第45話 タイムリミット

 午前10時の『Step』リリースに向け、敵の攻勢は一段と激しさを増していた。

 そもそも、防衛ポイントが3か所に対して、こちらの人員はりんごと茨城童子の2人だけ。これはどれだけ負けを遅らせられるかのゲームだった。


「ちッ! 次ッ!」


 人目に付きやすい場所での広範囲の攻勢という訳で、一応言い訳が経つようにか相手は人のふりをしている事が唯一の幸運材料。


 押し寄せる妖たちを次々と切り捨てるが――


(くっ、数が多い!)


 ちらりと目にしたスマートウオッチの画面には、無防備なポイントの周囲に迫る敵が増加していた。


(早くこいつらを片付け――)


 違和感、否、異変が生じた。


「……誰?」


 スマートウォッチに表示される敵の数が、ぽつり、ぽつり、そして加速度的に減少していく。撤退ではなく、突然の消失。それは敵が殲滅されていることを意味していた。


 自分たちに味方などいない、その筈だった。


「ちッ⁉」


 思考にとらわれた為に生じた隙に、敵が襲い掛かってくる。

 それを無理な態勢で迎撃しようと下りんごだが――


「……あんた、何者?」


 ばたりと倒れる妖の背後から現れたのは、地味な鼠色のスーツを着た男だった。

 それは誰もがイメージするサラリーマンの平均値をとったような、極々ありふれた風体。余りにも無個性すぎて、少し目を離せば直ぐに記憶の靄として消えてしまいそうな、そんな不可思議な男だった。

 りんごは、第三者に対して警戒を解くことなく、ゆっくりと重心を整える。


「鬼忍棟梁の招集に応じて参りました。ここは我らに任せ、態勢を整えなおしてください」

「鬼忍……棟梁?」


 聞きなれない単語に、りんごは小首をかしげる。それを合図にしたのか、天より聞きなれた声が響いてきた。


「かかか。待って居ったぞ宗重むねしげよ! ってか我の所に意の一番に来ないのはどういった了見じゃ!」


 すたりと地面に着地する茨木童子、少し見ない間に着ているものはボロボロになり果ててていたが、負った傷はかすり傷ばかりで戦闘能力自体に支障はなさそうではあった。


「申し訳ございません鬼忍棟梁。少々道が込み入っておりまして」


 宗重と呼ばれた男は、全く感情のこもっていない声で頭を下げる。


「……鬼忍棟梁って、アンタのこと?」

「おう! その通りよ! 京から転進した我は、しばし全国を放浪しておってな、流れ着いたのが、そ奴らの暮らす忍びの里だったという訳よ!」


 茨木童子はそう言ってカラカラと笑う。


「忍者……まぁ、妖怪が生き残ってんなら、それが生き残っててもおかしくはない……わね?」


 胡散臭げな視線を向けるりんごを無視して、宗重は配下の者から手渡されたスーツケースを茨城童子の前に置く。


「鬼忍棟梁。ご注文の品です」


 宗重が開いたその中にあったのは、人の腕だった。


「それは……義手?」


 金属製の光沢を誇る義手。それが3本。

 それを見た茨木童子は満足げに頷くと、ビリビリと上着を破り捨て、裸身の右肩にそれらを装着していく。


「鬼忍棟梁。お召し物です」


 最後に、宗重は茨木童子へ黄色の着物を手渡した、茨城童子は左袖に腕を通し、再び満足げに大きく頷きこう言った。


「かかか! これが現代における我が戦装束よ! どうだりんご! 我を恐れ敬う気になったか!」


 それは異形の義手だった。

 肩口に装着されたのは、顕微鏡のレボルバーじみた回転装置。そしてそこから伸びる3本の大仰な金属腕。それらを固定するための補助装具が胸元を横切っており、一見すると軽装の皮鎧じみた衣装を示していた。


「まぁ、戦力になるなら何でもいいわ」


 呵々大笑する茨木童子に対して、りんごはそっけなくそう答える。


「なんじゃその塩対応は! これは凄いんじゃぞ⁉ いいかこの腕なんかな!」


 ギャーギャー騒ぐ茨木童子を無視して、りんごはその奥に立つ宗重へと話しかける。


「アンタたちの戦力はどんなものなの」

「そうですね。現在は奇襲が成功したことにより優勢ではありますが、こちらは中級の妖1体に対して数人がかり。

 田舎忍者の少人数故、敵が落ち着きを取り戻せば直ぐにでも逆転される程度です」

「……なによ、妙に頼りにならない発言ね」

「申し訳ございません、事実ですので」


 りんごの訝しげるような視線に、宗重は淡々とそう言った時だった。


『やべぇぞりんご! 奇妙なヘリがそっちに向かってやがる!』


 スプーキーの警告にりんごは視線を空へと向ける。


「……あれね」


 視界の端、およそ数㎞果ての空に一台のヘリが猛烈な速度でこちらへ向かっているのが確認された。

 妖怪が日中堂々と破壊活動を行えない代わりに、ヘリによる自爆特攻を用いて周囲一帯ごと破壊するつもりなのは明らかだった。


(私の力じゃ、あの鉄の塊を押しどかすことは出来ない)


 りんごはギリと歯ぎしりをする。

 数トンに及ぶ鉄塊が時速数100kmの速度で突っ込んでくる。そして、おそらくその内部には爆発物が満載であるため、ちょっとばかり軌道をそらしたところで意味はない。

 ここまでかと、りんごが思考を切り替えようとした時だ。


「確かに、鬼忍棟梁を除けば、私たちは忍術を多少修めただけのごく普通の人間でございます」


 宗重は迫りくるヘリを無視して淡々とそう語る。


「は? それがどうしたってんのよ。今忙しいってわかんないの?」


 思考を無視されたりんごが苛立ち気に宗重へ視線を移す。


「そうですね。普通の人間である我らに出来ることなどたかが知れています」


 思考のノイズとなる、どこまでも平坦でどこまでも中間の声にイラつきつつ、りんごは視線をヘリへと戻す。


「……ん?」


 卓越したりんごの視力が捕らえたもの、それはさっきまではなかったはずのヘリからぶら下がる一本のロープであり――


「……え?」


 ヘリの脚部にぶら下がる何かだった。


「ただの人間に出来ることとすれば――」


 脚部にぶら下がる影は、何かのマジックのようにするりと内部へと滑り込んだ。


「――ヘリの操縦ぐらいでしょうか」


 グンとヘリは直前で軌道を変え、東の空へと飛び去っていく。


「……アンタら」


 宗重の無表情さが煽りに見えるりんごは頬をひくつかせ言葉を漏らす。


「かかか! 良く分からんがでかしたぞ宗重!」

「我らは我らに出来ることをやったまでです」


 愉快な主従へ突っ込むのは時間の無駄だと、りんごは思考を整理する。


「アンタらの力は良く分かったわ。アンタらは遅延行為に全力で当たりなさい。固い奴は私が切り捨てる」

「私――じゃない! 我らじゃ!」


 プリプリと頬を膨らませる茨城童子を無視してりんごは敵の密集地へと飛び込んで行く、そしてタイムリミットは過ぎ去った。

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