第12話 回想1

 葛城 蒼太はどこにでもいる高校生だった。

 面倒に思いながらも日々学校に通い、仲の良い友達とだべっては、ついて行くのがやっとな勉強に精を出す。

 社交的ではあったが受動的な性格で、必然的に同じようなグループにまとまるまで時間はそうかからなかった。

 流行っていたのはゲームやアニメ。主に消費する立場だったがグループの一人が創作側に手を出したため、放課後にはその批評をすることも度々あった。

 つたない文章を見てはダメ出しをする。流行りに乗っかった題材は目新しいものはなく、しかし大量に粗造されているだけあってつまらなくはない。本人の熱量を感じる作品に仲間内でも盛り上がることは多かった。

 そんな生活が終わりを迎えたのは高校二年の春のことだった。

 放課後、帰宅部の蒼太は駅で帰りの電車を待っていた。既に日は落ち始めて夕暮れの色を濃くしている。

 まもなく電車が来る。しかし乗る電車ではない。特急の通過電車であることをアナウンスが告げていた。

 ホームにはまばらにしか人の姿はない。颯太はワイヤレスイヤホンから流れる流行りの曲に耳を傾けていた。

 電車が見える。ホームへ入ってくるまでそう時間はない。

 その日はただただ運が悪かった。たまたま泥酔した酔っ払いがホームにいたこと。颯太が列の先頭にいて、その後ろに誰もいなかったこと。後ろを通り過ぎようとした酔っ払いが足をもつれさせて倒れたこと。そしてそれに巻き込まれて二人一緒にホームに身を投げたこと。

 突然の衝撃に受け身も取れず、体が傾いていく。

 最後に耳にしたのは安い愛を囁く、アイドルのつまらない歌声だった。





「転生?」


「はい。そうです」


 ……まじかぁ。

 目の前の女性の言葉に蒼太は項垂れていた。

 自称神様を名乗る彼女は、白のシルクを身にまとい、背中からは薄く発光していた。そのせいで整っているだろう顔がよく見えない。


「それって……異世界転生ってことですか?」


 一部界隈で流行っているワードを口にする。

 まさか自分が、という気持ちが溢れてくる。期待よりも不安の方が大きかった。

 しかし女性は首を傾げて、


「異世界……あぁ、まぁそれでいいです」


 随分投げやりな態度にはぁと蒼太は答えていた。


「あのぅ」


「なんですか?」


「転生って、しなくちゃダメなんでしょうか?」


 死んでしまったことに未練はあるが、常識の通用しない世界には行きたくない。

 その思いに女性はふむ、と頷いていた。


「なぜ私が貴方の要望を聞き届けなければならないのでしょうか?」


 純粋に理解できないという声色に、蒼太は口を結んでいた。

 まずい。話を聞かない系の神様だ。

 人間のことを家畜未満にしか思っていない。親身になる理由が彼女の中にはないようだった。

 このままではどんな目に遭うか分からない。せめて何か担保が欲しい。


「手違いで死んだんですよね、お詫びに何かあってもいいじゃないですか!」


「手違い?」


「……そうですよね?」


「いえ、貴方の死に対して私は何一つ関与していません。そもそも死因にすら興味無いですし」


 彼女はただ事実を飄々と述べていた。

 流行りものの定番だと思っていた展開の、読みが外れたことに蒼太は二の句が告げなくなる。

 しかし、と疑問が湧く。


「ならなんでこうして貴方の前にいるんですか?」


「それは貴方がたまたま輪廻の輪から外れたからでしょう。後ろを見てみなさい」


 その言葉に従い、蒼太は後ろを振り返る。


「うわぁ……」


 思わず言葉を失う。

 それは光の奔流だった。数え切れないほどの光子が天を目掛けて吹き上がっていた。

 それを逆さまから見た滝だと言うのなら、ナイアガラの滝など蛇口にしか見えなくなる。まるで原寸大の世界地図から流れ景色に蒼太は息を飲まずにはいられなかった。


「それ以上はやめときなさい」


「うわっ!?」


 突然視界が塞がれ、驚いた蒼太は情けない声を出していた。

 後ろから目に手を当てられている。圧は感じるが人の温もりのようなものは感じられなかった。

 そして促されるままに向きを戻すと、視界を塞ぐ手は無くなっていた。今思えばあれはなんだったのかと疑問に思う。こうして立っているところですら足元は空洞で、深い闇へと続いている。足の裏を押し返す感触はあるのに、肝心の床が見えない。

 美しく、それでいて悲しい光景だった。あまりに荘厳な、圧倒的な、言葉では表現しきれないものに熱く頬を伝うものがあった。


「あれが輪廻の輪よ。と言っても実際ものがあるわけじゃない。そういう概念を叩き込まれただけ。だから視界が届かないはずのところまではっきり見えたはずよ」


「そう……ですね」


「上に上がれば来世に行ける。今度死んだ時は途中で止まらないでちゃんと下まで行きなさいよ」


「下には何があるんですか?」


 蒼太が問うと、きつい視線が返ってきた。

 やや呆れたような溜息の後、


「上に上がれば魂にゴミが溜まる。死んで落ちてくると下の焼却炉でゴミを燃やして軽くなったら上昇気流に乗ってまた上に行くんだ。言っとくがお前さんにわかりやすいよう表現しただけで本当に燃えてる訳ではないからな」


「あ、はい」


「たく、重さが足りなくて落ちられないなんて恥ずかしいやつね。もっと一生懸命に生きなさいよ」


 そんなこと言われてもと蒼太はむくれていた。

 事故で死んだのだ。不可抗力なのに責められる理由が分からない。

 それに自分よりも早くに亡くなる子供だって大勢いる。理不尽な物言いに立場を忘れてつい言葉が荒くなる。


「それなら生まれてすぐ死んじゃった赤ちゃんにも同じことを言うんですか?」


「本当に馬鹿なのね、あなたって。時間軸がないのに時の経過をあげつらうなんて」


「……どういうこと?」


「あなたの知らなくていい事よ」


 そう、無下に言われて蒼太は口を閉じざるを得なかった。

 

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