第41話 ジャーナリスト

 妖たちを一掃したりんごは通りの隅でピクリとも動かない女性――種村を見つけた。


(これは……もう駄目ね)


 その有様を見て、りんごはそう判断を下す。

 太ももから切断された右足は止血を試みた後があれど、その出血を抑えることなどとてもできず、じわじわと地面に赤黒い染みが広がっていく。雷撃を受けたと思しき全身は至る所に重度のやけどの跡があり、全身から煙が立ち上っていた。


「ふむ……まぁ我に任せるがいい」


 りんごの背後からひょっこりと姿を見せた茨木童子は懐から一枚の護符を取り出し、種村の胸にぺたりと張りつけ――


「――――破ッ!」


 ブツブツと何かを呟いた後、そう掛け声をかける。


「がッ!」


 と、種村は血と共に、大きく息を吹き返した。


「茨木? これは?」


 と、問いかけるりんごを無視して、茨木童子は横たわる種村へこう言った。


「気付けの護符じゃ。主の状態からいってそう長くは持てん。何か言い残すことはあるか?」


 自分にそう語りかけてくる角の生えた少女へ、種村は苦笑いを浮かべ口を開こうとして――


「種村さん! 大丈夫ですかッ!」


 ドタドタと駆け寄る音にそれは止まる。


「種村さん⁉」


 駆け寄ってきた男――江崎はりんごたちを無視して地面に横たわる種村を抱きかかえ、一瞬、奥歯がおれんばかりに歯を食いしばった後――


「言い残す事はございませんか?」


 と、いつもの胡散臭げな笑みを浮かべてそう言った。


「ははっ」


 と、種村は江崎の言葉に心底愉快そうな笑みを浮かべてこう答える。


「瀕死の、知人、を、前に、一言、でも、情報、を、引き出そう、と、する。

 あんた、も、りっぱ、なジャーナリストひとでなし、だ、ね」

「ええ、誰かさんおかげです」


 ニコリとそう笑う江崎に、種村はこくりと満足げに頷いた後、少し照れくさそうに何かを呟いた。

 その何かに心当たりがあるのか、江崎は一瞬キョトンとした顔をする。

 種村はそんな江崎にいたずら気な笑みを浮かべて――


「ここ、まで、だ、あと、は――」


 その言葉を最後に、ゆっくりと瞼を閉じた。





「種……村……さん……が?」


『Step』への光を示してくれた恩人の訃報に、いちごは体を強張らせる。


「ああ、スプーキーからの知らせをもとに急行したが……」


 江崎はそう言葉を詰まらせる。


「そん……な……」

「いちごちゃんは責任を感じることはない、彼女も覚悟の上だった」


 顔面蒼白となりガタガタと震えるいちごへ、江崎はそう断言をした後こう続ける。


「そもそも、彼女も僕もジャーナリストなんて言うろくでなしだ、ベッドの上で死ねるなんて贅沢は端から望んじゃない」


 江崎はそう言って、一冊の焼け焦げた手帳を取り出した。

 それは、種村の遺体から回収した遺留品だった。


 江崎はそれをぺらぺらとめくった後、目当てのページで手を止め、いちごのノートパソコンの前に差し出した。


「スプーキー、このアドレスへ頼む」

『あぁん? なんで俺様がお前の命令を――』

「お願いスプーキー」


 いちごの祈るような言葉に、スプーキーはやれやれと肩をすくめた後コンマの速さで目当てのページを表示した。


『ん? ここは?』

「種村さんが契約してたクラウドだね」


 江崎はそう言いつつ、キーボードに指を走らせる。


「彼女が僕に伝えたのはアルファベットと数字の羅列。そんなものはパスワードの他にない」


 そして、江崎はエンターキーを押す。

 そこにはずらりとファイルが並んでいた。江崎はそのファイルの中で最新のものをクリックする。


「よし。やはりだ」


 それは動画データだった。

 そこに表されるのは、薄暗い路地裏で化け物たちが追いかけてくる映像だった。

 映画のPVじみた物だが、その空気はCGでは決して出せないリアルに満ちていた。


「ほほう。まぁ我ならカメラの目を誤魔化す程度造作でもないが、あそこに集まっていたザコどもの中にはそれもできん奴もおると」


 それをのぞき込む茨木童子は訳知り顔でそう感想を口にした。

 そう、この映像は種村が残した紛れもない証拠映像だった。


「種村さんは常在戦場がモットーだ、全身至る所に隠しカメラを仕込んである。

 奴らはカメラさえ壊してしまえば、そんなものは全ておじゃんと思っていたんだろうが――」

『けけけ。これだから時代遅れのロートルどもはよ! んなもんネットに飛ばしちまえば意味はねぇ‼』


 モニタ上でスプーキーがケタケタとそう笑う。

 ネットの上でしか存在できない付喪神としては、ネットこそが現実だ。





「うひひひひ~。なんすか~りんごさん? 役立たずのボクを始末しに来たんすか~」


 ビルの屋上で、ひとりポツンと新宿の朝焼けを眺めていたなつめは、背後を振り返ることなくそう呟いた。


「別に、そんなことしても疲れるだけでしょ」


 りんごはそう言って、なつめの左に一歩離れて並んだ。


「うひひひひ~。じゃあなんすか~? もしや慰めに来てくれたんすか~?」

「は? んなわけないじゃない」


 りんごは、キョトンとした顔でそう言うと、淡々とこう続ける。


「あんたがビビって戦線離脱するって言うんなら目をつぶるわ。ただ裏切りなおして向こうに帰るなら、今ここで始末するってだけよ」

「うひひひひ~。それって結局始末するって事じゃないですか~」

「なに? やっぱりその予定があるの?」

「うひひひひ~。いやいや~そんなまさか~。だってボクには呪いがかけられてるんですよ~」


 なつめは卑屈な笑みを浮かべて、自分の胸を指し示す。

 その様子を見て、りんごは不信感を隠そうともせずにこう言った。


「はっ、あんたほどの嘘つきなら、抜け穴のひとつやふたつ探し出してるんじゃないの?」

「いえいえいえ~。これをかけたのはあの名高き大妖怪、隠神刑部ですよ~。ボク如きのザコじゃどうやっても無理ですって~」


 ヘラヘラと卑屈な笑みを浮かべるなつめへ、りんごは警戒の視線を解くことなくポツリとこうつぶやいた。


「松山よ。あの狸婆は松山と名乗っていた」





 再びひとりになったなつめは「はぁ」と深い溜息を吐く。


(まったく、どいつもこいつもバカばっかっす)


 表の世界で成功を収めた超一流の戦場カメラマン。

 そんな肩書さえあれば、生活の苦労なんてものは存在しないだろう。だったら後は過去の栄光を利用して悠々自適な左団扇生活を行えばよかったものを。


(な~に考えてたんすかね~)


 他人のことなんてどうでもいい。人生なんてどうせ死ぬまでの暇つぶし。のんびりダラダラ面白おかしく生きていけばいい。

 自分は無能な人間、いや、元人間だ。立派な人に見られたいという承認欲求は存在しないし。そんな価値もないことは誰より自分が一番よく知っている。

 だが、どうだろうか。

 あの時、柔らかな笑みを浮かべて息を引き取った彼女は、何のために死んだのだろうか?

 

(承認欲求……じゃあないっすよね~)


 ある意味ではそうかもしれない。だが、そうじゃないかもしれない。どちらにしても、もう本人に問いただすことは出来ないのだが。


(まったく、どいつもこいつもバカばっかっす)


 朝日がすっかり顔を出し、夜の闇の面影がなくなったころ、なつめは屋上を後にしたのだった。




 

「そう言えばなし崩し的に合流したので自己紹介がまだじゃったな」


 わいのわいのといつの間にかすっかり溶け込んでいた茨木童子は、すっくと立ち上がると小さな胸を大きく張ってこう言った。


「やあやあ我こそは大江山の総大将! 一騎当千、荒くれぞろいの鬼どもをまとめて京の都を恐怖のどん底へと叩き落としたる恐るべき鬼! 茨木童子なるぞ!

 この我が力を貸してやるとなれば、異国の狐が何たるものぞ! 大船に乗ったつもりで挑むがよい!」


 そう言って隻腕の小柄な鬼はカラカラと笑う。

 そんな様子を見てりんごは大きなため息を吐く。


「いや、あんたへっぽこじゃない。アイツの所で何度かやったけど、どれも私に秒で負けたでしょ?」

「ちっちっち。これだから甘いのう小娘、我が本気だったとでも思うのか?」


 そう言って指を振る茨城童子に、りんごは白けた視線でこう言った。


「いつも泣きべそかきながら姿を消しておいて、どっからそのセリフが出てくるのよ」

「なっ! 泣いてなんぞおらんわ!」


 キー! と抗議の声を上げる茨城童子。だが、りんごより10㎝は低い鬼がそうやっても、迫力などは微塵も存在しなかった。

 そんな鬼をみてなつめはぼんやりと疑問の声を上げる。


「ん~。けど、貴方が彼の高名な茨城童子と仰るなら、右手はどうしちゃったんですか?」


 茨城童子の伝承には諸説あるが、その最後は渡辺綱に切り落とされた右手を取り返し闇に消えたと言うのが最も有名である。

 だが、目の前の鬼に右手は存在しない。その事を問いかけたなつめへ、茨城童子は苦々しそうに口をゆがめてこう言った。


「はっ、確かに我は右腕を取り返した……。

 だが、あの小僧は我に偽物を掴ませよってな、厳重な封がなされた唐櫃の中に入っておった護符まみれの腕は、どこぞの三下の腕じゃったのだ!

 おのれ! 許すまじはあの青二才! 否! 恐らくはあの腹黒陰陽師の指金に違いない!」


 バタバタと地団太を踏む茨木童子を見て、りんごはため息交じりにこうつぶやく。


「結局は取り返せてないんじゃない」





「まぁ、そう言う訳で、今の我は全盛期の半分以下の力しか出せんという訳じゃ」


 さんざんと喚き散らした挙句、茨木童子は吹っ切れたように朗らかな笑みでそう言った。


「つまりは、役立たずという訳ね」


 そう白い眼をするりんごに、茨木童子は小憎らしげな笑みを浮かべてこう答える。


「かかか。だから甘いというのじゃりんご。我にはそれを補って余りうる知恵がある」

「はぁ? 知恵?」

「さよう。鬼と言うものは怪力無双、万夫不当の妖と言えば聞こえは良いが、どいつもこいつも暴れる事しか能のない荒くれ物の集まりじゃ。我はそんな奴らを取りまとめておったのじゃぞ? 力が半減したとしても、我の知恵にはいささかの衰えもない!」


 カラカラとそう笑う茨木童子を見て。


(その知恵者が偽物つかまされてちゃ世話無いな)


 と、皆の気持ちが一つになったが、それを口に出す無情なものは幸いなことにこの場所には存在しなかった。

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