基地の探索を広げよう

 食料の蓄えもあるので、今日は基地の探索の日。光里たち六人は、念の為鉄砲を持ちながら通路を進んでいました。


「この辺来たことないんじゃない?」

「居住区は確かにノーマークでしたね」


 そしてやってきたのは、居住区画。軍隊の兵隊さんたちが寝泊まりをする為のお部屋がたくさん集まった場所です。


「ここで昔の兵隊さんたちが暮らしてたのかな?」

「いえ。この基地の成り立ちを考えると、使われる前に放棄されていたのだと思います」

「お邪魔します……」


 ひとまずお部屋の一つに入ってみることに。ガチャリと扉を開けると、その中はやはり使われた跡のない新品同然の様子でした。


「意外と綺麗な部屋だな」

「まあベッドの質なんかはうちらのコンテナの方が良さそうだけどね〜」


 床にはややホコリが溜まっているものの、家具類はどれもフィルムで守られて綺麗なまま。ベッドのふかふかさはコンテナハウスのものには負けますが、軽く掃除をすれば自分たちで使うこともできそうです。


「私たちで使うことはないかな。でも何かあるかもしれないから探してみよう」


 けれどもう、みんな住む場所には困っていません。ここを寝床として使うことはきっとないと光里がベッドには触れず部屋の探索をしようとした時、小夜子が声を上げました。


「本当に使わないだろうか」

「どゆこと?」


 みんなはコンテナハウスで満足していますが、小夜子はそれでも思うところがあるみたい。


「私たちのコンテナハウスの方が確かにベッドの質はいい。だが六人用の大部屋だ」

「ええ、まあそうですね」

「これから長い間暮らしていくんだ。一人になりたい時もあるだろう」

「六人一緒に慣れて忘れてたわ。確かにそういうことあるよね」


 これまでは何事もなく……というには色々あったものの、いつもみんな仲良しで六人部屋でも困ることはありませんでした。ですがこれから長い間一緒に暮らしていけば、一人になりたい日も出てくると小夜子は考えたのです。


「それに……」


 そしてもう一つ、小夜子には考えていることがありました。


「エロいことするには丁度いいと思わないか」

「は?」

「な、何言ってるの!?」


 突然の衝撃発言に悠樹はツッコミの気力もなくし、光里は思わず叫んでしまいました。


「いや、割と真面目な話だ」


 一体何を言っているんだという空気ですが、彼女も別に冗談で言ったわけではありません。


「性欲というのは人間の三大欲求のひとつだ。ましてや多感な10代の身体のままで何百年も封じ込めておけるものでもない。所謂同性愛にはなるが、これから私たちの中にそういう関係が生まれてくるのはまあ自然だろう」

「それは……」


 現に小夜子と智実は恋愛にとても近い関係になっていますし、フランも心当たりがあるみたいで顔を赤くしながら言葉を詰まらせてしまいました。


「フランちゃんどうしたの? 顔赤いよ?」

「べ、別に何でもないです」


 そう言って誤魔化しますが、フランが光里に対して並々ならない感情を持っているのはみんなにも既にバレバレ。


 そんなこともあり、確かにそんなこともあるかもしれないと。小夜子の言っていることは確かにある程度の説得力をみんなに感じさせました。


「だが流石に皆がいる部屋では、な?」

「友達のそういう声とか聞くのは気まずいしね〜」

「よくわかんないけど、そういうのはこっそりしたいよね」

「そこでここが使えるんじゃないか、という話だ」

「なんだかホテルみたいですね」

「いいと思う、ホテル!」


 こうして話が進んでゆく中、フランが口にしたホテルという言葉に光里が食いつきました。


「えっちなことは置いておいても、ちょっとこの日はみんなとは別で寝たいかなって時に気軽にお泊まりに来れる場所! 今日からここはホテルでどうかな!」

「いいと思います、光里さん」

「夜中に音が出る作業をしたい時にも、使える……」


 一人になりたい時や、えっちな事じゃなくても誰かと二人きりになりたい時に気軽に泊まることができる。元々兵隊さんたちが寝泊まりする筈だったこの場所は、そんなホテルとしてこれから使われることになったのでした。


「昔に命懸けでここを残してくれた兵隊さんたちも、まさかホテルになるとは思わなかっただろうね〜」







 探索が終わって夜になり、お夕飯も食べ終わって。その後みんなは外に出て、夜空を見上げながらそこに浮かぶ月へと想いを馳せていました。


「なんだか、随分遠いところまで来ちゃった気がするね」

「遠いですよ。すごく遠いです。私たちが生きていた世界は雲よりずっと高くの、空気もない宇宙の向こう側にあるんですから」

「これまで当たり前に見ていたあのお月さまに、みんながいる……」


 これまで当たり前のように生きてきた世界は、今はもう宇宙の向こう。見えているのに手の届かない月を見ていると、そのことを改めて実感させられます。もう、あの場所には帰れないのだと。


 そうして月を見上げる中、悠樹はある事を思いました。


「そういえばさ、ヨナ計画ってなんでヨナ計画なん?」

「なんで、とは?」

「名前か」

「確かに名前の意味とか気になるね〜」

「私も気になる!」


 ヨナ計画という計画の一環で、みんなはゼクト・オメガに乗って地球へと降り立ちました。ですが、ヨナ計画の名前の意味はみんな知りません。


 そんな中、一人知っているフランはその意味を五人に説明します。


「まずヨナというのは、ヘブライ語で鳩を意味します」

「鳩計画?」

「平和の象徴とか、そんな感じか」


 ヨナとは、鳩と言う意味の言葉。そのまま日本語にすれば鳩計画、となりますが、そこにはどういう意味が隠されているのでしょう。


「皆さんはノアの方舟のお話はご存知でしょうか」

「知ってるよ〜。ノアって人が神様に言われたとおりに船を作って、家族とか動物たちと一緒に大洪水での世界滅亡から逃れたってお話だよね〜」

「はい。私たちが暮らしていた月のジオフロント、アララトはそのノアの方舟が流れ着いた場所を由来としています」

「フランちゃんと智実、賢そうなお話してる……」


 人類保全機関ノア。月地下都市アララト。それらはノアの方舟のお話が由来になっているみたい。


「でもそれがどうヨナ計画と繋がってくんの?」

「アララトに流れ着いたノアは、洪水を引き起こした雨が止むと鳩を放ちました。そして鳩が戻ってこなかったことで大洪水の終わりを確認し、地上へと戻ったんです」

「わかった! 私たちはその鳩ってことだね!」

「その通りです、光里さん」

「私たちが、復活した地上に放たれた鳩。だから、ヨナ計画……」


 ヨナ計画は、ノアの方舟のお話の最後。滅んでしまった地上の復活を確かめる為に、ノアが放った鳩を由来としているそうです。そしてその鳩はお話の最後、ノアの元に戻ってくることはありませんでした。


「薄々勘付いてはいたがこの計画、私たちの帰還はやはり想定していないのか」

「デウス討伐が確認され次第、人類は月から地球へ戻ってくる計画です。私たちがアララトに帰ることは、もう二度とありません」

「そう思うと結構心残りとか後悔はあるよね。もっとあの世界でできたこともあったんじゃないかなってさ〜」

「本当は偽物だったとしても、私たちが生まれ育った場所だもんね。私も心残りがないって言ったら嘘になるかなぁ」


 もう月には帰れない。みんなわかってはいましたが、改めてそのことを確かめるとやっぱり思うところはありますし、ここにはない文明が恋しくなることもあります。


「でも、今の暮らしも好きだよ。食べるものは自分たちで集めて、住む場所も自分たちで整えて。大変なこともたくさんあるけど、なんだか生きてるって感じがする!」

「あ、わかるわそれ。なんかすっごい充実感」

「私も……」


 けれど今の暮らしは、これまで味わったことのない充実感をみんなに与えてくれていました。毎日が大変ですが、畑を耕して生活の土台を築いて少し余裕のできた今となっては月の文明社会に戻りたいと思うことも少なくなってきています。


「生きているという実感か。文明が発展して役割分担が当たり前になって、いつしか人が忘れてしまったものなのかもしれないな」

「さやちんってたまに結構哲学的なこと言うじゃん」

「そうか?」

「知的な感じで好きですよ、そういうの」

「うんうん、痴的だよね〜」

「おい、今のは含みを感じたんだが」


 この充実感こそ本来の生きていくということなのかなぁと、そんなことも思いながら月を見上げて。


「鳩、かぁ……」


 光里はそう呟きながら、その光へと手を伸ばしました。


「鳩みたいに自由になって、私たちは何をしたいんだろう……」

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