第15話 転生じいちゃん、舞踏会へ行く⑦

「すごい! あっという間にウサギになっちゃった。ギルネード殿下、その魔法、僕にも使えるようになりますか?」

 

 ギルネードに拍手を送ったのは第二王子であるレイノールだ。彼は目をキラキラさせてギルネードを見上げていた。


「いつでもお教えしますよ」


 にこりと笑って答えるギルネードに、やったー! と無邪気に喜ぶレイノール。

 ウサギになったコネリアは、婚約者は宛てにならないと思ったのか助けを求めるように国王に駆け寄ってきた。

 王妃はそんなウサギをひょいと抱き上げると、ギルネードに視線を向けた。


「ギルネード殿下、変身魔法は永続的なものなのですか?」

「魔法が自然に解けるまでには、半年ほどかかりますが、解除の魔法をかければ、すぐに元に戻せますよ」

「あら、そうなの? それなら、王子にも同じ魔法をかけてくださらない?」

「……よろしいのですか?」

「ええ。これ以上、馬鹿なことを言わせないためにも、少しお灸を据える必要がありますから」


 黒い微笑みを浮かべる王妃。

 その腕に抱かれているウサギのコネリアは、恐怖のあまりプルプルと震えていた。

 ギルネードが静かに頷くと、今度はオズモンド王子に魔法をかけた。

 すると、彼の姿は一回り大きなウサギに変わり、コネリアの隣にちょこんと並ぶ。

 そこへレイノールがトコトコと歩み寄り、兄のウサギをひょいと抱き上げた。


「兄上ー! あとでニンジンあげますね。あ、それとも、タンポポの葉っぱがいいですか?」


 野菜嫌いなオズモンドは、弟の無邪気な提案に涙目になりながら、ブンブンと首を横に振る。

 その様子を見ていたイーサンは、隣にいるジョージにひと言、尋ねた。


「そういえば、師匠が女性になったのは変身魔法のせいですか?」

「いいや、あやつは変身薬という薬を飲んだのじゃ。特別に調合した薬に変身魔法をかけると、変身薬が出来上がるらしいがのう」

「変身薬で変わった身体は、変身解除の魔法では戻せないんですか?」

「うむ、薬で変身した身体は、薬でしか戻せんのじゃ」


 一方その頃、舞台から降りたギルネードのもとへ、セリカが駆け寄ってきた。


「お怪我はありませんか?」


 ギルネードが頷くと、セリカは安心したように胸を撫で下ろす。

 そして恥じらいながら、そっと気持ちを口にした。


「私……コネリア嬢がギルネード様に抱きついた時、一瞬だけ、彼女に殺意を抱いてしまいました。オズモンド殿下の時には、こんな気持ちにはならなかったのに……」

「殺意はあまり褒められた感情じゃないが、君がそんなふうに思ってくれるのは嬉しいよ。……正直、私もオズモンド王子への殺意を懸命に押さえ込んでいた」


 会話の内容が少々物騒なのはさておき、孫夫婦たちはますます仲を深めたようだった。

 セリカはきゅっとギルネードの腕を抱きしめ、ギルネードもまた、セリカを守るようにその肩へと手を回す。

 一方、王妃と第二王子の腕の中で震えているウサギたちを眺めながら、イーサンとエマは密かに冷笑していた。


「……命拾いをしたな、あの馬鹿王子」

「お城も全焼しなくて済んだわよね」


 冗談とも本気ともつかない口調で囁く息子と娘。

 その様子にジョージは内心、静かに思うのだった。


(あの二人……一生ウサギの姿のままの方が、この国のためになるかもしれんのう)


 ──一方その頃、広間の隅にあるテーブルでは。

 ベンジャミンの周囲は、まさに死屍累々といった有様だった。

 もちろん誰も本当に死んでいるわけではないが、酔いつぶれた若者たちは起き上がることすらできず、床に転がったまま動けなくなっている。

 辛うじてまだ意識が残っている若者に対し、ベンジャミンは片手にワインの瓶、もう一方にはワイングラスを持ったまま、にんまりと笑みを浮かべていた。



「むやみに知らない人間を誘わない方がいいぜ? 世間知らずの坊ちゃんども」


 

 

 その後の舞踏会は、主役であるオズモンド王子とコネリア男爵令嬢がウサギの姿だったこと以外は、特に問題なく進行したという。

 



 ◇・◇・◇


 セリカとギルネードは、クリストフ家の屋敷に一泊したのち、魔界へと帰っていった。

 風邪を引いていたローズも、数日休むとすっかり回復し、いつもの穏やかな日常が戻ってきた。

 その日ジョージは、書斎で静かに書道に打ち込んでいた。

 デスクの上には毛氈が敷かれ、半紙が置かれている。

 彼は筆をとり、「一日一善」の四文字をしたためた。

 自分の字に満足そうに頷いたその時、玄関から大きな声が響いた。


「ジョージ、ジョージ・フォスターはいるか!?」

「……っっ!?」


 聞き覚えのある声に、ジョージの顔が引きつる。

 床に寝転がっていた猫姿のアクラは、うんざりしたように眉間に皺を寄せた。


「よっこらせっと」


 ジョージは腰を上げ、ゆっくりと玄関へ向かう。

 玄関には、人間の姿に戻ったオズモンド王子と、気弱そうな宮廷魔法使い、そして宮廷薬師のフード付きマントを纏った男たちが数人立っていた。

 オズモンド王子は目を潤ませ、切なげな声で訴える。


「ジョージ=フォスター、どうしてもセリカのことが忘れられない! とにかくもう一度、セリカに会いたいんだ!」

「…………………………」


 いろいろ突っ込みたいところだが、まず最初に気になったことを尋ねることにした。


「オズモンド王子、変身魔法は解けたのかの?」

「僭越ながら、私が殿下にかけられた魔法を解きました」


 宮廷魔法使いは、額の汗を拭いながら答える。

 ジョージは、どこか感心したようにその気弱そうな姿を眺めた。

 この宮廷魔法使い、頼りなさそうな見た目に反してなかなかの実力者のようだ。


「ギルネード殿がかけた魔法を解くとは、大したものじゃのう」

「ははは……なかなか解けなくて、二週間ほどかかってしまいましたが」

「いやいや、時間はかかったとはいえ、魔族の王子がかけた魔法を最終的には解いたのだから大したものじゃ」


 宮廷魔法使いはジョージに褒められて少し照れ臭そうに笑った。

 そこにオズモンドが割り込むように声を上げた。


「そんなことよりも! どうにかして魔界に行きたいのだが、方法はないのか!?」

「…………………………」


 魔界へ行ってどうするつもりだ、この馬鹿王子は。

 そもそも魔界は人間界よりもはるかに治安が悪く、凶暴な魔物たちが跋扈する危険な場所だ。

 たとえ護衛をつけたところで、自衛も出来ない王子では魔物の餌になるのは目に見えている。


(……いっそ、魔物の餌になった方がいいのかもしれぬな)


 そんな物騒な考えがよぎったそのとき、それまで後ろに控えていた宮廷薬師たちが、一斉に前へ出てきて訴え始めた。


「大賢者様、お願いします! どうかセリカ妃殿下に、時折戻っていただけるようお説きくださいませ!」

「あの方がいないと、私たちは困るのです!」

「どうか、どうかお力添えを――」


深々と頭を下げる宮廷薬師たち。

だが、セリカが彼らからかなり冷遇されていたことは、エマからすでに聞いている。


「ふむ……お主ら、我が孫には薬を作る必要はないと言っておったそうじゃな?」

「あ……いえ……それは……」

「それに、婚約破棄された孫に対して“役立たず”とも言っていたそうじゃな? 我が孫が役に立たぬのであれば、儂がセリカを説得する理由などあるまい?」


ジョージが冷ややかに告げると、薬師たちは返す言葉を失い、戸惑いながら視線を交わす。

やがて、その中の一人が震える声で口を開いた。









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