まだアイドルを辞めていない

 安楽島あらしま かえでは、まだアイドルを辞めていない。

 正式な引退は秋ごろになるという。

 それまでは俺がしっかり楓を守らねば。


 ここ最近はトラブル続きだ。


 楓を狙う輩が多い。

 俺自身もなぜか狙われやすい。

 気を引き締めて学生生活を真面目に送ろうと――そう思った矢先だった。



「東山ァ!!!」



 三年の先輩、金剛こんごうが俺の胸倉を掴んで持ち上げた。

 廊下でいきなり襲われる俺。

 なんでこうなるかね。


「な、なんですか、先輩さん」

「なんですか、じゃねえ! どうしてお前が安楽島と仲良くしているんだ!」

「さあ、どうしてでしょうね?」

「ふざけるなあああああああああああ!!」


 胸倉を更に掴まれ、俺は息が出来なくなった。


「く、くるしい……」


 そんなグイグイと持ち上げられると死ぬって!


「東山、お前……まさか安楽島と付き合っているんじゃねぇだろうな!?」

「……」(←白目で気絶寸前の俺)

「おい、なんとか言え!!」


 いやいや、そんな胸倉掴まれたら……ごふッ。


 俺は息が出来ず、酸欠で意識が飛ん――ん!?



『バコオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!』


「うぎゃあああああああああああああああああああああ!!!」



 いきなり金剛先輩の体が吹き飛び、壁に激突した。な、なにが起きたぁ!?



「……ごほっ、ごほ! ……ふぅ、死ぬかと思った! なにが起きた?」



 視線を向けると、俺の側には楓が立っていた。

 って、今のまさか……楓が先輩を蹴り飛ばしたのか!?


「間に合ったようだね」

「――って、風花じゃないか」


 最近、楓と風花の見分けがつくようになった。ふともものホクロでな。


「って、どこ見てるの!」


 パンツを見られたと勘違いしたのか、風花は赤面してスカートを押さえた。いや、ホクロを見ていたんだがな。



「助かったよ、風花。てか、この学校の生徒だっけ」

「そうだよ。クラスは別だけどね」


 そうか、風花は同じ二年でクラスは別だったんだ。知らなかった。

 いや、それよりも先輩だ。


 彼は風花によって蹴り飛ばされ、床で伸びていた。


「大丈夫かな」

「大丈夫じゃない? 背中にドロップキックしただけだし」

「おいおい、やりすぎだ」


 風花は最近、動画配信サイトで流行っている“ブレイクダウン”という番組を見て格闘術にハマっているらしい。そのせいか体をかなり鍛えているようだ。



「今のうちに逃げよっか」

「そ、そうだな。助けてくれてありがとな」

「いいのいいの。その代わり、あたしとも遊んでよ」

「そりゃもちろん。風花にはお世話になっているからな」

「やった! 湊のそういうノリがいいの、好きだよ」

「……ッ!?」


 さりげなく好きとか言われて、俺はドキドキした。風花は、本当に楓とそっくりだけど――でも、やっぱり違う部分もある。

 こうして俺を助けてくれたりするし、実は風花が姉ではないかと錯覚してしまうほどに、しっかり者だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る