08 冒険者ギルド


 さすがにレニーは弱り切った。せっかくラッジに会って、冒険者ギルドに一緒に行くのに、心が沈んでしまって浮き上がれない。


「どうしたんだレニー」

 ラッジに聞かれて涙目になるのを押さえられない。

「僕は何も出来ないんだ。力が無いし、剣術も全然だし、魔力も少ないし、頭もあまり良くないし、僕はダメダメなんだ」

(顔だけなんだ)


「まだレニーはこんなに小さいのに頑張っているじゃあないか。大丈夫だ、きっと神様は見ていらっしゃるよ」

(僕の神様は【腐女神様】なんだ……。泣きたい)


 ラッジが抱き寄せて、頭を撫でてくれる。温かい。気持ちいい。

「なあ、レニー。焦っちゃいけないって、俺もよく言われている。今はまだ学んだり、自分の出来る事を考えるんだって」

「ラッジ……」


「色々な事を考えて、色々な事を経験して、自分を磨くんだって。その時はきっと来るって」

(ああ、ラッジは叶えたい望みがあるんだな)

 僕のその時って何だろう。その時の為に何をどう頑張ればいいのか。

 ラッジが慰めてくれる。

 抱きしめてくれるラッジの手が気持ちいい。これも【腐女神様】のせいかしら。けど、やっぱ泣きたい。



「そうだ、レニーに渡す物があったんだ」

 ラッジが腰に下げたバッグから包みを取り出した。

「レニー、誕生日おめでとう。これ」

 何と、ラッジが誕生日プレゼントをくれたのだ。

「え、ラッジ」

「開けて」

「うん」


 包みを開いてみるとナイフだった。

「冒険者になるんだろ。それは武器じゃなくて採集や皮剥ぎなんかに使うんだ」

 とても頑丈そうなナイフで柄は木で覆われ、とても握りやすそうだ。まだ少しレニーの手には余るけれど、握れないことも無さそう。レザーのケースが付いていてベルトに下げるようになっている。


「ありがとう、ラッジ。僕、大切に使うよ」

「ああ、役立ててくれたら嬉しい」

 ラッジにお礼を言うとにっこりと笑った。

「ラッジの誕生日教えて?」

「俺の誕生日は秋の中の月だ」


 海に落ちたのが夏の始めの月、今は夏の終りの月だった。空の色も海の色も移り変わる前だ。

「もうすぐだね。何か欲しいものある?」

 ラッジはレニーを流し目で見るとちょっと笑った。

(お、大人っぽい、色っぽい。僕は大学生だった筈だけどな、おかしいな)

 まだ十五歳のラッジに負けている。


 だがレニーは前世で恋愛経験がまったく無かった。そして、今世のレニーは今までずっと、ぼんやりとした箱入り息子であった。筋金入りのウブである。

 レニーは真っ赤になって顔を下に向け横に向け、またチラとラッジを盗み見る。そして目が合って、また真っ赤になる。


「可愛い」

 囁くようにそう言って、ラッジはレニーの手を掴んだ。そして指を絡ませる。

(恋人つなぎだ。これ)

 大きなラッジの手がレニーの手を包むように握る。

(ずっと委ねていたい気分……、ヤバイな、すごくこの世界に染まっている)

 何がヤバイって、男と手を繋いで、しかも恋人つなぎして、ちっとも全然まったく、イヤじゃないという事だ。

 冒険ギルドまでそのまま歩きながら、ポンポン弾む胸を持て余してしまう。



  * * *


 冒険者ギルドのカウンターは幾つかあって、朝の時間は少し過ぎていて人はそんなに多くなかった。大人しく並んで順番を待つとすぐにレニーの番になった。


「いらっしゃい、登録ですか」

「はい、お願いします」

 ギルドの受付は用紙を出して記入する場所を示した。

 用紙に名前と歳と生国を記入する。


「こちらに魔力を流してください」と魔法陣の書かれた場所を示された。

「魔力は属性や相性や力の波形がみな微妙に違っていて、ひとりとして同じものは無いので、個人識別に使うのですよ」

 受付が説明する。魔力を流すとカードが反応して輝いて収束した。


「こちらがレニーさんのカードになります。無くさないようにしてください」

 貰ったのは初心者の鉄色のカードだった。このあと、初級の胴、中級の銀、上級の金、その上にプラチナのカードがあるらしい。

 再発行するには罰金が取られる。無くすたびに罰金が多くなる仕組みだ。


 ラッジが依頼のボードの所に連れて行ってくれる。

「こういうのはいつも依頼が出ているから、ついでに納品したらいい」

 常時依頼と書いてある紙をぴらぴらと指して説明する。

 依頼のボードを見ると、街の中の手伝いとか、薬草納品とか、港町なので荷運びとか貝拾いとか海藻拾いとかが普通にあった。


「向こうのボードは中級からになっているんだ。街の外には魔獣がいるし、近くに中級向けのダンジョンもあるからな」

「ラッジは向こうなの?」

「ああ、この前のタコがさ、あれクラーケンの幼生だったんだ」

「クラーケン?」

 海に出る大きな魔獣だ。船とか沈めるヤツで、ゲームの中ボスだ。

「お陰でかなりレベルが上がった」

「そうなんだ。タコ、美味しかった。ありがとう」

「だな、浜で漁師鍋にして、肉と一緒に焼いて、みんなで食った。でもあんなの、ここらにそんなにたくさんいる訳ないしな」

「そうだね」


 ここら辺はタコが獲れても水揚げされないのかな。

「僕、今日はこの常時依頼のやつをやってみる」

「じゃあ、俺も行くよ。浜で採集して支部に納品するか」

「いいの?」

「ああ、今日はレニーと浜でデートだ」

「えへ」


 レニーは少しホッとする。最初なのでかなり心細かったのだ。ちょっと、ラッジと浜デート出来て嬉しいとか思ったけれど。

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