「私たち、ずっと一緒にいましょうね」

 いっその事、自分も死んでしまえたら良かった。



 両親の死を受け入れられず、一体これからどう生きていけばいいかなんて解らなくなっていた。 そうして閉じこもっていた春波を叔父たちが無理やりにでも引っ張ってくれて、最低限のやるべきことを与えられて。



 言われたことをやっている間はまだ気が楽で。 それでも時間が流れるのは遅くて、寝れない日は夜が永遠に続くのではと感じられた。



 なんとか人として最低限の最低限の事を繰り返し入った高校。 知人なんていないその場所にある種の安心感を覚える。 誰も知らない、関わらなければこれ以上酷い事になることは無いだろう。



 入学してすぐ。



 春波の耳に否応なく入ってくる大きさの声である話が聞こえて来る。 どうやら同じ入学生で、すごい可愛い子がいて、名前が~とかどうとか。



 聞きたくなくても聞こえてくる話に辟易とする。 そうした気持ちが春波の中での他人に対する壁をどんどんと厚くしていった。



 その日の帰り際。 唐突な雨に降られ、校舎の玄関口から見える景色に諦めて走るか、と思った時。



 その横を通り過ぎる人影に、一瞬、だが確実に目を奪われた。



 横顔からでも解るその綺麗な釣り目がちの顔に、後を靡くアッシュブラウンの髪。



 ああ、なるほど。 これは確かに話題にもなるだろう。 この子が―――



  ◇



「春波、起きて」


「んん……」



 体を揺すられ水瀬の声で失っていた意識が戻ってくる。 ぼんやりとした頭で周りを見ると、ここは水瀬の家のリビングで、春波の耳にはテレビからお大晦日の歌番組が聞こえてきていた。 我慢できないあくびを手で抑えながら春波は体を起こした。



「ふわぁ……寝る気は無かったんだけどな」


「しょうがないよ、おコタは。 こんな快適空間ではね、睡魔の誘惑には勝てないの」


「コタツで寝るのってあんまり良くないって聞いたけどな」


「そういうのはいーの! ほら、もう時間だよ。 車でお母さん達も待ってるから、行こ?」



 春波はまだはっきりとしない頭のままコタツから出て立ち上がると、水瀬に背中を押されてまだ慣れきらない家から出た。



  ◇



 普段ではこの時間には閑散としているだろう神社だが、今は賑やかな様子が見えた。



「二年参りって初めてだなぁ。 初詣は何回か記憶にあるんだけど」


「私は家族で毎年来てるから。 ほら、お汁粉配ってるよ」


「おっ、じゃあすいません智和さん静香さん、ちょっと行ってきます」


「うん、自由にしてきなさい」


「何かあったら連絡お願いねー」



 水瀬の両親に感謝をしつつ、水瀬と共に行動を始めた。 言われた汁粉を貰い体を温めながら、参拝の列へと並ぶ。



「なんだっけ、二礼二拍手一礼?」


「そうそう。 ねぇ、何をお願いするの?」


「それなぁ、七夕祭りでもお願い事したしそんな特に思い浮かばないんだよな……無病息災無事故無欠席?」


「私も実はそうなんだよねー。 今年色んなことがあって、結果的に今はかなり落ち着いちゃってるから……先の事を祈るしか無いなぁ」


「そうだね。 これから先も一緒にいられますように……いや結局七夕祭りと一緒になっちゃう」


「はは、まあいいんじゃないか。 まずは今が続いていったらそれがいい」


「うん、そうだね……あ」



 水瀬が先ほどからスマホを気にしていたが何か違う事に気づいたのか小さく声を上げる。 すると、周りの喧騒が一回り大きくなると水瀬の目が真っすぐに春波を捕らえた。


「あけましておめでとうございます。 今年もよろしくね?」


「ああ。日付変わったのか……あけましておめでとうございます。 今年もよろしくお願いします」


「えへへ、一番乗りいただきました」



 その言葉に、春波は震えるスマホに気づく。 見ると、八雲に真優良、川南や叶海など水瀬に出会ってから仲良くなった人たちから次々と新年のあいさつのメッセージが届いていた。



 水瀬も同様の様で、待っている時間に話しながらそれを返していく。 それを一通り返し終わるころに、列が終わり拝殿の前へとたどり着いた。



 拝殿前に立ち、特にこだわりも無いので財布の中のそれなりの硬貨を賽銭箱に入れる。 そしてさっき確認した通りに、二礼、二拍手、一礼と順番に行い合掌すると目を閉じる。



 ……まさかこんな年末年始を過ごす事になるなんてなぁ。



 本当に、今年に入った頃からは考えられない程の変化だ。 誰も寄せ付けようとしなかった自分が、水瀬と出会って、今はその家族と一緒にこうして過ごしている。



 望んでいないふりをして、きっと誰かと一緒にいたかった。 それを今なら素直に認めることが出来る。



 少しだけ目を開けて、隣に立っている少女を見る。



 一生懸命に願うその横顔は、以前見た以上に綺麗に思えた。



  ◇



 二年参りの後、しばらくの間移動をし車の中で仮眠をする。 移動した先は砂浜で、ここで初日の出を見ることが滝家の新年の流れらしい。



 車から出て、水瀬と砂浜を歩く。 周りには同じ目的の人たちがまばらにいる。



 春波が軽く息を吐く。 冬のしんと落ち着いた空気と、夜明け前の濃紺の空に何故か寂寥感を覚えた。



 そんな春波をよそに、水瀬は砂浜へと腰を下ろした。



「汚れるぞー」


「平気でしょ。 砂なんだし簡単に落ちるよ」


「……それもそうか」



 春波も水瀬の隣へとゆっくりと腰を下ろす。 隣り合い、しばらく黙ったまま海を見ていたがそのうち春波は独り言のように喋り出した。



「僕はさ、運が良いと思う」


「……」


「父さん母さんが事故にあったのはもちろん悪い事なんだけど、そこから叔父さん達がちゃんと面倒を見てくれて。 それ以外にもいろんな人が僕の事を気にかけてくれていて。 自分がどれだけ腐ろうとも見捨てないでくれていた」


「うん」


「そうしてくれた人がいたから、こうして水瀬と出会って今一緒にいられるんだと思ってる。 そんな人たちに報いていけるようになりたいなぁ」


「……多分ね、春波自身を助けたい気持ちだけじゃ無かったと思うんだ」


「え?」


「きっとね。春波の両親に叔父さん達は色々お世話になっていて、それを返すみたいな気持ちもあったんだと思う。 それ以外の人たちもきっと同じように誰かへの恩を返すのをめぐりめぐってやってるだけだと思うんだよね」


「誰かの……」


「私もね、そういう風にありたい。 春波に助けてもらったのを、誰かに与えていけたらなって思う……ううん、一緒にこれから、そういう風にあれるようにしたいな」


「……そうだね。 一緒に、これから………」



 不意に春波目に光が差し込んでくる。 急な眩しさに目を細めつつ見ると、話しているうちに初日の出の時間になったらしく水平線から光が登っていた。



 続けようとしていた言葉を春波はそこで止めた。 今まではどこか曖昧なまま、どうなりたいかを恐らく自分でも誤魔化していた。



 だけど今は、今ならどうなりたいかがはっきりと言葉に出来る。 まだ付き合ってから半年と少ししか経ってない。 気が早いなんて言われるかもしれない。



 だけど、ずっと一緒にいるという事はそういう事なのだと自覚する 。 それを言葉にしたい。 伝えたいと思った。



「水瀬」



 登っていく光を受けている水瀬に、決心を込めながら名前を呼ぶ。 水瀬はまたなんだろうな、なんて思いながら初日の出から目を逸らし春波の方へと顔を向けた。




「僕と結婚してください」




 水瀬の目が驚きからか少し力が入り、見開かれたように思えた。 春波から見えている水瀬の表情からはどう感じているかはわからない。



 驚いているだろうか。 呆れているだろうか。



 卒業しても、その先もずっとにいる為に。



「……私達、まだ17だよ」


「わかってるよ」



 今は真に受けられなくても、これから離れる気は無い。 また時間がたって実感を持てるようになったら改めて



「だからそうね……うん、高校卒業したら結婚しましょうか」


「え」


「なんで言ったそっちが驚いてるのよ」



 いやだって。 自分が考えていたよりもずっと前のめりな答えが返って来たから。



「本当は今すぐにでもしたいけど流石に高校生だと色々と面倒そうだし……なにより、私たちはそれでどうなるかとか全然知らないからさ」


「……そうだね」


「だからね、それまでにしっかりと調べて、準備して、それから」



 少しづつ、ここから先の未来設計をする水瀬の思わず胸が熱くなる。 未来も過去も考えられなかった春波にとって、それは想像以上に嬉しく、何故だか涙が出そうになる。



 必死に春波が涙をこらえていたが、気が付くと水瀬が静かに涙を流していた。



「ちょ、なんで、え、嫌なら嫌だって言ってくれたら」


「違うよ、これはね、嬉しすぎて涙が出てるの」



 ……そうか。 きっと水瀬も今同じものを感じてくれているんだ。



 そう思えた瞬間、春波も抑えきれなくなった涙をこぼす。



「じゃあ……」



 水瀬がおもむろに春波の両手をとる。 右手薬指にに着けていた 指輪を抜き取ると、左手の薬指へと、大事に、愛おしさを込めながら嵌めた。



「これは、こっちだね」


「……流石に少し気が早いんじゃないか? いやどの口がって感じなんだけど」


「婚約者でもここに着けるって見たことあるよ」


「婚約者……」


「ほら、春波も」



 聞こえて来た言葉のインパクトにうろたえながらも、差し出された水瀬の右手から指輪を抜き取る。 お互いのイメージの色を付け合おうとそれぞれ選んだ石が着いた指輪を、将来の約束と共に左手の薬指へと着けた。



 このために少し乗り出していた体のまま、春波は水瀬を見つめる。 すると、水瀬が何も言わず目を閉じた。 春波は周りを気にする事も無く、そのまま水瀬へとキスをした。



 その後、しばらくお互いを見つめあっていたが水瀬が勢いよく立ち上がると着いた砂を払い春波に手を差し出した。



「そうと決まれば、さっそくお母さんとお父さんに報告! さ、行きましょ」


「うぇ……いきなりかよ」


「引っ張ってもしょうがないでしょ!」


「だって実質的に娘さんを僕にくださいだろこれ、まさか高校生でそんな気持ちを味わう事になるなんて」


「それに、早いうちに話してちゃんと相談できるのが一番だから」


「だね……あー緊張するー!」



 水瀬に手を引かれ立ち上がり、その手を繋いだまま二人歩き出す。 伝わってくる温もりは、きっとこれから何があっても大丈夫だと。 そう思わせてくれるとても心強い力を持っていた。


「春波」



 水瀬が春波の名を呼ぶ。 これからを約束した大事な人の名を。



「私たち、ずっと一緒にいましょうね」



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