第30話 襲撃7

「あーそれは僕のせいだね」


 紫鬼との決闘の後、二日が経ってソウタに呼び出されたカーサは、その言葉に頷いて近くのコップを投げつける。

 顔に当たる手前で止まったそれは、内容物ごと宙を漂っていた。

 ちっと舌打ちをする。意識すればするほどソウタの一挙手一投足に不快感を感じてしまっていた。

 彼は苦笑しつつ、一本立てた指をかざすと優雅に振り下ろす。それだけでコップはテーブルに戻り、こぼれた液体も元に戻っていた。

 ……もう一回やってやろうかしら。

 すぐにカーサは首を横に振る。感情に任せたまま動くよりもどうしてそうなっているかを確認しないと話が前に進まない。

 この二日間で後宮内の環境は一変していた。ソウタが用事があって不在にしていたこともあり、小さな小競り合いは日常茶飯事、種族の近いもので集まり派閥も出来上がっていた。大きな衝突も数回あり、何人かに被害も出ている始末だ。

 今まで普通に出てきていた食事も、滞るようになり味も落ちた。臭いものには蓋をしていた本性が表面化しているせいで、協力することに疑念が生まれているせいだった。

 雰囲気は日々悪くなる一方だ。このままでは取り返しのつかない重大な事件が起こるのもそう遠くないと皆の間では予兆されていた。

 原因は簡単で、紫鬼へのお咎めが軽すぎたせいだった。種族の代表で集まった子女達にとってここでの失態は種族の顔に泥を塗ることと等しい。やらかした紫鬼が何食わぬ顔で出歩いていたら我慢の必要に疑問を感じてもおかしくはなかった。


「で、何したのよ」


 カーサはとげとげしい口調で尋ねていた。腕を組み胸をそらせて、苛立ちをあらわにする。

 それを見て苦笑するソウタは、傍に立つエメリアを手で制止しながら、


「ほら、前に話したでしょ。好感度を上げるってやつ。あれの応用で疎ましく思っている感情を増幅させる魔法を使っているんだ」


「……いや、何のために?」


「皆の身を守るためだよ。悪者の第一目標が僕になれば対処ができるけど、後宮内で無差別に襲われたら手が足りない。それに短絡的な行動をとるようになれば背後の関係も炙りだしやすくなるしね」


 ……なるほど、一理ある。

 カーサは細かくうなずいていた。

 確かに同じ苛立ちでもレントンに比べてソウタに向かう感情のほうが大きい。それに伴って近視眼的な発想が幅を利かせていた。

 日々強くなる思いは厄介だった。意識しなければ悪意に引っ張られてしまう状況はまずい。


「その魔法はどうにかできないの?」


「できるよ。僕のことを好きになってくれればいいだけだし」


「じゃあ無理かぁ」


 だって好きになれる要素がないもの。

 早々にあきらめたカーサに対して、ソウタは声を押し殺して笑っていた。口と腹を手で押さえてひきつけを起こしたように悶える姿は子供のようにも見える。


「お前、すげえな」


 話に横入りしてきたのはレントンだった。彼も同様に呼び出されて、円卓に着き二人の話を眺めていた。


「なにがよ?」


「敵意って、直接何かされたわけじゃないんだろ? ちんちくりんだし、ソウタの趣味には合わないからな。なのによくそこまで人を憎めるな」


「そんなの当り前じゃない。私は私を縛り付けるようなことをする人間全員に敵意を持っているのよ」


 カーサは鼻を鳴らして言ってのける。

 世界中を見て回り、その土地を知り、誰も成しえなかった体験をする。それがカーサの夢であり目標であった。後宮には長老の命令で仕方なく来ているだけであって、本来なら長居するつもりもなかった。

 ただ初日からあまりにも目に余る事がありすぎて、一目見てぶん殴ろうくらいには思っていた。その思いは今や後宮をぶっ潰すまで膨れ上がっているが。


「カーサはそれでいいと思うよ。まぁやりすぎたらお仕置はするけどね」


「あら、そう? その前にお仕置されないように気をつけた方がいいんじゃない?」


 軽口を叩きながら、カーサはテーブルを指で叩いていた。

 苛立ちは治まるところを知らない。少しでも気を紛らわせておく必要があった。

 そして、自分の話は終わったと、視線をレントンに向ける。


「で、新大陸の話をするんでしょ? 私達が同席していてもいいの?」


 私達。この場にはカーサやレントンの他にも、アポロと紫鬼がいた。状況をよく呑み込めていないからか黙ったまま話を聞いているだけの二人は視線を泳がせていた。

 その二人へソウタは微笑みかけるが緊張がほぐれたようには見えない。むしろより身体を固くしているように見えていた。


「そうだね。別に同席していてもかまわないけど、わけがわからない話で混乱してしまうよ?」


「別にいいわよ。わからないところがあったらあとで愚兄に聞いておくから」


 それはいいねとソウタは頷いていた。

 

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