忘れられた世界へ【第二部最終話】
月日は流れ、とうとう地球へ行く日が目前に迫ったある日。光里は家族と三人でドライブを楽しんでいました。
「まさか光里と一緒に出かけられる日が来るなんてな。父さんまだ夢を見てるようだよ」
「そうねぇ。光里が元気になってくれて嬉しいわ」
「私もお父さんとお母さんと一緒に色んなところにお出かけできるなんて、信じられない!」
生まれてからずっと光里はラビットシンドロームでとても病弱な身体をしていて、家族みんなでお出かけなんてとてもできませんでした。けれどナノマシンのおかげで今はこうして自由に動くことができて、お出かけをすることもできています。
「ずっと、こんな毎日が続けばいいのに……」
「あと一週間で地球に行くんだったな」
「……うん」
「今日がどれだけ楽しくても、思い出に残しておくことすらできないなんて……」
ですがようやく訪れたそんな楽しい時間も、あと一週間で終わってしまいます。
「せっかく元気になったのに、もう永遠のお別れだなんて、そんなのって……!」
「ごめんね、お母さん……」
「光里が謝ることじゃないよ」
そして地球に旅立つ時には、この一年の記憶の殆どを失ってしまうのです。今日、こうして家族でお出かけしたという思い出さえも。
「そうだ。光里にはまだ言えていない大事なお話があるんだ。聞いてくれるかい」
「大事な、お話……?」
「そうだったわね」
一週間後、記憶を失って旅立つ前に。お父さんとお母さんは光里に何か大事なお話があるみたいです。
「子供をね、もう一人作ることにしたの。光里の弟か、妹かはまだわからないけどね」
「ほんとに!?」
なんと光里に、弟か妹が産まれるというのです。突然のお話にびっくりです。けれどそれには、ちゃんとした意味がありました。
「光里と友達五人が頑張って紡いでくれる未来を絶やしたくないって、そう思ってさ。次に生まれてくる子に、その未来を託したいんだ」
「そうしたら教えてあげようと思うの。あなたのお姉ちゃんは、この星のみんなの未来のために地球で戦っているとっても立派なヒーローなんだよって」
歳を取らない身体になった光里たちは、これから何百年もかけて地球を救いに行くことになります。そうして光里たちが紡いだ未来を、しっかりと受け取る為に。次の世代に子供を残す決断をしたのです。
「ヒーローかぁ。そう言われると照れちゃうなぁ」
「そんなヒーローの写真でアルバムを埋め尽くす為に、どんどんお出かけするぞー!」
「海なんてどうかしら。光里、すごく綺麗な身体してるから水着なんて絶対映えると思うの」
「水着撮るの!? それはちょっと恥ずかしいかな……?」
これから生まれてくる弟か妹に見せる、「お姉ちゃん」の姿を残す為に。この日は車であちこちを回って遊びながら、光里のあんな写真やこんな写真がたくさんカメラに収められたのでした。
そしてついに、地球へと旅立つ当日。みんなは一年間一緒に過ごしたお部屋に再び集まっていました。
「二週間ぶりですね、皆さん」
「ふららんおひさ。みんなもね」
「最後の二週間は家族と過ごせ、か」
「なんだか泣けてきちゃうよね〜」
「あはは、そうだね」
この日が来るまでの最後の二週間は家族と過ごす時間となっていたので、みんなが会うのは二週間ぶり。もう二度と帰ってくることのないこの広いお部屋を片付けながら、みんなはこの一年のことを思い出します。
「忘れたく、ない……」
そんな中、月美が震えた声で思いを漏らしました。
「この一年のこと、楽しかったこと、全部忘れるなんて……そんな……」
「ああ。わかっていたことだが……胸が痛い」
「なんで、あたし泣いてるのかな。そんなキャラじゃないのに」
みんな、忘れたくないのです。六人で友達として過ごしたこの一年を。この思い出が消えてしまうと思うと、胸が張り裂けそうな思いです。
「フランちゃんのこと、みんなのこと、忘れないよね?」
「それは大丈夫です。だって記憶を失くしても友達でいられるくらい仲良くなる為に、この一年間過ごしてきたんですから」
「泣いてるよ、ふららん」
「すみません、どうしても……」
友達じゃなくなるなんてことはない。それはわかっていても、やっぱり辛いのは変わりありません。気丈に振る舞おうとしたフランも、耐えられずに涙をこぼしてしまいました。
「みんな、集まったわね」
「あやちゃん先生だ〜」
「あれ、お母さんたちも?」
そんな中、やってきたのはこの一年間担任の先生としてお世話になった沙織さん。さらにみんなのお父さんとお母さん、家族も一緒です。
「残される家族はみんな秘密を知っちゃったからね。これからは私たちみんな、ノアの地球観測班の職員として働くことになったの」
「お母さん!?」
「君たち六人を月から見守るのが私たちと、子孫の仕事になるというわけさ」
「パパ……」
「え、ふららんのパパ? めっちゃイケおじじゃん」
何故ここにいるのか。光里のお母さんとフランのお父さんが説明してくれました。
どうやらみんなの家族はアララトでの生活から離れ、これからは人類保全機関ノアの職員として地球に行ったみんなを見守るお仕事をすることになるようです。
「うちの引きこもり娘がお世話になります」
「ああ。世話になってくる」
「ちょっとは遠慮しようよ小夜子〜」
「あんたもね!」
「げぇっ」
「月美、地球でも元気でね」
「うん……」
「悠樹はいい子だから、きっと上手くやれるよ」
「ありがとっ」
やり取りはそれぞれでしたが、みんなの胸の内は同じ。離れ離れになっても、家族はちゃんと見守ってくれている。そう思うとみんなの中に少し安心感が芽生えてきました。
「それでは保護者の皆さん。娘さんと一緒に格納庫まで行って、最後のお見送りをしてあげてください」
とうとう時間が来ました。最後のお別れの時です。
「みんな、一年間ありがとう。そしてさようなら。地球に行っても、いつまでも元気でね」
沙織さんに見送られながら、みんなは家族と一緒にバスに乗ってゼクト・オメガの格納庫へと向かいました。
茅瀬光里専用機、ゼクト・オメガ1号機格納庫。
「改めて見ると凄いな。これに光里が乗るのか」
光里のお父さんは目の前に佇む巨大ロボットを見上げて、思わず驚きの声を漏らしました。
「ものすっごく強いから、きっと大丈夫だよ」
「強いって、どのくらい強いの?」
「一人で世界を滅ぼしてまだ余裕があるくらいだって」
「そ、そうか。それなら大丈夫だな」
世界を滅ぼせる程の力。聞くと行き過ぎにも思える力ですが、娘の命を託すとなるとそれだけ強い方が安心です。どうか光里を守ってくれますようにと、お父さんとお母さんはゼクト・オメガに祈りを捧げるように願います。
「頑張ってね、光里」
そしてコクピットに乗り込もうとする光里を、お母さんはぎゅっと抱きしめました。
「生まれてきてくれて、ありがとう」
まず最初に口にしたのは、感謝の言葉。そして時間がない中、お母さんは最愛の娘への想いを短い言葉にめいっぱい詰め込んで伝えます。
「大丈夫、私たちがいなくてもあなたには友達がついてるから。どうか地球でも幸せに生きて……」
願うのは地球を救うこと以上に、光里にとって幸せな人生を。これが最後になるからと頭を優しく撫でた後、お母さんは光里の背中を押しました。
「行っておいで、光里」
「行ってきます」
そして光里がシートに座ると同時に、コクピットのハッチが閉じました。これが、光里が家族と顔を合わせた最後の瞬間です。
【ゼクト・オメガ1号機、パイロットのバイタルを確認。搬入作業を開始します】
そしてリフトで運ばれてゆくゼクト・オメガを見送りながら、光里のお父さんとお母さんは手を握り合いました。
「行ってしまったな」
「光里。ずっと見守っているからね」
【ゼクト・オメガ全機の収容を確認。マスドライバー、射出カウントダウンを開始します】
「ついにだね〜」
「うん……」
そして他のみんなも家族との最後の対面を終えて、六機のゼクト・オメガが大気圏突入用の降下艇へと積み込まれました。
ついに、生まれ育った月から旅立つカウントダウンが始まります。
【3、2、1】
カウントゼロと同時に、打ち上げられた降下艇はロケット推進で一気に加速し地球へと向かいました。
「本当に、全部忘れてしまうんだろうか。この一年間で積み重ねてきた思い出も全部」
「大丈夫!」
少しずつ地球へと近付く六人きりの宇宙船の中で、語り合う光里たち。そんな中不安を口にする小夜子に、光里は言いました。
「友達だってことを忘れないなら、地球に着いたら一から思い出を作っていこう。日記がビルの高さよりも分厚くなるような、たくさんの!」
「そうですね、光里さん。時間は何百年もあるんですから」
「いいこと言うじゃんみつりん」
確かにこの一年間の思い出は楽しくて、かけがえのないものばかりです。ですがそれが失われても、光里たちには何百年という時間がこれから待っているのです。
思い出は、これから作っていけばいい。そんな光里の一声で、最後にみんな少し前向きな気持ちになれました。
【コクピット内に睡眠ガスを注入開始。搭乗者が睡眠状態に入り次第、記憶凍結プログラムを実行します】
「始まりましたね」
ついに記憶を失う前段階として、睡眠ガスがコクピットに流れ始めました。これで眠ると、次に目を覚ました時にはこの一年の出来事はみんな忘れてしまっているのです。
「みんな、行こう。私たちの……新しい世界に」
西暦2352年6月7日。
最終兵器ゼクト・オメガ六機、並びに搭乗員六名を乗せた降下艇が大気圏に突入。突入艇は上空15000メートルで爆破処理。各機は自動操縦にてパラシュートを展開し、予定通り旧大阪国際空港へ着陸。
ヨナ計画は最終段階へ移行。プロジェクトチームは当初の三割まで縮小。今後は地球の観測を主な任務とする。
全人類の命運は今、六人の少女たちの手に託された。
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