第27話

「だから辺境伯の法律と言っただろう? ヘイエルダール辺境伯領は他の領地とは異なる文化圏だから、領内独自の法が優先される」


 無言で家令が法律書を開き、会議室全体に向けて掲示する。遠くて文字は読めないものの、証明としては十分だった。


「……そんな…………」

「ど、どうするのよステッファン」


 ステッファンが青ざめて俯く。その横で青ざめるオーエンナ。

 セオドア様は顎をなで、二人を嘲笑するように続けた。


「侯爵。それよりももっと、気にすることがあるのではないか?」


「……え……」

「ほ、他のことって何よ」


 二人はぽかんとしている。

 セオドア様は灰青色の瞳で弧を描き、ゆったりと足を組んだ。

 ーー獲物を狙う捕食者の双眸だった。


「夫人は我が居城のメイド、ノワリヤに危害を加えた。そして辺境伯家子女である子供たち、それどころか彼らの親ーー辺境伯家を守護した忠臣さえも謗った。我が国を隣国の蹂躙から守った勇敢な将校たちを侮辱するとは、その重み、わかっているのだろうな?」

「……ッ!!!」

「ヘイエルダール辺境伯家は確かに王都議会ではそう目立つものではない。しかし王宮の高台に築かれた慰霊碑には、我が領地で勇敢に戦った忠臣らの名が刻まれ毎日王族の姫君より花を賜っている。ーー彼らは私たちの誇りであると同時に、我が国全体の誇りでもある」


 柔らかだったセオドア様の語気に、次第に重たい怒りが入り混じる。

 場の空気が凍りつくようだった。視線でステッファンとオーエンナを差し貫いたまま、セオドア様は公証人に訊ねる。


「議事録の作成と司法院への告訴状に、時間は」


 済ました顔の公証人は、眼鏡を押し上げて答える。


「この告訴内容であれば、明朝に完成します。魔石急便で書類を送れば、明日の受付時間内には十分間に合うかと」

「だそうだ。……次に会うのは法廷だな」


 セオドア様が口の端を吊り上げる。

 ステッファンとオーエンナは正気を失ったかのような有様だった。


「ど、どうするのよステッファン……」

「……!! どの口が……!」


 ステッファンは、縋りつこうとするオーエンナの手を振り払う。

 そのまま、振りかぶってオーエンナの頬に思い切り平手打ちした。


「きゃっ……!!!!」


 椅子から転がるオーエンナの巨体。彼女にさらに蹴りつけるステッファン。控えていた騎士が数人がかりでステッファンを取り押さえた。


「ヘイエルダール卿!! はっきり言うぞ! こんな女、妻でもなんでもない!! ただの寄生虫だ!!!」


 髪を振り乱したステッファンが、金切り声を上げて叫ぶ。


「そっちがそっちの法律を出すなら、こっちはこっちの法律を出させてもらう。こっちの法律ではまだ、この女は俺の妻なんかじゃない。ただ俺の財産を食い潰している寄生虫なんだよっ!!!!」

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