第4話 貴史が遠足に行きました(1)死のうとしていた男
恵美さん。今日は貴史の遠足です。お弁当もどうにか上手くできました。でも、恵美さんならもっときれいで美味しそうなお弁当を持たせてあげられたんでしょうね。
最近の子はキャラ弁とかいうのを持って行くそうなので、調べていたら、色々なアニメにも詳しくなりましたよ。
そうそう。貴史はようやく嫌いだったピーマンを克服しました。
今日はこっそりとトマトを入れたのですが、食べられるでしょうか。食べられたら、褒めてあげてくださいね。
尚史は仏壇の遺影に向かって手を合わせて話しかけ、時計を見た。
「お、そろそろ時間だぞ、貴史」
貴史は尚史の隣で手を合わせていたが、パッと顔を上げて尚史を見上げた。
「遠足、晴れて良かったな」
「うん!」
「忘れ物はないな?」
それで貴史は、いそいそとリュックサックを覗き込んだ。
「えっとね、お弁当に、お菓子に、水筒に、レインコートに、レジャーシートに、画用紙と、クレヨン!」
「よし。じゃあ、ケガしないように、楽しんでおいで」
「はあい!」
貴史は返事をしてリュックサックを背負い、帽子を被ると、ジミーくんとモモちゃんとハリーじいとハムさんと隊長に
「行って来ます!」
と挨拶し、尚史と玄関を出た。
並んで少し先の四つ角まで行くと、尚史は駅の方へと向かうので真っ直ぐ、貴史は集団登校の集合場所の方へ向かうので右に曲がる。
「行ってきます。お父さんも行ってらっしゃい」
「はい、行ってきます。貴史も、行ってらっしゃい」
親子の平日の日課である。
そうして貴史は右に曲がり、集合場所に向かってスキップして行った。
「おはよう、いっくん、あーちゃん」
「おはよう、たっくん」
「おう、たっくん」
育民と亜弓も、ワクワクした顔つきだ。
今年の一年生の遠足は、少し離れた所にある公園まで歩いて行くことになっている。そこで各自好きな所を見つけて写生をすることになっていた。
「きれいな花が咲いてるといいなあ」
「花は書くの面倒くさそうじゃねえか?」
「ううん。まあ、行ってみれば何かいいものが見つかるかも」
「うん。一緒に書こうね」
貴史たちはそう約束して、集まった子供たちと一緒に登校した。
公園は広く、遊具のある南公園と、花壇や池、竹林や雑木林がある北公園、テニスコートに分かれている。その三つのエリアの交差する中央公園は広場と大きな花時計になっており、そこが集合場所になった。
「では、二時にはここに戻ってくること。いいですね」
教師に言われて、児童たちは
「はあい」
と返事し、早々に写生場所を求めて散った。
中には遊具で遊び出す子もいるが、教師が絵を書きに行くように注意し、出遅れたことに気付いて走って行った。
貴史と育民と亜弓は、何かいい場所はないかと歩いていた。きれいなものがいいが、あんまり難しいのや面倒くさいものは嫌だ。
「チューリップだわ」
「意外と難しそうじゃねえか。
あ、犬!」
テニスをしに来た人が、飼い犬をフェンスにつないでいた。
「いや、犬はもっと難しいと思うよ」
今日書き上げられなくとも宿題になると聞いているが、覚えて居られないものは困る。
思い思いに場所を決め、書き始めている者もいるし、やっぱり難しいと場所を移動する者もいる。
貴史たちは、雑木林の横にさしかかった。
「ん?あれ何だ?」
育民が木々の間を指さした。
木のそばに誰かが立っており、細い何かを木の枝に掛けようとしているようだ。
貴史たちは何をしているのかと、それをじいっと見ていた。
新しい遊びだろうか。でも、スーツを着たいい大人の男だし、雑木林の中は立ち入り禁止だと注意を受けている。
「入っちゃだめって知らないのかしら」
亜弓は嘆息して、男に声を掛けようとした。
「ねえ、おじさん」
男ははっとしたようにこちらを見、その拍子に、男がロープを持っているのが見えた。
「あれって、首つりじゃねえか!?」
大変だと、貴史たちは遊歩道と雑木林を区切る低い手すりを乗り越えて雑木林の中に入り込んだ。
「み、見なかったことにしてくれぇ。頼む。もう、こうするしかないんだよぉ」
男は泣き出し、貴史たちは途方に暮れたように顔を見合わせた。
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