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第二十四話 偽物勇者
一騎当千の無敵の豪傑が非業の死を遂げる……、神話でも歴史でもそんな話がままあるものだ。幼い頃の僕は、それがひどく理不尽な出来事のように錯覚していたのを、今でも覚えている。
~消えゆきし世界とそこに住まう数多のアバター達に捧ぐ~
§ § §
「ねぇ、あんた達ニワトリを飼ってみる気はない?」
ゴブリン退治から数日後、俺達の家を訪れたマーガレットさんはみんなにそう提案した。それはファルワナの祭りも近づき、村が慌ただしくなってすぐの事でもあった。
「婆ちゃんのニワトリを分けてくれんのか?」
途端に表情を明るくするイザネに対し、マーガレットさんは少し困ったような表情を浮かべる。
「違うんだよイザネちゃん。
実は以前から息子夫婦から街で一緒に住むように誘われててね、ファルワアナの祭りの後にこの村から引っ越そうかと思ってるんだよ。
村が大変な時期にみんなを見捨てるような真似はしたくないから断っていたんだけど、今はあんた達もいるし安心して村を離れられるからね。それにあたしも先が長くはないから、孫の顔をもっと拝んでおきたいんだよ」
「もしかしてワシも先が長くないのか?」
自分の顔をを指さして肩を落とすべべ王を見て、マーガレットさんはケラケラと笑う。
「ベベちゃんみたいなクソジジイなら大丈夫よ。神様が嫌がって天国に誘おうとしないからね。
心配しなきゃいけないのは、あたしみたいに心がけのいい老人だけさ」
「その引っ越しの事は、村のみんなは知ってるんですか?」
俺の問いにマーガレットさんは首を振る。
「村長さんだけには相談しておいたんだけどね。村のみんなには祭りの後で言うつもりだよ」
「そうかぁ、婆ちゃんいなくなっちゃうのか~。寂しくなるなぁ」
目蓋を僅かに下げてうつむくイザネに向かって、マーガレットさんはそれを安心させるかのように笑みをこぼす。
「大丈夫だよイザネちゃん。あたしが引っ越すのはゴータルートの一つ先のスレエズだから、ちょっと遠いけど行こうと思えば遊びに来れる距離さ。
だから、あたしが引っ越してもちゃんと村を守ってておくれよ」
マーガレットさんに頭を撫でられ、イザネに笑顔が戻っていく。
「そういう事なら、ワシ等がニワトリの世話をやくしかないのぉ」
「そうですね。新鮮な卵料理を今後も食べ続けるには、それしかないですね」
べべ王も東風さんもマーガレットさんの提案を受け入れたのを見て、段が腰を上げる。
「俺様もそれでいいと思うぜ。どう考えても、村で一番暇してるのは俺達だしな。
じゃあ、ちょっと出かけて来るぜ」
「おや、今日もゴブリンの洞窟かい?
見かけによらず本当に信心深いんだねぇ、感心するよ」
マーガレットさんは、椅子に腰かけたまま段を見上げる。
ゴブリンの洞窟内に放置された犠牲者の遺骨を段は何日もかけて外に運び出し、供養をしていた。
あまりにも犠牲者の数が多く、段一人の手には余るため、俺達も手が空いてる時は積極的にこれを手伝っていたのだが、未だに全ての遺骨を洞窟の外に連れ出せてはいなかった。
「坊主なら普通にやる事だろ。
あんな汚い洞窟に仏さんが山ほど転がってるんだぜ。あれを平気でほっとけるなら、そいつはもう坊主じゃねぇよ」
段は腰に片手を置き、マーガレットさんを見下ろすように言う。
「言うは易く行うは難しって言ってね、分かってはいてもきちんとできるとは限らないんだよ。
あたしの息子も牧師だから、よく分かるよ。それを実際に行うのがどんなに大変な事なのかをね」
「そうかぁ? まぁ、俺様の場合はみんなにも手伝って貰ったし、一人でやってる訳じゃねえがよ」
段は照れたように首の後ろを掻いている。
「ははは。
ところで、今日は予定もありませんし手伝いましょうかジョーダンさん?」
「なら、俺も行くぜ」
東風さんとイザネが椅子から腰を上げるが、手の甲で宙を払う仕草をしてそれを断る。
「いいよ二人共。昨日のうちに殆どの仏さんは外に移せたから、残りはあと僅かだ。
だいたい、東風は体が大きすぎて狭い洞窟に潜るのは苦手だし、イザネも苦手なんだろあそこの臭いが。無理すんなよ」
段はそのまま笑って二人に手を振りながら、ドアの方へと向かう。
「うおっとぉっ!」
段がドアノブに手を伸ばそうとしたその時、目の前で家のドアが外から開け放たれ、ララさんとセリナさんが姿を現した。
「大きな声で脅かさないでよ」
「おいおい驚いたのは俺様の方だぜ!」
段とちょっとした鍔迫り合いをするララさんの後ろから、セリナさんが段を見上げている。
「ジョーダンさん、今日も洞窟に行くの?」
「ああ、すまねぇな。今日中に終わらせるから、明日からまた剣作りを手伝いに行くぜ。
ゼペックにはよろしく言っといてくれよ、じゃあな」
セリナさんに彼女の夫への伝言を託した段は、そのままララさんの脇をすり抜けて家の前から走り去ってしまった。あの様子では、ゼペックさんがダニーとクリスの新しい剣を完成させるのは、もう少し先の事になるかもしれない。
「あら、こんにちは。マーガレットさんもいらしてたんですか」
ララさんが家の中を覗いてマーガレットさんに声をかける。
「あたしの用事はもう済んだから大丈夫だよララ。その様子だと急ぎなんでしょ?」
「そうなんですよ。
イザネちゃん、悪いんだけど宿屋でメルルの面倒を見てて貰えないかしら? あたし達これからファルワナの祭りの飾りつけを手伝いに行かなきゃならないのよ」
「はーい、すぐに行くぜ。じゃあね、婆ちゃん」
イザネは椅子からぴょんと軽く飛んで、マーガレットさんに手を振りながらララさん達の方へと向かう。
「それじゃあ、あたし達は手伝いに行ってくるから、またね」
セリナさんは手を振りながらドアを閉め、家の外からパタパタと三人が駆け足で立ち去る音が響き、そして遠のいていく。
「いいねぇ祭りは、始まる前からもう賑やかでさ」
そう言ってマーガレットさんは目を細めた。
マーガレットさんにとっては、これがこの村で最後の祭りとなるのだから、言葉では言い表せない感慨を今から噛みしめているのだろう。
「ところでマーガレットさん、祭りのために雄鶏を締めるんだよね」
「当たり前でしょ。祭りで鶏(トリ)を御馳走しないで、いつやるというんだい?」
俺の問いに、マーガレットさんはキョトンとした顔で答える。
「ならイザネにはその事を言わないで下さい。あいつ、それ知ったら泣いちゃうかもしれないので」
「泣いちゃうって、あの子は冒険者だろ? 冒険者なんだからそのくらい……」
マーガレットさんは怪訝な表情を浮かべている。
「イザ姐はそういうのが苦手なんですよ。優しい人ですから」
東風さんが俺の言葉を……、というかむしろイザネの事をフォローするように言うが、マーガレットさんはまだ納得がいかない様子で首を傾げている。
しかしまぁ、マーガレットさんの反応の方がむしろ普通なのだ。残酷な物や血を見る事に耐性がない冒険者など、いる方がおかしい。ベテランともなれば尚更だ。
「あいつ、見た目と違って結構お嬢様なんですよ考えてる事が。
前にニワトリの事をかわいいって言っていたし、たぶん自分の育てたニワトリが食われるって知ったらショックだと思うんです。
ゴブリンの巣穴でも、犠牲者の遺骨をみて泣いてしまいましたし……」
俺の説明でようやくマーガレットさんは納得できたように、乗り出していた背を戻して椅子に深く座りなおした。
「あたしが思っていたよりも、ずっと気が優しいんだねあの子は。
これは冒険者なんてやらせとくのは、もったいないかもしれないよ。いい嫁になれるよイザネちゃんなら」
「あんなに強いのに?! それにもしアイツが嫁に行ったら、鬼嫁になっちゃうよ、たぶん?!」
俺はマーガレットさんの言う事が信じられず、つい口を滑らせてしまう。
毎日イザネの猛稽古を体験している俺としては正直な意見だったのだが、”鬼嫁”というキーワードは失敗だった。明らかに、それを聞いた東風さんの表情が険しくなっている。
「これだから男はバカだねぇ……」
呆れたようにマーガレットさんは、大声でそう言い放った。
「あんな気立ての優しい娘が、鬼嫁なんかになるものかい。
だいたい強さばかり気にするのも男の悪い癖だよ。強けりゃなんでもできるって訳でもなければ、幸せになれるって訳でもない。
最強の英雄王の話を知らないのかい?」
「その”最強の英雄王”ってなんじゃ?」
この世界の歴史上の人物を、異世界から来たべべ王が知っている訳もなかった。ここは俺が、英雄王の話をかいつまんでべべ王達に聞かせる他ないだろう。
「かつてこの世界で紅の獅子と呼ばれた、英雄王レオ四世の事だよ。
彼は最強と謂われた戦士であり、力づくで多くの国を従え、ありえない程に傍若無人に振る舞い周囲を常に恐れさせていた。
そしてその結果、世界中が彼の敵になってしまい、最後は部下や親友にすら裏切られて絶望のうちに自殺したんだ。戦場で自分で自分の首を刎ねてね」
俺の説明にマーガレットさんが深く頷いて、更に言葉を継ぎ足す。
「そう、皮肉にも生涯無敗の最強の男が、力だけではどうしようもない事があると証明してみせたのさ。
そもそも力なんて、使わずに済ませられるならそれに越した事はないんだから、無理をしてまで続けることじゃないさ」
そこまで言うとマーガレットさんは、満足したかのようにテーブルに置かれたコップの水を飲み干した。
「ありがとうございます。非常に為になるお話でした、心に刻んでおきます」
「東ちゃんはいつも大袈裟なんだから。そんな大した話をしたつもりはないのよアタシは。
英雄王の話だって、この国じゃ知らぬ者がいないくらい有名なんだから」
マーガレットさんは、かしこまる東風さんをクスクスと笑う。
「年寄りの長話に突き合わせて悪かったわね。あたしはそろそろお暇(いとま)するわ」
立ち上がろうとするマーガレットさんを東風さんが手伝い、ドアまでエスコートする。
「ありがとう東ちゃん。
そうそう、あたしが引っ越す事は祭りが終わるまで秘密にしといてね。特にべべちゃんは口が軽そうだから気を付けなさいね」
「信用がないのぅ」
べべ王が肩をすくめるが、どう考えてもこのジジイが一番危ない。
「それじゃあね、みんな」
「送っていきますよマーガレットさん」
「大丈夫、大丈夫。そんなにモウロクしてないわよ東ちゃん」
東風さんの申し出を断り、マーガレットさんは歳に似合わぬしっかりとした足取りで家路についた。
「さっきマーガレットさんの言ってた事は、本当でしょうか?」
東風さんは少しの間、暑い日差しの中を行くマーガレットさんの姿を見送っていたが、すぐにこちらを振り向いてそう問いかける。
「”東ちゃんはいつも大袈裟”って言ってた事かの? 確かに言われてみればそういうところもあるが、気にする程では……」
べべ王の言葉に、東風さんが慌てて顔の前で手を横に振った。
「いえ、そうではなくて”イザ姐に冒険者やらせておくのがもったいない”って話ですよ」
「ああ、そっちかい」
べべ王はまるで聞くまでもない事を聞かれたかのように気の抜けた声を出したが、東風さんの表情は真剣そのものだった。
「それこそ気にする必要ないですよ東風さん。
マーガレットさんはイザネの猛稽古を体験した訳じゃないし、イザネと冒険した事だってないんだから俺達と意見が合わないのは仕方ないですよ。
年寄りは頑固な人も多いですしね」
そう思っていたからこそ、俺だってさっきのマーガレットさんの話は気にも留めていなかった。
「そうですよね。私はイザ姐ほど、冒険者らしい冒険者はいないと思っているんですよ」
そう答える東風さんの顔からは、さっきの思いつめたかのような深刻さが嘘のようにすっかり消え去ってしまっていた。
* * *
シャッ……シャッ……シャッ……
俺が床をホウキで撫でる度に、床に溜まった土や埃が東風さんの構えた塵取り(ちりとり)へと吸い込まれるように、少しずつ移動していく。
今はファルワナ祭の三日前、この村に住んで一か月近くが経過している。
家の掃除は、もっぱら俺と東風さんの役目となっていた。イザネは気が付いた時には手伝ってくれるが、べべ王と段は全くこういう事には興味を示さないので困ったものだ。
トントントン
不意にドアがノックされたかと思うと、セリナさんが家に入ってきた。短くまとめられたクリスと同じ紫の色の髪が彼女の整った顔によく似合っていて、歳をまるで感じさせない。ゼペックさんがべた惚れして、街の生活を棄てたのも納得できる話だ。
「あら、あなた達だけなの?
旅商人のマークさんが来たから知らせるように頼まれたんだけど、イザネちゃんはどこに行ったの?」
「イザ姐ならマーガレットさんの手伝いだと思いますよ。
私が呼びに行って来ます。カイルさんは先に行っていてください」
東風さんはそう言うや否や、塵取りを置いてすぐに家を飛び出していってしまった。
「べべ王とジョーダンはどうしたんです?」
「べべさんは村長さんと一緒にもう宿に向かってるわ。ジョーダンはうちの人と一緒だったから、もう宿に着いてる筈よ」
セリナさんの話によると、イザネを呼びに行った東風さん以外はもう宿の旅商人に会いに行っているようだ。
「じゃ、俺もすぐに行きます」
俺はホウキをその辺に放り出すと、大急ぎでセリナさんとともにバンカーさんの宿へ向かった。
街に入る許可を持つ旅商人の一行に加わる事ができたなら、遂にあの四人を街のギルドで冒険者として正式に登録する事ができる。
これで俺達の活動の幅も広がるだろうが、あの四人の非常識が街の人にまで迷惑をかけやしないか、俺は今から不安だった。
* * *
『王である!』
俺とセリナさんが宿に着いた時、俺の嫌な予感は既に的中していた。
べべ王は机に片足を乗せて旅商人らしき中年の男と、その三人の護衛の前で胸を張っている。後でララさんが机を掃除する事くらい考えて欲しいものだ。
「こ……この人はちょっと頭が……、その……病気なんだが腕は確かさ。し、信用もできる人物なんだ。
ちょっと病気なとこさえ目をつぶれば」
同席しているブライ村長のフォローが空しくなるほど、商人一行は冷たい視線をべべ王に向けている。商人の護衛一人で、とんがり帽子を被った髭の男などは、わざわざ帽子を深くかぶり直してべべ王との視線を遮ったほどだ。
「病気持ちとは酷いじゃないか、ブラブラ~」
「その呼び方はよせと言ったろ爺さん!」
そして早速べべ王が、その精一杯のフォローすら台無しにしてしまう。俺は宿の入り口で、思わず頭を抱えた。
この爺さんは後先というものを考えないのだろうか? 旅商人の一行に加えてもらわなければ、冒険者ギルドのあるゴーダルートの街に入る事すらできないというのに。
「ま、まぁ確かにバンカーの言っていた通りのようだな。
非常識だが桁外れの実力をもつ冒険者……いや、非常識さの方まで桁外れだったのは、意外だったが。
……あ、ああ、申し遅れたが旅商人をしているマークというものだ」
そのマークさんの言葉には、動揺がにじみ出ていた。思いもよらずこうも得体の知れない人物に出会ってしまったのだ、無理もない。
「べべ王じゃ」
「大上=段だ。仲間からはジョーダンと呼ばれてる」
「イザネだ。あともう一人、東風ってのがいるんだが、まだ来てないみたいだな」
べべ王と共に席についていた段とイザネも、続いて順に名乗った。
マーガレットさんの家にいたはずのイザネが既にここにいるという事は、東風さんとは入れ違いになってしまったのだろう。
「ほれ、カイル。お前も早くこっちにこんか」
べべ王が俺に手招きをする。
「カイルです。よろしくお願いしますマークさん」
俺が皆の座っている机まで歩み寄ると、マークさんは順に俺達の手を握ってそれに答えてくれた。
「ところで異界から召喚された者は、四人と聞いておりましたが……」
「俺は訳あって一緒にパーティを組んでますけど、この世界の人間ですよ」
椅子に腰を下ろした俺の言葉を聞いて、マークさんは軽く頷く。
商人はやはり、察しの良い人が多い。詳しく説明せずとも、マークさんはおおよその事情を汲み取ってくれたようだ。
「なるほど。
すると、この場にいるカイルさん以外の方は異世界から召喚されて来たという事になるが、どんな特殊スキルを持っているのか教えてくれませんか?」
「ああ、以前ダニーが言っていたやつか。そんなものないぜ」
イザネが事も無げに答える。
「ではこの世界に来て肉体的に強化された事はありますか? 力が異様に強くなったとか、強大な魔力を授かったとか……」
「いや、わしらは元の世界にいた時のままじゃが?」
マークさんはべべ王の言葉を聞いて首をひねり、少し考え込む。
「しかし、あなた方が魔法を使えるようになったのはこの世界に来てからですよね?」
段を見てソーサラークラスの冒険者と判断したのだろう。ややあってからマークさんが再び尋ねる。
「は?
ルルタニアにいた頃から魔法は普通に使ってたぞ。何言ってんだ?」
段が呆れたように言うが、対照的にマークさんの表情は険しい。
「おかしいですね。
この世界に召喚される勇者というのは、必ず魔法のない世界から呼ばれるのです。
魔法のない世界に居た者がこの世界に来て、初めて魔力の源であるマナをその身に浴びた時、ある者はそのショックで死に、ある者は突然変異にて特殊な能力や肉体に恩恵を得る。
これが召喚勇者と呼ばれる者達です。
以前は勇者の適性がなく、召喚された時にショック死する者も多かったと聞きますが、それも最近ではなくなったようですし、まして魔法のある世界から召喚されるなどという話は聞いた事がないのです」
「しかし、現にわしらは異なる世界より召喚されてここにおるぞ」
そのべべ王の一言に、マークさんの言葉が一瞬詰まる。
「……そうですね。
魔法のある世界から召喚されたという事は、勇者として召喚された訳ではないという事なのかもしれません。どういう目的かは、測りかねますが……実験的な試みであったのか、それとも偶然が重なった結果の事故なのか……。
いや、正直なところまるでわかりませんな」
「マークさん」
マークさんの後ろに控えていた護衛の剣士の一人が、彼に耳打ちをする。
彼の護衛はこの剣士を含めて三人の冒険者。マークさんに耳打ちをする男の他にももう一人ファイタークラスらしき男がいて、そして先ほど目元を隠してしまったとんがり帽子のソーサラー風の男が一人だ。
剣士がマークさんの傍から離れると、彼は傾けていた顔をべべ王の正面へ真っ直ぐ向け直した。
「あなた方がどんな目的で呼ばれたのかはわかりませんが、召喚されてこの世界に来た事だけは確かなようだ。そして、冒険者として優秀である事も、村の人達から既に聞いています。
そこでどうだろうか、私の従者と試合をしてその腕を見せてはくれまいか? 実はこのガフトが、異界の冒険者の実力をみたくて仕方がないらしいのだ」
マークは先ほど耳打ちをしていた筋肉質の男に視線を送りながら、話を続ける。
「どうだろう、彼の望みをかなえてはくれまいか?」
その言葉が終わる前に、イザネは立ち上がっていた。
「いいぜ、村の門の傍に広場があるからそこでやろう。あそこなら訓練用の木剣もあるからな」
イザネはいつも俺やダニーやクリスと稽古している広場を試合場に指定すると、さっさと宿のドアに向かって歩き出し、それに連られるように皆も席を立って後に続いた。
チラリとガフトの方を見ると、なんだか煮え切らない様子で仲間と喋っている。どうやら、あまり強そうに見えないイザネが勝負を買って出た事に不服があるようだが、試合後に同じ不服を唱える事はできないだろう。
「イザ姐、やっぱり先に行ってたんですか」
宿の外に出ると、東風さんがマーガレットさんと一緒に歩いてくるところだった。
カチャン!
俺のすぐ後ろから金属音がして振り返ると、ガフトが三メートルの長身の東風さんにビビッたのか、腰に下げた剣に手をかけていた。もしあの話し合いの場に東風さんがいたのなら、彼が腕試しをしようなどとは言いだす事もなかっただろう。
※ 挿絵
https://kakuyomu.jp/users/tekitokun/news/16818023213103134361
「なにやってたんだよ東風~~、遅かったじゃねーか」
イザネが東風さんの大きな腹を拳でつつく。
「イザ姐を迎えに行ったのですが、入れ違いになってしまって。
でも、丁度こちらに向かうマーガレットさんと合流できたので、一緒に来たんです」
「ねぇねぇ聞いて頂戴よイザネちゃん。
東ちゃんったら、”一人で大丈夫だから先に行ってて”ってあたしが何度も言ってるのに”一緒に行く”って聞かないのよ。ちょっと過保護だと思わない?」
わきあいあいと東風さんとマーガレットさんが話す後ろで、マークさんの雇った冒険者達のヒソヒソ話が聞こえてくる。
「なんだよあの化け物」
「いや、力は確かにありそうだが、動きは鈍いんじゃないか。
あの体型だし」
(一番素早く動けるのが、東風さんなんだよなぁ……)
「あなたがマークさんですね。私は東風と申します」
マークさんに気づいた東風さんが、前に進み出て手を差し出す。
「は、はぁ……よ、よろしく」
マークさんは言われるがまま、呆然として、東風さんの差し出した大きな手を握り返していた。
「ところで、みなさんはこれからどこに向かうつもりなのですか?」
「そこの戦士と村の門の広場で試合する事になったんだよ。俺達の腕前を試してみたいらしい」
イザネがガフトの事を親指でさして、東風さんに答える。
「それは面白そうですね。私も一緒に行きましょう」
こうして東風さんは足取りも軽く、村の門へと向かう一行に加わった。
門に向かう道すがらガフトの方を覗くと、先ほどまでの舐めたような態度は消え、顔色が青白く変っていた。
俺はこの四人組の相手をする立場になった彼の心境を想像し、震えるガフトに少しだけ同情していた。
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