第8話 貴史と買い物に行きました(1)食事のお誘い

 恵美さん。貴史も随分と頼もしくなりましたよ。それに、相変わらず優しいです。この前も春彦と出かけていたんですが、人の心の痛みがわかり、かばうことができる子に育ってくれていますよ。


 尚史は仏壇の亡き妻に報告し、時計を見た。

 今日は小学校は休校なのだが、尚史は普通通りに仕事だ。尚史が仕事に行っている間、幼稚園までの時のように、貴史は春彦に見てもらうことになっていた。

「なるべく早く帰ってくるけど、春彦の言うことをよく聞くようにね」

「はあい」

「隊長たちも、頼むよ」

「ワン」

「マカセテー、ドントコーイ」

 隊長は一声吠え、モモちゃんやハリーじいやハムさんを代表するようにジミーくんが答えると、尚史は内心の心配を押し殺し、隊長たちがいる方が大事になっていそうなのはきっと気のせいだ、と自分に言い聞かせた。

 その時に春彦が到着し、尚史は春彦と貴史に見送られて家を出た。

「今日の昼は何が食いたい、貴史?」

「えっとねえ、オムライス!あ、やっぱり、お好み焼き!お好み焼きは春ちゃんのが大好き!」

「よし!じゃあ買い物に行かねえとな。

 さあて。その前に掃除からするぞ、貴史」

 貴史と春彦は手早く掃除をし、一緒に歩いて近くのスーパーまで買い物に出かけた。

 夕食の買い物と昼食の買い物をして、手をつないで店を出たところで、池谷に会った。

「あ、池谷さんだ! こんにちは!」

 池谷はスーツではないラフな格好をして、買い物袋をぶら下げていた。

「あれ、貴史君。こんにちは。今日は学校、お休みなのかな」

 にこにこしながらも、チラチラと春彦を確認するように見る。

 春彦の方も、「なんだこいつ」と言いたげな目つきで池谷を見ていた。

「うん。お休みだよ。だから今日は、春ちゃんと留守番してるんだよ。

 あ、えっとね、春ちゃんはお父さんの友達だよ。

 池谷さんはね、お父さんの仕事の仲間だよ」

 にこにこと貴史が言い、それで春彦と池谷は互いに一応警戒をやめた。

「どうも。こんにちは」

「どうも。はじめまして」

「池谷さんもお休みなの?」

「うん、そうなんだよ」

 池谷がにこにこと答えたとき、視界の端にふざけあいながら歩く学生のような三人組が映った。

 いつも自転車が駐まっていて狭くなっている歩道で、通行人が避けるようにしていてもやはり狭い。

「くそ、邪魔だな」

 チンピラの一人が、飛び出た自転車に足をぶつけて苛ついたようで、ガンと自転車を蹴った。

 と、自転車はゆっくりと倒れ、その隣の自転車も倒れ、その隣の──と、将棋倒しになっていく。

 マンガのようなそれを、貴史は思わずボケッとして見つめた。

 しかし、池谷は買い物袋を放り出して飛び出した。自転車の端にいたおばあさんをかばい、体で自転車を止める。

「あああ」

「大丈夫ですか」

 おばさんは大丈夫らしいが、池谷は自転車にのしかかられていた。

「なにしてるんだよ、この野郎。危ねえってわからねえのかよ」

 そして春彦は、学生の方に詰め寄った。

 学生は春彦が一人と見て、なめたようだ。

「おっさんがうるせえんだよ」

「はあ? もういっぺん言ってみろや、こら。ああん?」

 春彦が昔を思い起こさせる目つきで睨みあげるようにすると、学生たちはようやくまずい相手にケンカを売ったと気付いたらしい。

 しかし、三対一で勝てると踏んだようだ。

「お、おっさんがいきがってるんじゃねぞ、こら」

「なんだとこの、ガキが」

 貴史は春彦のケンカを見るのは初めてだ。何が始まったのかと、目を輝かせて見ていた。

「あああ、だめです。ちょっとやめなさい、君たち」

「なんだこら──」

「警察です。自転車をわざと蹴って倒したらだめでしょう」

 池谷が言いながら近付いていくと、一応学生たちは本当に警察官かと疑うような顔月をしながらも、春彦に殴りかかりそうなそぶりは引っ込めた。そして、警備員が近づいて来るのを見て、そそくさと逃げ出した。

「あ、てめえ、待ちやがれ!」

 春彦は追いかけて生きたそうにしたが、池谷に肩を押さえられたのと貴史を思い出したのとで、追うことはやめた。

「春ちゃんさん。それ以上は、相手が凶器を持っていたりすることもあるので危険です」

「だからって」

「それで春ちゃんさんがけがでもしたらどうするんですか」

「……チッ」

 池谷はもう一度おばあさんのところに戻ってケガがないか確認し始め、貴史は池谷の買い物袋を拾い上げた。

「卵が、割れちゃった……」

 池谷はおばあさんを見送って、貴史の拾い上げた買い物袋を見た。

「ありゃあ」

「池谷さん。お好み焼きにするといいよ。あのね、今日のお昼ご飯は春ちゃんのお好み焼きなんだよ。春ちゃんのお好み焼きはすっごく美味しいんだよ」

 春彦はムスッとしていたが、

「おい。昼飯食うか」

と池谷に言う。

「二枚も三枚も四枚も変わらねえし」

 池谷は春彦と貴史と買い物袋を見てから、

「じゃあ、そうしよっかな」

とへらりと笑った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る