事に、真夜中によくトイレに行きたくなって起き
てしまっていました。家は山の近くにあって、街灯なんて近くにありま
せんし、窓から差し込む光なんてほとんどなくて都内だと考えられない
くらい夜は真っ暗になるんです。そんな暗闇の中でトイレに行くのはす
ごく恐かったんです。部屋のドアを開けて、廊下に出たところで足がよ
くすくんでしまいました。廊下は闇しかなくて、先が見えなくて、何か
がどこにかにいるんじゃないかってそんな雰囲気だったんです。トイレ
に行きたい、でも、恐いって思っていると、私のイマージナリーフレン
ドがよく声をかけてくれたんです。
『私が見守っているから大丈夫。安心して』
その声を聞くと、あ、私は一人じゃないんだって安心できて、普通にト
イレに行くことができたんです。
どちらかと言えば、私のイマージナリーフレンドは不安を感じていると
きに現れてくれて、何かと励ましてくれる事が多かったんです。
ここまでが前置きですね。
これは初めて行った近所の山道での話です。
初めての場所という事もあって、私はとてもはしゃいでしまって、両親
よりも先に山の奥へ奥へと進んで行ったんです。そうしたら、迷子に
なってしまいまして、どこにいるのか分からなくなってしまったんで
す。どこから来たのかも分からなくなってしまって、おろおろしていた
ら、どこからかこんな音がしてきたんです。
ズズズッ……ズズズッ……って。
動物か何かいるのかなと思いました。でも、大きな動物さんが巨体を引
きずっているような音なのでおかしいなって思って、音がする方を見た
ら、何か黒くて丸い『何か』が視界の隅に入ったんです。
あれ、なんでしょうか? 動物でもないし……と思いながら、その黒く
て丸いものを見ようとした時、
『後ろの正面、誰?』
イマージナリーフレンドの声が唐突に後ろから聞こえて、ハッと思って
振り返りました。当然、背後には誰もいませんでした。私の想像上の人
が後ろに立っているはずありませんよね。
あれ? なんで声が聞こえたんだろう?
そう疑問に思いながらも、視線を元に戻すと、さっき見た黒くて丸いも
のがいたところに何もいないんです。逃げたのかな? と思って耳を澄
ませてみても、ズズズって音もしなかったし、黒いものがいたところに
行ってみても、何かがそこにいた足跡とか、引きずった跡とかは全くあ
りませんでした。そこでようやく、私が見た黒いものはただの勘違い
だって気づいたんです。
全然恐くはないですよね。
私がイマージナリーフレンドと勘違いした話ですし。後ろの正面と言う
お題で思い出せるのはこの話くらいです」
来璃 「……その話、何かおかしくはないかい?」
緑 「イマージナリーフレンドがわたしにはよくわからないかな?
えいごはむずかしいよ」
流香 「……理解できました。猫目沢さんは何ら疑問を抱かずに受け入れてしま
う性格のようですね」
茜 「……えっと、私、何かおかしな事を言っていたのでしょうか?
もしおかしいと感じていたのならば、それは何でしょうか?」
流香 「そのうちに分かるとは思います。猫目沢さんが気づくのが一番です」
茜 「それってどういう意味なのでしょうか? 分かるように説明してはもら
えないでしょうか?」
流香 「猫目沢さんが自分で考えて分かるのが一番です。イマージナリーフレン
ドとは何か。それを理解しないと難しいかもしれませんね」
茜 「分かりました。私なりに考えてみたいと思います。
ですが、私でも分かる事なのでしょうか?」
流香 「よく考えれば分かる事です。今の話はおかしな事だらけですよ」
茜 「……そうなのでしょうか? 終わった後、じっくりと考えてみたいと思
います」
流香 「はい。それが一番です」
緑 「えっと、のこったのは、わたし? おかしの話はいくらでもできるよ。
でもでも、わたし、怪談なんて話せないよ?」
来璃 「SNSの噂っていう単語に聞き覚えもないのかい?」
緑 「うわさ? うわさ……うわさ……うわさ……う~ん、わたしがしってい
るのは、テレビとか、スマホの電源を切って真っ暗な画面になったとき
に、気持ち悪い男の顔が画面にうつるっていう話くらいだよ。
でも、そんな事、絶対にないんだよね。
まっくらな画面になっても、知らない綺麗な女の人がたまにうつるだけ
で、気持ち悪い男の顔なんてうつらないんだよ。あのSNSの噂ってウ
ソだよね」
※ここは、5人がほぼ同時に声を発する
来璃 「え?」
流香 「え?」
茜 「えっと……」
保美 「え?」
瑠羽 「ふふっ」
※ここから普通に戻ります。
流香 「緑さんの顔ではないのですか?」
緑 「ううん、ちがうよ。全然知らない女の人だよ。
知らない学校制服を着ていて、いつも笑顔なんだよ」
流香 「……そ、そうですか……」
緑 「あれれ? 札の文字が消えちゃった。どうしてなんだろ?」
来璃 「その綺麗な女の人が誰なのか気にはなるね。誰なんだろうね、
その女の人っていうのは」
緑 「もしかして、くるりぃ、しっとしてるの~?
くふふっ、しっと、しっと」
来璃 「そ、そうではないよ。み、見てくれ、緑。僕のハズレの文字が消えたん
だ。他の人もハズレも文字も消えたのだろう?」
茜 「消えています。スッと消えました。凄い技術ですね。
文字が消えるだなんて。どんな技術なのでしょうか?
文字が消える原理が知りたいです」
瑠羽 「わしの札からも消えておる。これでお題は達成できたのかもしれぬな」
来璃 「ならば、札を桜の樹の下に埋めに行こうじゃないか。まだやっているお
店はあるし、まだ縁日は終わっていない」
緑 「誤魔化すくるりもカワイイ」
流香 「急ぎましょう。ゆっくりしていては、本当に縁日が終わって
しまいます」
流香 「そうして私達はすっかり枯れているソメイヨシノのところまで行き、
言われた通り六枚の札を許可を得て、土を掘り起こし始めたところ、
奇妙な物が桜の樹の下に埋まっていました」
緑 「……赤い傘?」
来璃 「折りたたみではない長傘だね。しかもまだ綺麗だ。最近埋められたもの
なのかな?」
茜 「何故、傘が埋まっているでしょうか? 誰かが埋めていないと、
あり得ないですよね?」
保美 「誰かが埋めたのかもしれないわね。でも、何のために?」
瑠羽 「札を埋めれば、よくない因縁、悪い縁が断たれるのであろう?
ならば、傘もそのままにしておけば良い。傘をどうこうするようには言
われてはおらぬ」
流香 「瑠羽お姉様の言う通りですね。この傘はこの札と一緒に埋めておきま
しょう。それが一番なような気がします」
来璃 「言われていない余計な事はするな、だね。
この場合、正解かも知れない」
緑 「わたしはよくわからないからまかせる!」
茜 「私もお任せします」
流香 「赤い……傘。何か私は忘れてしまっている気がします。
忘れてしまってはいけない何かを……」
~~ 終わり ~~
※1 猫目沢茜の実家には座敷童がいる。茜本人はイマジナリーフレンドとしか思っ
ていない。怪異が見えてしまうのは、昔からそういったモノに触れているせ
い、という設定があります。
※2 妖怪ぬらりひょんに手渡されたという設定です。元々存在感の薄い妖怪という
事もあり、おじいさんという事以外、特徴が全く思い出せないという状況で
す。
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