第10話 転生じいちゃん、舞踏会へ行く②

「セリカ! お前が愛するオズモンドが、ここにいるのだぞ! いるなら早く出てこい!」

「うふふふ、でも、オズモンド様が愛しているのは、この私ですけど」


 突然、家に現れ、やたらと孫の名を呼ぶこの二人。

 その後を追うように現れたのは、いかにも気弱そうな魔法使いだった。

 翼の紋章が入ったフード付きマントを着ているところを見るに、どうやら宮廷魔法使いのようだ。


「お初にお目にかかります、大賢者様」

「……一体、どういうことか説明してくれるかの?」

「こちらのお二人は、我が国の第一王子であらせられる、オズモンド=ハマグリット殿下。そして隣におられるのは、その婚約者であらせられる、コネリア男爵家の令嬢にございます」



 ジョージはわずかに眉を上げた。

 やはり本物の第一王子のようだ。

 可愛い孫娘に婚約破棄を言い渡したその本人が、今さら何を喚いているのやら。

 ジョージは、宮廷魔法使いに問いかけた。


「見たところ、護衛はお主一人のようじゃが……? 第一王子殿下であれば、こんな辺鄙な場所まで来るとなると、多くの護衛を引き連れておるはずじゃろう?」


 その疑問に、オズモンド王子とコネリア嬢の顔色が変わる。

 二人は顔を見合わせ、どう答えるべきか迷っている様子だった。

 宮廷魔法使いの男が、へこへこと頭を下げながら答える。


「今回はお忍びでこちらに伺っております。私の転移魔法で、お二人をここまでお連れした次第でして……」

「つまり国王陛下はこの件をご存じないということか? 何故なにゆえ、内緒でここに来る必要があったのだ?」

「そ……それは……」


 顔を真っ青にし、答えあぐねている魔法使いに代わって、コネリアがややヒステリックな口調で口を挟んだ。


「だって私たち、今までずっと部屋に閉じこめられて、難しい書類を読んで、判子を押す作業ばっかりしてたんですもの。書類が片付くまで部屋から出るな、なんて……王妃様って、本当に酷いことを言うんだから!」



 この国の王妃は、厳格な人間だ。

 セリカにも、次期王妃となるべく厳しく教育を施していたという。

 そんな王妃に、どう見ても甘ったれた王子とその恋人がついていけるはずもなかった。


「だから、俺は考えたんだ。ちょうどセリカとムール国の王子の縁談が破談になったから、身の置き所に困っている彼女を、我々が雇ってやろうって話になったのだ」

 

 オズモンドの言葉に、セリカもうんうんと頷いてから、ジョージに向かって憤慨した口調で訴えてきた。


「でも、それを王妃様に話したら、ありえないことを私たちに言ったのよ!? この痴れ者が!って。しかも、あの口の悪い第二王子“まで、馬鹿の極みって言うのよ!?」


 ――あり得ないのはお前たちの方だし、王妃と第二王子の言う通りではないか。

 要するにこの二人は、今までセリカに任せていた公務の仕事を、初めて自分たちでこなす羽目になり、その大変さに音を上げているらしい。

 会話を聞く限りでも、公務をこなす能力が彼らに全くないのは明らかだった。

 困り果てた末、今さらになってセリカを頼りに来た、ということだろう。


「嫁ぎ先を失ったセリカを、コネリアの補佐官として使ってやろうというわけだ。というわけで、セリカに会わせてくれ。もうここしか思い当たる場所はない。セリカはここにいるのだろう?」

「……」


 どうやら王子とその婚約者であるコネリアは、セリカがいそうな場所をしらみつぶしに探しまわっているようだ。

 当然、実家であるクリストフ家や、叔父であるフォスター家にも足を運んだのだろう。

 だが、そこにセリカがいるはずもなく、とうとうここまで訪ねてきたというわけだ。

 第一王子オズモンドは、セリカとの婚約破棄を経て、急激に支持を失った。

 それもそのはず、彼を支持していた貴族の多くは、クリストフ家やフォスター家と深い縁を持っていたのだ。

 今、オズモンドを支持しているのは、コネリア嬢の実家と関わりのある一部の貴族だけである。

 彼女の家はかなりの地方の男爵家であり、味方になってくれる貴族もごくわずか。しかも、その中に上級貴族は一人もいない。

 王太子の座はとうの昔に第二王子に取って代わられている。

 ――が、どうやらこの二人は、その現実にまったく気づいていないようだった。


「私が王になった暁には、クリストフ家もフォスター家も処罰してやるからな。ジョージ=フォスター、貴様もそんな目に遭いたくなければ、素直にセリカの居場所を教えるんだ」

「そうよ。セリカは私の代わりに働くのよ!」


 自分たちが困ってセリカを頼っているくせに、態度はどこまでも上からだった。

 王子であるオズモンドの横柄さは、身分ゆえ致し方ない部分もある。

 だが、現時点では爵位の下であるコネリアまでもが、まるで自分がすでに女王にでもなったかのように偉そうに振る舞っている。

 そんな二人に、ジョージは呆れを通り越して溜息まじりに問いかけた。


「クリストフ家やフォスター家から、何もお聞きになっていないのですか?」

「魔族の王子に嫁いだなんていう嘘しか言わない!」

「我が孫セリカが、魔族の第八王子であるギルネード=メルソン王子のもとへ嫁いだのは、紛れもない事実でございます。よって、彼女はこの家どころか、人間界にもおりませんよ」

「嘘だ! そんなの信じない!」


 オズモンドは叫んでから、聞きたくない、と言わんばかりに両耳を塞ぐ。

 おそらく、クリストフ家もフォスター家も、既にセリカのことはきちんと説明しているはずだ。

 そもそも国王陛下には報告済みで、正式な了承も得ているのだから。

 だが、オズモンドはセリカが魔界に嫁いだという事実を、どうしても受け入れようとしない。

 一方、コネリアはセリカの結婚相手が“第八王子”と聞いた途端、フッと赤い唇をつり上げた。


「でも、仮に本当だとしても……可哀想な話よね。だって第八王子なんて、王子の中でも下の下じゃない? 王位継承なんて遠すぎるし、将来なんて真っ暗じゃない」


 自分の婚約者がすでに王位から遠のいていることに気づいていないコネリアは、当の本人がいない場でセリカを嘲笑った。

 オズモンド王子も腕を組みながら、満足げに頷く。


「全くだ。もし魔族に嫁いだというのが本当だとしても……今ごろは虐められているに違いない」

「ねぇ、おじいちゃん。私たち、今度開く舞踏会にセリカを招待しようと思ってるの」

「……」


 ジョージは伯爵家。コネリアは男爵家である。年も身分も上、しかも初対面の相手に馴れ馴れしく“おじいちゃん”呼ばわりする娘に、ジョージは呆れるしかなかった。

 この娘の親は、一体どんな教育をしてきたのか?

 しかも、コネリアがジョージに手渡してきた招待状とやらは、とても王家からのものとは思えない代物だった。

 真っ白な封筒に、ピンク色の花柄。宛名も、丸っこい文字で可愛らしく書かれている。


「ぜひ、魔族の第八王子殿下とご一緒にいらっしゃるよう、セリカにお伝えくださいね」

「……」


 まるで友達にでも話すかのように、自分より明らかに身分が上のセリカの名を、コネリアは呼び捨てにしていた。


「ねぇ、オズモンド様ぁ、セリカが城を訪れた時に、私たちで説得しましょう。戻ってくるようにって」

「おお、それは名案だな!」

 

 オズモンド王子はパッと顔を輝かせ、手をポンと打った。

 宮廷魔法使いも、そんな二人に続いておずおずと頭を下げた。


「お……お願いします。どうか、セリカ様に戻っていただけるよう説得していただけませんか」

「ほう? 我が孫に離婚しろと申すか?  ……王室は、どうも儂を怒らせたくて仕方がないようじゃのう」

「……い、いえっ! 決してそのような意味では! 週に一度……いえ、月に一度でも構いません!セリカ様の薬を求めている貴族が多くおりまして、現在城内にいる宮廷薬師たちでは、それが作れず困っているのです!」

「別に問題なかろう? セリカは薬を作る必要などない――と、宮廷薬師どもは口々にそう言っておったそうではないか」

「そ……それは……」

「宮廷薬師どもに伝えておくがよい。お前たちだけで何とかせい、とな」


 気弱な魔法使いは、ジョージに鋭く睨まれ、すっかり固まってしまっていた。

 同行している宮廷魔法使いの肩を気楽に叩きながら、オズモンド王子はのんきな調子で口を開いた。


「薬の件も、俺がセリカに伝えるさ。そこの年寄りに言っても仕方ないからな」

「で、殿下っ! 大賢者様に向かって、なんということを!」

「大賢者だろうが小賢者だろうが、私には関係ない。隠居した年寄りより、私のほうが説得力があると言いたいのだ」

「……」


 宮廷魔法使いは、すっかり青ざめた顔になり、何も言えなくなった。

 ジョージはこのお花畑どもが、一刻も早く帰ってくれることを、ただただ願うばかりであった。




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