第43話 防衛戦

 午前9時。『Step』リリースの1時間前。

 新宿のとあるビルの屋上に2つの人影があった。


「アレね」

「じゃな」


 言葉少なにそう言い合うと、その人影はひらりと屋上から飛び降りる。


「ここらへんだな、お前ら構う――」


 人目の付かない路地裏にやって来た数人のスーツ姿の男たち。彼らが手にしたスーツケースを開けようとした瞬間、天より舞い落ちて来たナニカは彼らがそれに気が付く前に一瞬にして切り伏せた。


「まぁ、ヤツラもこっちの動きを把握している以上、当然ながら妨害に出るわよね」


 一刀両断にした妖が霧散するのを横目で見ながら、りんごは彼らが持ってきたスーツケースを確認する。


「爆弾じゃな。我好みの派手な手段ではあるが、今の世のこの街中でやるのは正気を疑うのう」


 それをのぞき込んだ茨木童子はそう言って眉根を寄せた。


 事務所の周りには結界のかなめとなる3か所の基点がある。

 その基点時点も巧妙に隠されているが、人海戦術と周囲の被害を鑑みないやり方でやれば、それを調べる方法は幾らでもあるという事だ。


「コソコソやるのは飽きたという事かしらね。

 まぁ、これをうまく組み合わせれば、あの切り札の後付けになるでしょ」


 りんごはそう言って、チラリと空を仰ぎ見る。

 そこには、一台のドローンが飛んでいた。

 勿論、こんな街中で飛ばせるようなものではない、そこは茨城童子の護符によって周囲の者からは見えないように細工がしてあった。


 スプーキーがハックした周囲一帯の監視カメラ、それが届かない場所へは彼が操るこのドローン。

 事務所一帯は電子の目による監視体制が引かれていた。


「おうおう、千客万来じゃな」


 スマートウオッチに表示された地図に示された無数の点。それを見つつ、茨木童子は楽しそうな声を上げる。


「みたいね、事務所が落とされちゃアプリも何もあったもんじゃないわ」

「まっ、そうじゃな。では行くとするか、競争じゃぞりんご」

「はぁ、そんなものに興味はないし。アンタが私に勝てるわけないじゃない」


 茨木童子の怒りの声を無視して、りんごはその場からかき消えた。



 ★



 新宿から少し離れたビジネス街。

 立ち並ぶ高層ビルの林の中に、1人の少女が所在なさげにぼんやりと立っていた。

 時間は午前9時。本来ならばビジネスマンで溢れるはずの道から、ぽつぽつと人気がなくなり、ついにはそこに存在するのは少女1人となる。


「ケケケ。よう、奇遇だな」


 そこに現れたスーツ姿の一団、その中心に立つ女性は、少女――なつめへ向かって気軽にそう声をかけた。


「うひひひひ~。まぁ、当然こっちも把握済みですよね~」


 なつめはへにゃりと笑いながら、中心の女性――天邪鬼へとそう言い返す。


「まぁな。ったく、山ほどダミーを用意しやがって、突き止めるのは多少面倒くさかったぜ」


 天邪鬼はどこか気分よさげにそう言った。


「まぁ、そっちは本気になったら銀行の内部まで手が届きますからね~。流石のスプーキーさんも、スタンドアローンなPCには手の出しようがありません」


 なつめはそう言って肩をすくめる。

 相手は国家権力だ、ネット上で小細工を行っても、それを飛び越える手段などいくらでもある。

 なつめがいるのは雅宗院が用意したサーバーが設置されているビルの真正面。

 外出することのできないいちごがいる事務所と同じレベルの弱点である。


「で? どうした? ヤツラを裏切る気になったか?」

「うひひひひ~。まぁそうしたいのは山々なんですがね~」


 なつめはそう言って薙刀を構える。


「ケケケ。殊勝なこった」

「はい~、仕方なくなんです~」


 ニヤニヤと笑う天邪鬼に、なつめはヘラヘラとそう答える。


「まぁオレは楽しけりゃどうでもいいがな」


 天邪鬼はそう言ってパチンと指を鳴らす。

 それを合図に、彼女につき従っていた男たちの体が膨れ上がる。


(メインは左右の牛頭馬頭。そのほかも見るからにパワー系の集まりっすね)


 相手の狙いはごく単純。物理的にビルごとサーバーを破壊するつもりだ。

 分析するまでもないその結果に、なつめはへらへらとした笑みを浮かべたまま――


(勝負は一瞬。天邪鬼てきはボク程度じゃどうしようもないほど格上っす。相手が油断している間、本気を出す前に――決める!)


 怨縛傀儡マリオネットの最大出力。

 踏み込みはアスファルトにヒビを入れる。

 音速を超えたことにより衝撃波が巻き起こる。

 筋繊維は負荷に耐え切れずブチブチと千切れる音が内部から聞こえてくる。

 骨格は圧力に悲鳴を上げミシミシと嫌な音を奏でる。

 それらを無視し、なつめは一直線に敵首魁である天邪鬼へと襲い掛かる。


 すり抜けざまに、数体の妖を切り落とし、そのまま薙刀をキョトンとした顔の天邪鬼へと振り下ろ――


「ひとつ。いいことを教えてやる」


 肩が外れんばかりの衝撃。

 全身全霊を掛けた一撃は、天邪鬼が掲げる2本の指により、あっけなく止められた。


「くッ⁉」


 前後左右、どう力を込めてもピクリとも動かない剣先、まるで時間が止まったと錯覚するほどのそれに、なつめの頭は混乱する。


「オレは、嘘をつかさどる妖怪だと言われている。

 虚言を操り、人心を惑わし、世に混乱を巻き起こす妖。

 それが世間一般のオレのイメージだ」


 天邪鬼はニヤニヤとそう語る。


「だがな――」


 天邪鬼は軽く指を弾かせる。

 それだけで、あっけないほど薙刀は粉砕された。


「だがな、実のところ。オレに他人通や人心操作なんて高度な能力なんてありゃしねぇんだ。

 嘘つきなのはただのオレの性癖だ。

 ただ、噓を操る妖って評判は、オレにとっても、それを押し付ける周囲のヤツラにも都合がいいので黙って見てるだけでな――」


 天邪鬼はそう言って、隣に止めてあった乗用車へと手を伸ばし――


「嘘つきのオレが、めったに言わないホントのことだぜ?

 オレはただ、ちょっと力持ちのだけの、どこにでもいる妖だ」


 3トンはあるその車両を片手で軽々と持ち上げた。

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