第2話 大間違い、不良学校!

『リィン、将来はどんな仕事がしたいんだ?』

『ええと……魔法を使った仕事がしたいな!』


 父の問いへの返事は、いつもこうだった。

 それくらい魔法に憧れる少女、リィン・フォローズの人生は幸せに満ちていた。


 身長と体重は人並みの中肉中背。髪型は所々がはねたショートヘアで、もみあげは長め。髪の後部はボリュームが多く、色は濃い茶色。前髪の左側を星型のピンで留めている。髪と同じ濃い茶色の目は大きく、左目の下に泣き黒子がある。

 美人ではないが可愛らしい顔立ちの、並みの胸囲の、ごくごく普通の女の子。

 ちょっと内気で引っ込み思案で、大人しめな十六歳の文学少女。

 加えて彼女の生きてきた道は、山の奥深くに建てられた山小屋と人よりずっと優しくて奔放でドジな両親と、沢山の魔法への好奇心で構成されていた。


 ちなみに、家族が住むアクワン王国は、石造りの街並みが目立つ首都を中心として旅商人の中継地となる街が多く、商業も盛んになりつつある途上国だ。人種も同様で、耳長のエルフ族、獣の特徴を持った獣人族も入ってきている。


 リィンはというと、都会ではなくアクワン王国東部の山岳で生まれ育った。

 父と母は彼女とは真逆だった。リィンの体的特徴をしっかりと持っている彼女の両親は、山岳地帯の治安維持に努める狩人、ハンターと呼ばれる職に就いている。遠く離れた地域からも客人が来て、大型の危険生物を駆除してほしいと依頼があればそこに赴いた。

 隣の山や周辺の駆除なら期間は短いが、国家間を移動するとなれば最短でも季節を二つは跨ぐ。リィンはその間、山で一人暮らしを余儀なくされていた。

 とはいえ、彼女が十歳を超える頃にはすっかり慣れてしまった。両親が家に残らなくても一人で長期間生活ができたのは、偏に彼女がやや内向的だったからだ。

 一人で家を守っている間、リィンの仕事は家事と周辺の草木の伐採、怪物狩りに協力できる体力を養う筋力トレーニングと簡単な小動物の狩り。


 そして、『魔法』の勉強だ。


『魔法か、いつも勉強してるやつだな。パパはさっぱりだが』


 そんな仕事に就く父だから、魔法について話すといつも苦笑いだった。

 父はあまり詳しくないが、この世界には『魔法』が存在する。

 無から有を生み出す、奇跡の力。当初は誰もが、魔法をそう呼んだ。

 とはいえ、魔法は発見されて研究が始まってから、既に三十年が経過した力だ。現在は珍しくもなければ、使える者が限られているわけでもない。魔法を専門的に教える学校もあるくらいで、少しの入学金と授業料、やる気さえあれば、どれだけ学のない者でもある一定のラインの魔法は使える時代となった。

 しかもたった数年で魔法は周知され、人々に使われるようになった。ランタンや馬車の動力に魔法を代用した道具が発明され、子供のお小遣い程度で買える場合もあった。

 そんな魔法だから、田舎者のリィンは独学でもかなりの知識を得ることができた。

 中でも魔法を人々に教える『魔法学校』の存在は、リィンにとって憧れだった。

 ろくに山の外に出たことのなかったリィンにとって、参考書に記載されていた優美で優雅な魔法を嗜む少女達と煌びやかな校舎は、彼女の永遠の夢でもあった。

 両親もまた、歳を経るにつれて、街と魔法に憧れるリィンの姿をずっと見ていた。


『――リィン、お前にプレゼントだ。魔法学校への、編入許可証だよ』


 だから、彼女が十六歳になった日に、素敵な誕生日プレゼントを用意した。

 貯金を使って、彼女を一部寮制の魔法学校へと編入させることを決めたのだ。

 リィンは両親に泣きながら感謝して、一層勉学に励み、入学の日を待った。

 編入日までは、本当にあっという間に月日が流れた。


『あなたなら、きっと魔法を世の為に活かせるわ』

『一年したら、立派に成長したお前の姿を見せておくれ』


 入学前夜、リィンは自分に言い聞かせた。初めての街は緊張するが、きっと何とかなると。挨拶の練習もしたし、制服も買った。参考書も揃えて、山から学校のある街、ハルディア・シティまでの地図も準備した。

 明日からは親元を離れ、寮生活になる。一人暮らしなら慣れているし、問題ない。

 きっと、素敵な友達や先生に囲まれた、魔法女学院での生活が待っている。




 ――はずだった。




「どうして、こんなことに……」


 過ちと誤解に気づいたリィンが教室で絶望したのは、編入初日のことだった。

 聖エドワーズ魔法女子高校には、優美さも、優雅さも、素敵な校舎もなかった。


「オイコラオラァ!」

「喋ってんじゃねえぞメスブタァ!」

「あァ!? 実家燃やすぞテメェコラボケカスがァ!」


 この学校には、不良と荒れ果てた校舎しかなかった。

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