第15話 回想4
「他には仕事ってあるんですか?」
「あることにはあるが、お前さん、手に職は?」
「ない、ですかね」
蒼太は軽く嘘をついた。おおよそのことなら今はこなせる自信があったが、誰かの下について仕事をする気にはなれなかったからだ。
どうせチート能力があるのならば枠に縛られない生き方がしたい。人の下につくのはそれを堪能してからでいいだろうと。
男性は困ったように眉を寄せてから、
「じゃあ……傭兵かなぁ」
「傭兵?」
眉が上がる。
これはもしかすると、と胸に期待を抱いていたが、男性は暫く苦々しい表情をしていた。
「傭兵って言っても平時は何でも屋だよ。ガラの悪い奴らのセーフティってだけで、お前さんみたいな奴には向かないぞ?」
「いえ、仕事が出来るならなんでもやります!」
「うーん、やめといた方が──」
「大丈夫です。根気だけは自信があるんで」
よく分からない理屈を並べる蒼太に、男性は顎に手を当てて考え込んだ後、
「……わかった。宿の人に話せば斡旋所まで案内してくれるはずだ。くれぐれも無理はするなよ」
「分かりました」
蒼太は深深と礼をする。
男性は手元の紙にサラサラと文字を書くと、破り手渡してくる。
──解読。
殴り書きでも魔法によって宿の位置がわかる。
「ありがとうございます!」
蒼太はまた礼を言ってその場を後にしていた。
紹介状を見せると、宿では暖かく迎え入れられた。
簡単に自己紹介をしても怪訝そうな顔をされなかったことに蒼太はほっと安堵していた。
とりあえず一週間分の個室を予約していた。食事は朝食分は含まれているが夕食は別料金となっていて、蒼太はその分も上乗せして支払っていた。
全て言い値だが、相場を知らないため快く支払う。金に困っているわけではなかったのとけち臭く思われたくなかったからだ。
大仰に笑う受付のおばちゃんに一礼した後、蒼太はこれからの拠点となる部屋に向かっていた。三階の角部屋、同じ価格帯では一番上等な部屋と彼女は言っていた。
その言葉どおりかどうかは別として、部屋はベッドが一台とテーブル、他にスペースはないがよく手入れがされているようだった。変な匂いもせず、よく干されたベッドからは陽の香りが立ち上る。
風呂とトイレはないが不満は無い。どちらも蒼太にとって必要がなかったからだ。
──洗浄。
汗ひとつかいていない身体が微かに発光する。それだけで全身の表面の汚れは綺麗に落ちていた。
それとは別に風呂には入りたいなと思いつつ、ベッドに横たわる。ぐっと沈む身体に肉体よりも精神が疲弊していることが伝わっていた。
──解除。解除。解除……
自分にかけていた精神系の魔法を1つずつ解除していく。途端に不安感や不快感に襲われるがそのギリギリを確かめていた。
奥歯を強く噛み締める。そうしていないと吐き気と恐怖で暴れてしまいそうだった。
目に涙をため、深呼吸を繰り返す。今日見た惨状がフラッシュバックして激しい動悸に襲われていた。
……まだ、まだ大丈夫。
──解除。解除……
「だぁっ! もう無理!」
三十個あったうち二十までを解除し終えたところで蒼太は根を上げていた。息がつまり震えと寒気が止まらない。即座に魔法を掛け直すが、地の底まで落ちたテンションは上がることはなかった。
「ひぐっ、えぐっ」
布団に顔を押し付けて泣く。家族が恋しい、友達が恋しい。自分が死んだなんて信じられない。
肩を震わせて枕に悲しみの声を吸わせる。怨嗟の呪文を唱えているうちに蒼太はいつの間にか深い眠りへと誘われていた。
翌朝。
蒼太は気持ちを吐露してクリアになった頭で斡旋所の前に来ていた。
……これ、が?
朝食を食べて蒼太は九時頃、外に出ていた。
既に日はずいぶん高いところに上っている。遅めの出勤にも関わらず足は陽気に歩を進めていた。
斡旋所についてまず目に入ったのが建物の外に立ち並ぶ立ち看板だった。
いくつも紙面が張られたそれに人々が群がっている。装備をしている者もいればほとんど浮浪者のような恰好まで様々。
それが依頼書の確認だとわかるまでそう時間はかからなかった。
――遠視。
人ごみを嫌って蒼太は外周部から依頼書を見ていた。
……へえ。
依頼書の内容は驚くほど落差が激しかった。子供のお使いかと見間違えるものから軍隊が必要なのではと思うものまで。そのほとんどが早い者勝ちとなっていることがまたいやらしい。
しばらく依頼書を眺めていると人の波が徐々に少なくなっているのに蒼太は気付いた。皆、斡旋所の中には入らずに何処かへ散っていく。なんだろうなあと思っているととうとう数えるほどしか人の姿はなくなっていた。
――記憶。
いつまでも突っ立っているわけにはいかず、ある程度興味があるものを覚えた後、蒼太は隣に立つ小屋に向かっていた。
外見はほとんどログハウスに近い。しっかりした建物というよりは掘っ立て小屋といったほうが正しい外見のそこは、扉などという上等なものはなく、西部劇で見るような押せば簡単に入れるものがあるだけだった。
「すみませーん……」
蒼太は中に足を踏み入れる。中は採光窓だけが光源となっていて薄暗い。
「はーい。もう依頼が終わったのかい?」
斡旋所の中には小さな一本足のテーブルと椅子が数脚、そしてバーのようなカウンターがあった。そこに座る一人の男性が蒼太の声に反応を返していた。
蒼太は彼に近づいていた。殴られたらただじゃすまなそうながっちりとした体型の男性は蒼太よりも頭一つ大きく、威圧感を感じざる得ない。
「えっと、初めてなんですけどシステムを教えてほしいんです」
「……ふーん」
じろじろと見られている。それが蒼太は微妙に不快に感じていた。
ひとしきり見られている間、背筋を伸ばして直立不動の体勢を取る。満足したのか視線を逸らした男性は、
「外の依頼書はみたか?」
「はい、見ました」
「んじゃ、それをこなしたら証拠を持ってこい。それで依頼金が出る」
……雑!
冗談かと思うほど簡素な説明に、蒼太は苦笑いを浮かべていた。
一瞬そのまま回れ右して帰ってしまおうかと頭によぎるが、
「あ、採取依頼なんですけど、規定数以上持ってきた場合ってどうなりますか?」
「ん、あぁ。依頼以上の場合はこっちで預かる。その分割安になるけどな」
だから早くしたほうがいいぞ、と男性は笑みを浮かべていた。そこに悪意や嘲笑などはなく、ただ淡々とした事務的なものを感じていた。
……困ったな。
明らかに出遅れていることを考えると今から焦っても仕方がない。土地勘もない街では依頼完遂できるかどうかすら怪しかった。そこはチートでどうにかなるかもしれないがあまり便利に慣れすぎるのもどうかと思う。
……コピー使ってる時点で大差ないんだけどね。
金には困っていないが出所不明の金にいつまでも頼るのはどうかという懸念もある。なにより楽しくない。
これからどうするか。蒼太は頭をひねっていた。今日のところは依頼を諦めて情報収集に精を出したほうがいいのかもしれない。明日朝早くきてよさげな依頼に手を出したほうが実りも多いだろう。
と、記憶を整理していると気になることに気付いて、蒼太は斡旋所を出ようとする足を止めていた。そのまま踵を返してまた男性の元へと向かうと、テーブルに手をついて、
「あの、誰もやってない依頼ってありますか?」
男性は怪訝そうな顔色をより一層強くしていた。
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