10 色魔法・黒
目の前に水を入れたコップがある。水なら害がなさそう。吸収して取り込んでも少しなら平気だろう。
レニーは誰もいない自分の部屋の中で魔法を試すことにした。
「取り敢えず水を吸収してみよう」
コップを持って言ってみる。
『吸収』
コップの中の水が無くなった。
「あれ?」
黒魔法『排出』を覚えました。
『排出』
コップを持ったまま言うと水がコップに入った。ええと、これはどう考えればいいのだろう。もう一度『吸収』する。コップの水が無くなった。
コップをテーブルに置いて『排出』と言ってみた。
「あああ」
水が目の前に出て、ばちゃ!と零れ落ちた。手と服と床がびっしょり濡れた。レニーは慌てて用意していたタオルで拭いたのだった。
レニーはバケツに水を汲んで庭に出て『排出』を繰り返す。狙ったところに出せるようになった。離れた木に向かって『排出』する。勢いと量は調節できるようだ。バシャバシャとジョウロみたいに水を撒いていると『拡散』を覚えた。
排出する水の量を調整して『拡散』すると、指定した場所に霧のように広がった。範囲も調節できるようだ。
『吸収』は生きているものはダメだった。死んだ動物や植物は『吸収』できるようだ。『吸収』した肉は腐りもしない。石を『吸収』できたので『拡散』したら、細かい霧の様にならず砂粒のようになってバラバラと零れ落ちた。
「坊ちゃん、花壇で遊ばないで下さい」
庭師に苦情を言われた。樹木の上に落ちたので葉が汚れている。水をホースで撒くように『排出』して洗い流した。
『拡散』できる範囲はそんなに広くないようだ。ペンキで試してみたが半径2メートルくらいか。レベルが上がると範囲も、もっと広くなるんだろうか。もっと細かくしたらどうだろう。
しかし、試す前に庭師に見つかった。
「坊ちゃん、ペンキなんかばら撒かんで下さい!」
ペンキをばら撒いたので庭師に叱られた。ばら撒いたペンキはもう吸収しないようだ。ホウキとちり取りを持って来て自分で掃除した。
何となく分かって来た。これはアイテムボックス上位版だ。吸収した物は混ざることなく整然と並んでいる。書物とか衣服とか、食料とか、何でも吸収できる。まるでブラックホールみたいだ。
吸収した物を見たいときは『黒・中身』と言えば、入っている物がずらずらと目の前に表示される。そこから削除しようと思えば出来た。
「あれ?」
使ったペンキがまだ入っている。そういえば水もいくらでも出て来た。石も入ったままだった。一度入れた物は使っても無くならないのだろうか。
午後のオヤツとか果実水とかを入れて出してみたが、無くならない。衣服や本も入れて出してみたが無くならない。
「すごい!」
レニーは初めて女神に感謝したのだった。
ラッジから貰ったナイフを入れてみた。
「見当たらない」
レニーは青くなった。ラッジから貰った大切なものなのだ。どうしてこんな事をしてしまったのだろう。衣服とか本とか出し入れ出来たからか。自分の迂闊さに腹が立つ。
必死で探した。もう泣きそうになって「ラッジがくれた大事なものなんだ」と喚いた。その途端『黒・大切なもの』と出て来た。そこにラッジから貰ったナイフが入っていた。
やっと見つけた。別枠だったのだ。大切なものという括りで、それは一つのままで、増えたりしなかった。
ほーっと息を吐く。
「よかったー」
ナイフを抱きしめて床に蹲った。
改めてそっとナイフを入れて出してみた。大丈夫だ。そういえば石とか水とか、確認しないでポンポン出してしまう訳で、別枠だったら何度も確認するので大丈夫なんだと、そのシステムに改めて感心した。
* * *
シノン伯の屋敷に行く前に、一度だけラッジと一緒にギルドの依頼を受けた。
漁港に流れ込む川に湧いた魔魚を討伐する依頼で、ラッジとエリアスは剣で、レニーは石を投げる。
「レニー、お前何処から石を出しているんだ?」
ラッジが不思議そうに聞く。
「『色魔法・黒』で石を『吸収』したのを『投擲』してるんだ。自分で投げるより命中率がいいんだ。全部当たるんだよ」
『投擲』は、石を勢いよく『排出』していたら覚えた。手裏剣もあるけれど、命中率があまり良くないし、ステファン先生に使うなと禁じられている。
なんでも、珍しい武器は危険なんだそうだ。何が危険なんだろう。
「えっとぼっちゃん、土魔法ではなかったのですか?」
エリアスは『ストーンバレット』系の魔法だと思っていたようだ。
「僕は属性魔法は使えないんだ。それに魔力が少ない」
「魔力少ないのか、それにしてはどんどん使っていたようだが」
今度はラッジが聞く。
「『色魔法』は魔力を使わないんだ。何でか分からないけど」
「変わっていますね、坊ちゃん。魔力を使わない魔法など初めて見ます」
感心するエリアス。
「そうか、便利だな。ちょっとあいつに投げてみろ」
ラッジが物は試しと標的を指す。
丁度岩陰から出て来たのは、黒いイソガニを大きくしたような魔物だった。こちらを見つけてハサミを振り上げて開いて威嚇する。
「え、うん。『投擲』」
慌てて石を『投擲』した。ひゅんひゅんと、音を立てて石が飛んで行って、イソガニに命中する。五発でやっと倒した。
「これ美味しそうだね」
自分の腰まであるイソガニを見て、レニーはほくほくだ。茹でて食べようか。オスだろうかメスだろうか、カニミソはあるだろうか。この前のタコの事もあって、食い気の方が勝ってしまう。
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