第35話 勝利

 ということで俺たちはザルバ高地の西端へとやってきた。


 戦車の窓から外を見やると地面に手を付きながら一生懸命頂上を目指すクロイデンの兵士たちがよく見える。


 うむ、やっぱり地の利というのはとても重要だな。


 味方の援護射撃もあるけど、頂上にはトーチカが並んでいるしあまり援護にはなっていなさそうだ。


 アルデア軍に撃たれたのか、複数名の兵士が丘をごろごろと転げ落ちていくのが見えた。


 攻撃三倍の法則なんて言葉を昔、軍事系の新書で読んだことがある。


 これは防衛するものを倒すために攻撃側に必要な兵力は三倍必要みたいな言葉だけど、これじゃ三倍でも全然足りそうにない。


 カラヌキ粉がなかったらと思うとホントぞっとしますね……。


「ローグさま、行きましょうっ!!」


 と、後ろの席に座るレイナちゃんが目をキラキラさせながら俺を見つめてくる。


 早く行きたくてしょうがないようだ。


 が、まだ早い。


「いや、ギリギリまで兵士を引きつけよう。近場まで引きつけた方が狙い撃ちしやすい」


 焦ってはいけない。


 クロイデン軍はまだ丘の半分も登り切っていないのだ。


 もっともっと頂上付近まで引きつけて一気に攻めよう。


「ローグさま……」

「なんだよ……」

「私、この戦いが終わったら――」


 と、そこでレイナちゃんが何やら不吉なことを言い出すので、


「おい、死亡フラグを立てるのは止めろ……」


 と、注意しておく。


 するとレイナちゃんは「死亡フラグ……とはなんですか?」と首を傾げた。


「なんとうかその……戦いの後のことは戦いが終わって考えろ。今は目の前の戦いに集中しろ」

「え? あ、はい……すみません……」


 レイナちゃんはなんで自分が怒られたのか不思議な顔をしつつも謝ってきた。


 戦況を眺める俺。


 いや、待て……レイナちゃんこの戦いが終わったら何をするんだ?


 え? もしかして結婚するの?


 いや、でもこないだは結婚したいって泣いてたし、さすがにそれはないか……。


 じゃあ何するの?


 なんだろう……すげえ気になる……。


「グラウス海軍大将?」

「な、なんですか?」

「この戦いが終わったら何するの?」

「え? でも戦いの後のことは戦いが終わってからって……」

「いや、今回だけは特別に話してもいい」


 気になって、このままじゃ戦いに集中できそうにないからな……。


 発言の許可を出すとレイナちゃんは何やら頬をぽっと赤らめて俺から目を逸らす。


 え? なんで顔を赤らめたの? もしかして本当に……。


「この戦いが終わったら猫飼います……」

「そ、そうっすか……」


 勝手に飼えよ……。


 あと、もし飼ったら俺にも触らせてね……。


 なんてくだらない会話をしている間にもクロイデン軍は丘の7合目ぐらいのところまで迫っていた。


 よし、行くかっ!!


「大将、行くぞっ!!」


 そう声をかけるとレイナちゃんは「馬あああああっ!!」と叫んだ。


 その独特な出発の合図に戦車に繋がれた2頭の馬が兵士に鞭を打たれて走り始めた。


 戦車は勢いよく西方から東方目がけて丘の尾根を直進していく。


「大将、絶対に砲弾を戦車にぶつけるなよっ!!」

「ですですっ!!」


 レイナちゃんは戦車から身を乗り出して、俺に弾を当てまいと魔法杖を掴んだまま目を凝らしていた。


 そして、俺もまた戦車から身を乗り出すと、丘の斜面に向けて右手を伸ばす。


 カナリア先生が教えてくれたとおりに地面から魔力を集めると、その魔力を足の長い芝生へと放っていく。


 すると、さっきまで緑鮮やかに生い茂っていた芝生がみるみる純白に染まっていった。


 さっきまで風に靡いてゆらゆらと揺れていた芝生は俺の石化魔法によって、無造作に入り乱れた鋭利な刃物へと変貌していく。


 俺は全身全霊で駆け抜ける戦車から石化魔法を放ち続けた。


 そんな俺の横でレイナちゃんが必死に魔法杖を振り続けて、砲弾から俺の身を守ってくれている。


 それでも、時折、戦車の装甲に小銃の弾が直撃する音が聞こえて、正直生きた心地がしないっす。


 俺は泣きそうになりながらも「うおおおおおおおおっ!!」と自身を高ぶらせて無我夢中で芝生を石化させ続けた。


 そして、5分ほど戦車が走ったところで東端へとたどり着き、馬は足をゆっくりと止める。


 俺は慌ててザルバ高地を振り返った。


 幅10メートルほどの白い帯が高地を横切るように一直線に伸びているのが見えた。


 それは俺が石化魔法によって作り上げた有刺鉄線……いや、有刺石線か。


 それまで勢いよく突撃を続けていたクロイデン軍は、突然目の前に現れた石で出来た有刺石線に動揺したように思わず足を止める。


 それでも後続の兵士たちがそれを許さず、最前列にいた兵士たちは後ろから押されるような形で有刺石線へと突っ込んだ。


 その結果。


「「「「ぎゃあああああああっ!!」」」」


 石化した芝生に足をズタズタにされた兵士たちの悲鳴が高地にこだまする。


 それでもしばらく後続の兵士たちは有刺石線の出現に気づかずに突進を続けた。


 が、ようやく事態を理解し始めた兵士たちが次々と足を止め、ついには兵士たちの足が完全に止まった。


 やるなら今しかない。


 俺は拡声器を掴んで叫んだ。


「一斉射撃だああああああああっ!!」


 その号令とともに頂上にならんだトーチカから轟音とともに砲撃と銃撃が雨のようにクロイデン軍に襲いかかる。


 突然行く手を阻まれたクロイデン軍の兵士たちは半ば狂乱状態になりながら、丘を駆け下りていくのが見えた。


「何をやってるっ!! 突撃だっ!! 突撃っ!!」


 と、敵将の叫び声が拡声器から聞こえてきたが、兵士たちは命が惜しくてそんな命令を無視して駆け下りていく。


 そして、ほぼ全ての兵士が麓へと下りたところで、斜面には撃たれた兵士がぐったりと倒れていたり、ピクリとも動かない兵士が残った。


 そんな兵士たちを目の当たりにして目眩を覚える。


 数は少ないがトーチカからも何人かの兵士が担ぎ出され、後方へと運ばれていくのが見えた。


 戦闘が始まればこうなるのはわかっていたけれど、平和な日本で生まれ育った俺にとってはなんともショッキングな光景だ……。


 思わず頭を抑えていると、ポンとレイナちゃんが俺の背中を叩いた。


「ローグさま、躊躇ってはなりません。一瞬の判断不足が兵士の命を奪いますっ!!」


 レイナちゃんの頼もしいお言葉でふと我に返った俺は拡声器を麓へと向ける。


「勝敗は決したっ!! これでもまだ突撃を続けるというのであれば、アルデア軍はお前たちを皆殺しにするぞっ!! これは脅しではないっ!!」


 そんな俺の声に敵将からしばらく返事はなかった。


 さっきまでの耳を劈くような砲撃の音が嘘のように、草原には静けさと、兵士たちのうめき声が響く……。


 そして、


「このような反逆行為が許されるとでも思っているのかっ!! いずれクロイデン中の兵士がアルデアを滅ぼしにやってくるぞっ!!」

「脅しには乗らないっ!! 仮にそうだとしても我々アルデア領民は最後の一人までクロイデン軍に立ち向かうぞっ!!」


 と、まあ威勢の良いことを言ってみたところで俺は本題を口にする。


「まだ息のある兵士が複数人斜面に取り残されているっ!! 貴様らは戦友を見殺しにするつもりかっ?」

「戦友は見捨てないっ!! 彼らを後方へと避難させるつもりだっ!!」

「貴様らが丘に登ればアルデア軍の集中砲火が待っているぞ? さらに負傷者を増やすつもりかっ!!」


 さっきも言ったが勝敗は決した。


 クロイデン軍の数は目に見えて減少し、有刺石線を前に彼らが進軍してここまで到達するのは自殺行為だと俺は思う。


 そして、俺はこれ以上の負傷者や戦死者を望まない。


「降伏しろっ!! 降伏すれば、まだ息のある者の手当をしようっ!!」

「そのような必要はないっ!!」

「ではきみたちは丘を駆け上がって蜂の巣にでもなるのかっ!!」

「蜂の巣上等っ!!」

「我々はきみたちを捕虜として受け入れ、遠くない未来にきみたちを故郷に帰すと約束するっ!! 私はこれ以上の血が流れることを望まないっ!!」


 そう叫ぶとしばらく敵将からの返事はなかった。


 が、しばらくしたところで麓から兵士が一人、ゆっくりと丘を登ってくるのが見えた。


 軍服を身にまとったその男の手にはサーベルが握られており、アルデア軍が構える小銃や大砲に怯む様子もなく背筋をピンと伸ばしたまま、毅然とした態度で丘を登り続けた。


 そして、有刺鉄線の前までやってくると男はサーベルを地面に置いて俺のいる戦車の方へと体を向けた。


「ローグさま、あれを……」


 と、そこでいつの間にか双眼鏡を覗いていたレイナちゃんが麓を指さす。


 俺もまた、ベルトに装着していた双眼鏡で麓を眺めやった。


「おぉ……」


 麓にいた兵士たちは次々と小銃を地面に置き、両手を頭に乗せるのがレンズ越しによく見える。


 どうやらクロイデン軍は降伏を選択したようだ。

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