冷めたコーヒーと寝かせたカレー

花里 悠太

夜明けの窓辺

 夕方。


 今日は仕事を早めに上がって帰宅できたので、夕食を作ることにする。

野菜と肉を手早く切って、炒めて鍋に放り込む。

この後カレールーを入れて煮込む。

隠し味のインスタントコーヒーを加えたら、お手製カレーのできあがりだ。

カレーだったら、彼が帰ってきたときに冷凍ご飯をチンしてかけるだけ。

手早くできるし、簡単だし、何より彼の好物だ。


 彼とこのマンションで同棲開始してから一年以上。

出会いは、私が元居た会社。

同僚だった彼からアプローチを受けて付き合い始めた。


 仕事が忙しいようで、いつ帰ってくるかわからない。

彼に帰りを聞くメッセージを送る。

なかなかタイミングが合わないが今日は夜ご飯を食べれるといいな。

彼の喜ぶ顔を思い浮かべて、コトコトする鍋の前で待つ。



 夜が来た。


 カレーが出来あがる。

市販のルーで作ったカレー。

すこし味見するが、普通に美味しい。

こういうのがいいんだと思う。

コンロの火を止めて、鍋にふたをしておく。


 カーテンを手で少し開けて、外を眺めてみる。

5階にある部屋の窓からは、暗くなって街灯で照らされるエントランスが見える。

ぽつぽつと出入りする人達を、ぼんやりと見下ろした。


 彼からのメッセージの返事が来た。


 今日は仕事が忙しくて帰れない、と書いてある。

残念、カレー作って待ってる、と返す。

ごめんね、明日の朝食べるよ、と一言届いた。


 昔の同僚にメッセージを送る。

彼は定時で帰ったと教えてくれる。

仕事じゃないのか。


 そうか、仕事じゃないのか。



 夜が更ける。


 寝ようかと思ったけど、彼のことを思うと眠れない。

夜ご飯にカレーを食べようかと思ったけど、食欲もわかなくて食べれなかった。

さっきまでいい匂いを漂わせていたカレーはすっかり冷めている。

一晩おいたカレーはおいしい、と主張する彼の顔が浮かぶ。


 やはり眠くならない。

ならばいっそ、と、お湯を沸かしてインスタントコーヒーを入れる。

マグカップから漂うコーヒーの香りを感じながら、同じ柄の空っぽのマグカップを眺める。


 眠くならない。

彼と他愛無いおしゃべりするコーヒータイムが思い起こされる。


 時間が過ぎていく。



 夜が明ける。


 結局眠れなかった。

冷めたコーヒーと、一晩寝かせたカレー。

結局帰ってこなかった。


 だんだんと明るくなっていく外から差し込む朝日の光。

眩しさに浮かぶ涙を拭いつつ、窓から入り口を眺めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る