03 詰んだ?


 レニーはモーリス・ルヴェルの三男だ。父親が経営するデルマス商会はこの港町デルマスに君臨する海運業者で、輸出入業務も手広く行っている。

 そのモーリス・ルヴェルにとって頭痛の種は三男のレニーであった。いつもぼんやりとして、どこか虚空を見ている魂を置き忘れたような子供だった。


 もうすぐ十二歳になる。そろそろ行くべき道を決めてやらないといけない。

 上二人の兄たちに比べて母親に似て外見は美しかったが、頭も体力も気力もない息子をどうしたものか。



 三日たって、レニーはやっとベッドで安静にすることから解放された。今日は家庭教師の来る日だった。

 明日は午後から、父と助けてくれた漁師にお礼に行くことになっている。

 父のモーリスはこの街で起業してのし上がったので、この街の漁師たちとも漁業の元締めとも懇意であった。挨拶は欠かせないのである。



 レニーの家庭教師は王都の学校を退職して、デルマスにある知人の別荘を借りて気ままに暮らしている、七十に近い貴族の爺さんで、歴史、地理と算数、たまに語学を教えてくれる、ジャン・シャンペイユという。


「海に落ちたそうだが、もういいのかね」

「はい、もう大丈夫です。シャンペイユ先生」

 レニーがニコニコと笑うと、キラキラと光が零れるようで、爺さんである教師も惹き込まれてしまう。


「なるほど、前よりよほど元気になったのう。わしがもう少し若ければ、夫に立候補するのもやぶさかではないが」と、とんでもないことを言いだすのだった。


(年齢以前に僕は男なんだが……)

「あのう、男同士で結婚とか出来るのですか?」

 どうにもスルー出来なくて、恐る恐る聞く。

「何を言っとるんじゃ、女性の人口が三割程度しかおらんのに、当り前じゃ」

(当たり前なのか? 男同士の結婚が?)

「歴史の授業で教えたが、もう一度復習してやろう」

 そう言ってシャンペイユ教師が語ったところによると。



 五十年ほど前にこの大陸に魔物暴走・スタンピードが起こった。ダンジョンから溢れて来たのは、さほど強くもないオークとゴブリンで、あっさりとギルドが鎮圧したが、それは大陸中で群発して起こった。

 彼らは若い女性を攫って借り腹に使う。


 やっとすべてが鎮圧された時、大陸の女性人口は三割を切る程まで激減してしまったのだ。

 このままでは人類は滅びてしまう。そこで帝国は国内外の優れた医科学者、魔術師、聖職者を招集し、総力を挙げて、男同士で子をなす術を研究開発した。



「すでに帝国で開発された、男性同士での子作りも普及しておる」

(女性が三割とか、男同士で結婚とか、子作りとか……)

【腐女神】の世界そのものではないか。

 恐ろしい事を聞いたレニーは固まってしまって、しばらくシャンペイユ教師の授業も上の空だった。

 しかし、教師は気にした様子もない。レニーのぼんやりはいつもの事だった。


 どうりでメイドとかひとりも見なかった。というか父親のモーリスは、よく母のレオノーラと結婚出来たな。まあまあの顔立ちの普通の男だが、財力だろうか。


「今日は、ここデルマス港に来る船の話でもするかの」

 教師はテーブルに地図を広げる。地図はここドーファン王国の地図であった。周りの国が少しだけ入っている。


 ドーファン王国は大陸の西方に位置し、今にも東隣の大国ザルデルン帝国に飲み込まれそうな小国であった。

 辛うじて国の体面を保てているのは、ザルデルン帝国とドーファン王国の間に同じような小国家ルケッティ公国と、宗教国家バーキングがある事と、北に古くからあるデントマス王国が帝国の重しになっているからだった。


「このデルマス港に来る船は、ドーファン王国の各港から来る他、東のザルデルン帝国、西の半島諸国、南海の島国トルキス、北の国デントマスからも来る」

 レニーは脱力したまま教師の説明を聞いている。地理はそんなに苦手でもないし、多分必要になる筈だから、しっかりと頭の中に入れた。


 デルマスはドーファン王国で三番目に大きな港だった。王都ドーファンは大河パラル川東岸にある。そして西岸には王国一大きなラパラ港を有している。


「二番目に大きな港は、西のアナータ山脈越えを避ける為に発展したメルルじゃ。ふもとの大森林には、希少な魔獣や動植物などの資源が豊富で、冒険者たちの絶好の狩場じゃ」

(大森林とか、希少な魔獣とか、行ってみたいな)

 と、ぼんやりと考える。

 好きなだけ喋って、そして時間が来ると、シャンペイユ教師は教科書を片付けて引き上げようとする。


「あ、すみません、シャンペイユ先生」

 レニーは慌てて教師を引き留める。滅多にない事なので教師は片付けの手を止めた。

「王都にはどのような学校がありますか?」

 レニーにとって、これはぜひ聞いておきたい事だった。王都の学校でナンチャラは定番である。自助努力をする為にも知っておかなければ。

「僕も行けるでしょうか?」

 レニーは拳を作って、じっと教師を見る。


「王都には十五歳から十八歳まで通う学校が三つある」

 じっと自分を見るレニーに気をよくして教師は答えた。

「一つは騎士学校、もう一つは魔術学校、そして貴族が通う学校がある」

(なるほど、三つもあるんだ)


「騎士学校は体力と剣技に優れた者で、王と王国に忠誠をつくし、魔法も使えれば申し分ないの」

 騎士学校は無理っぽい。

「魔術学校は魔力が豊富で、基本の火、土、水、風、雷の属性魔法のどれかを操れなければ無理じゃの」

 魔術学校も無理っぽい。

「貴族学校は貴族でないと無理じゃの」

 それを聞いてレニーはがっかりした。騎士学校に行くほど体力に自信がない。魔術学校に行けるような属性魔法は持っていない。貴族学校には行けない。

 詰んだ──。


 教師は萎れてしまったレニーを見て哀れに思ったのか言い添えた。

「まあ、平民には留学という手もあるがの、かなり出来が良くなければ難しいが」

 前世平均だったレニーは勉強も自信がない。


「僕は学校に行かなければ、何になれるでしょうか?」

 すでに兄二人がいるし、優秀でなかったらお荷物にしかならない。

「そうじゃのう。お前くらい器量が良ければ、貴族の側室にはなれるんじゃないか。ご両親もそう考えておるかもしれんぞ」

「側室ですか? 僕は男なのに?」

「貴族のたしなみとして、まあ多いのう」

(多いのか……)

 貴族の側室とか、明るい未来が見えない。

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