第32話 かしまし三人旅1

「それで、行きたいところとはどこなんだ?」


 後宮を出た三人は、門から離れるように歩いていた。

 目的地は未定。何となく先を歩くカーサを信じてついて行く二人がいた。それも五分も無言で歩き続ける彼女を前に、不審に思ったエメリアが声をかけていた。

 カーサは愛用となった木の棒を振り回しながら振り返ると、


「そんなの決まっているじゃない。王宮よ」


「なぜだ?」


「行ったことないからよ」


 安直な理由にエメリアは頭を抱えていた。

 その横でニコニコと笑顔を浮かべる紫鬼は特に何も言わずにいた。その姿をエメリアは一瞥してからカーサに向き合い、


「……あのな。そんな理由で軽々しくいける場所じゃないんだぞ?」


「わかってるって。だからあなたが一緒にいるんじゃない」


「私だって顔パスではないぞ?」


「えぇ、なんでよ!」


 素で驚くカーサにエメリアはため息をつく。


「当たり前だろ。常識的に考えろ」


「じゃあいつもはどうしてるの?」


「書類を書いて受理されたら中に入れるな。ただ主上は顔パスだから、それについていく場合は関係ないが」


「くっ、まあいいわ。正規の手順とやらは後でやっておくとして……」


 諦めないのか、とぼやく彼女を他所に、カーサは二人を眺めてから、


「──まずはご飯よね」


 なんの意味もなく、空に向けた棒の先で円を書いてみせた。


「確かにいい時間か」


 時刻は昼を少し過ぎた所。後宮では規則正しい時間に食事の用意があったためいつもの習慣では既に食事をしている最中だった。

 ……別にそんなに空いているわけじゃないけど。

 先日のこともあり久しぶりに食い溜めをしたカーサにとって無理して食べる必要もなかった。これからまともな食事にありつけるかどうか未知数だったが、都市部にいる限りは金さえあれば飢える心配は必要ない。

 その金に関しても暫くは困ることも無い。換金できるようなものはいくらかバッグに入っているし長老からもしもの時のために現金を持たされていた。もしかしたらこうなることを予見していたのかもしれない。

 だから問題があるとするならば、


「といってもお店には詳しくないのよね。紫鬼はどう?」


 カーサはそう話を振るが、彼女も首を横に振っていた。


「私もすぐに後宮に行ったから街の中は無理よ」


「じゃあエメリアは?」


 もし一番詳しいとするならばホームグラウンドの彼女しかいないと目で訴えるが、顎に手を置いて悩む姿に期待はできそうになかった。


「基本的に店選びは主上がしてくれていたからな。いろいろなものは食べてきたがどれもこの地ではないし」


「普段は何してるのよ」


「主上についているが?」


「……聞いた私が馬鹿だったわ」


 あれも主上これも主上。それ以外の内容を聞きたくてもないならば仕方がない。

 ……息が詰まるわ。

 カーサはため息をつく。あの優男と四六時中一緒にいて、他に何もしていない状況はカーサだったら三日も持たない。これではなんのために生きているのかすらわからないからだ。

 ……奴隷根性とは違うのはわかるんだけどね。

 愛情と崇拝。それがこの病的な献身の原因だった。それこそ拒絶したらエメリアが自死してしまうほど根が深いものとわかってソウタは何も言わないのだろう。

 それも永遠ではないというのに、いつまで先延ばしにするつもりなのだろうか。まさか時が解決してくれるなんて甘いことを思っているのだったら早いところ何とかしたほうがいい。

 カーサがげんなりとした表情を浮かべていると、紫鬼は子供を見るような目でエメリアを見ていた。


「本当にエメリア様は主上がお好きなのね」


「まあな。奴隷という立場から救いあげていただいたし二度も命を救われたんだ。好きになって当然だろう」


 それを聞いて重症ねとカーサは肩を落とす。

 棒で彼女の顔を指してから、


「紫鬼が言ってるのはそっちの好きじゃないわよ。子供を産みたいかどうかってこと」


「だからそれはできないと言っているだろ」


「うーん、これに関しては私はカーサの味方なのよね。子を成したいと思えるほど好きって感情までは誰にも否定されるようなことじゃないんじゃない?」


「うっ……」


 問われ、エメリアは息を飲む。

 誰も聞いている人のいない時まで本音を隠すのであれば手の付けようがない。しかし、彼女は辺りを見渡してから、肩をすくめて言う。


「それは、その……できれば」


「そうよね、それでいいのよ」


 話を聞いて安心したように二人は胸をなでおろす。

 傍から見ていればそんなこと口に出すまでもないことだが、自分を騙しているエメリアにとって言葉にするということは重要なことだった。

 ただ当の本人は不満そうにカーサを見つめていた。


「なんだその言い方は。それに叶わない願望など空しいだけじゃないか」


「叶う叶わないなんて二の次よ。叶えようとする気持ちがなければ結果はついてこないんだから」


 皆が納得する形にするためにはソウタが誰とくっ付くかという話でエメリアは外せない。どうせ合議制など上手くいくはずもないのだから適当に駆け落ちでもした方が平和だったまである。

 それに誰だって身内が死ぬのは辛いことだ。今はつかの間の平和かもしれないが戦争を知らない世代が増えれば奇跡が起きるかもしれない。

 ……そこだけは認めてやってもいいわね。

 とはいっても今考えることはそれでは無い。難しい社会の話はお偉いさんがどうにかすればいいことであって、カーサにとって大事なのは未知を探究することだった。その過程でエメリアの問題が鬱陶しいからどうにかしたいが、それをメインの目的に据えるつもりはなかった。

 そんなカーサに紫鬼は、


「いいことだと思うけど、それってただの好奇心よね?」


「ふさぎこんで鬱憤溜めるよりは健全なの。どうして他の種族はもっと自由に生きられないのかしら」


 言ってカーサは首を傾げていた。

 戦争も後宮も、顔も知らない誰かが仕組んだことを疑問も持たずに実行する。とてもでは無いが健全とは思えない。


「皆が皆お前のようだったら社会が成り立たないからだぞ」


「そう? 成り立つように考えればいいのよ」


 だってこんなにも世界は楽しいことで溢れているのに、こんなところで時間を浪費するのは悲しいことでしょ?

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