可愛いくて不器用な彼女は、どうやら俺のことが好きみたい。
月摘史
プロローグ
「あの、これ落としましたよ」
そう、初めて彼女に声をかけたのは、桜舞い散る春の日のことだった。
人気の少ない通学路で、何の変哲もない、川の流れた橋の上で。
彼女が落としたクマのキーホルダーを拾い。
「——っありがとうございます」
それはもう、運命の出会いとしか、考えられなかった。
「⋯⋯いえ」
いや、むしろ、一目惚れだったと思う。
彼女のその、肩にかからないぐらいの長さの、さらさらとした黒髪に、モデルさんのようなすらりとした佇まいに、子猫のようにまん丸く可愛らしい目元に、桜色の唇に。
こんな子、惚れない男の方がおかしい。
けど、多分、俺もおかしい。
俺の中での『惚れた』は、世間一般的なものではないと自覚している。
それは、恋とは違くて。かといって、異性でという意味でもなくて。
なにかこう、自己満に近いもので。
「あれっ、きみ、私と同じ学校の子なんだね」
「⋯⋯あぁ、はい。そうです。美咲浜高校の学生やってます」
つい彼女の顔に見惚れてて、うちの高校の女子制服だってこと気が付かなかった。
丈の短い紺色のスカート、白いワイシャツの胸元ボタンが外れていて、そこから見えるのは⋯⋯っと、これ以上はいかんな。ただ、何がとは言わんが、なかなかに大きい。
「ふっ、あははは。学生やってますってなに、そんなこと普通いわないよ」
「っえ、そっ、そうですかね? 結構みんないってると思うんですけど⋯⋯。俺がずれてる?」
「うん。そうだと思うよ、普通の人は自分がやってるだなんて言わない言わない」
「そう⋯⋯ですよね、はは、俺ちょっとどうかしてる⋯⋯」
「ほんと、初対面の人にこんなに笑ったの初めて——」
ただ、初めて出会った彼女を俺は、普通に可愛いくて、そこらの人と比べて格段と綺麗で、魅力的な女性だとしか思っていなかった。
——けど、本当の彼女はまだ、こんなものではなかった。
彼女はそこで言葉を区切り、一歩だけ前に出てきて、ぎゅっと俺の手を両手で優しく握る。
そして、俺の顔を覗き込むように、上目遣いで。
「きみさっ、面白い人だね」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯っ」
その、甘い声音と、にへっと笑う顔と、お互いに至近距離ということも相まって、俺の脳内は衝撃と緊張により、一度思考停止。
ついでに、シャンプーか何かの香りが鼻腔を刺激し、彼女に握られた手は、彼女の熱と混ざって徐々に熱くなって。
「それじゃあ、これ、拾ってくれてありがとね」
けど、彼女が俺の手を離すと、すぐに外の空気でまた冷たくなり。
「っはい⋯⋯」
だけど、彼女がどんどん遠くにいったというのに、俺の心の内は、まだ熱が冷めていなかった。
これが恋なのか、はたまた異性に対して胸が高鳴っているだけなのか、俺には全くもってわからない。
⋯⋯だけど、少なからず彼女は俺の理想に今、もっとも近しいということだけはわかる。
俺の理想とする、
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