第10話

 よく晴れた今日は子供たちを伴い、セオドア様の魔石鉱山の視察に同行した。


「実際の採掘坑の方は危険だから、視察の建物に案内しよう」


 岩山に掘られた採掘坑を見下ろすような高台の、視察用の建物へと向かう。セオドア様はテラスから指を差し、私と子どもたちに一つ一つの建物について説明をしてくれた。


「あの高い塔のようなものは巻き上げ機だ。採掘した魔石をトロッコで搬出したり、労働者を現場に送るために使う。あの青く輝くランタンは魔石探知機で、坑内の安全管理に必要なものだ」

「……随分と、私の知る魔石鉱山と違っています」


 私は素直な感想を漏らした。

 鉱山といえば職人気質ないわゆる「ヤマの男」の方々が現場を取り仕切っている荒々しい労働環境だったように記憶している。しかしここで働いている人々は、制服として支給された清潔な揃いの作業着を身につけ、規律が整った良い雰囲気だ。作業着につけられた腕章の色と文字で、誰がどこの担当者なのかも容易にわかる。

 感嘆の溜息をもらしながら見学する私の様子に、セオドア様は灰青色の双眸を細めた。


「意外だろう」

「はい。私の知る魔石鉱山は、ここよりずっと小規模でしたが、もっと労働者の方々一人ひとりの能力に任せているという感じだったので……」

「職人の勘や現場の慣習に任せず、管理を徹底して安全管理を最優先とする。他所の鉱山からは無駄金だ、魔石より労働者が大切なのかと皮肉を言われるがーー安全管理と労働環境を整えることで、より優秀な労働者を増やし、より安全に長く働いてもらうことが、ここの利益に繋がっているからな」

「素敵ですね……」

「綺麗事だけでは何も救えないが、実践できる綺麗事がないわけではない」


 実際とても良い職場なのだろう。皆さん生気に満ちていて、セオドア様の姿に気がついた人々は、心からの笑顔をセオドア様へと向ける。その様子だけでも、彼が領民から慕われているのがありありと伝わってきた。


「我が領地の統治は魔石によって成り立っている。……彼ら一人ひとりが大切な宝だよ」


 子供たちは皆、セオドア様の横顔に見惚れていた。義父である彼の領主としてのあり方に、子供も学ぶものがあるのだろう。

 そんな時、ベルレッタが私の袖を掴んで、背伸びして耳打ちしてきた。


「ね? 領主父様すっごくかっこいいでしょ」

「……ッ……そうですね」


 何かを含んだ言い方に、私の心臓が跳ねる。

 子供の指摘にドキドキしてしまうなんて、先生失格だ。


「先生、このあと私たちは帰るからさ。領主父様とデートしてあげてよ」

「え、あ……でも」


 私が狼狽えていると、年少の子供たちが二人、セオドア様の袖を引っ張って腕に絡みついた。


「ねえねえ領主父様、お腹空きました~」

「私は眠くなりました~。子供だけでお家に帰っていいですか~?」


 そんな彼らの甘えを援護するように、年長の男子がぶっきらぼうに言う。


「領主父様。俺は午後、大臣子息の方との学園の試験勉強の予定が入っています。俺がみんなを連れて帰りますよ」

「み、みなさん」


 明らかに子供たちは私とセオドア様を二人きりにしようとしている。

 これで良いのだろうか、セオドア様にご迷惑ではないか。そんなふうに私がオロオロとしているうちに、子供たちはあっという間に従者を伴って馬車で帰って行ってしまった。


 私とセオドア様が、テラスに残された。


「……セオドア様……」

「気を遣われてしまったな」


 彼は苦笑いを浮かべてテラスから室内に戻る。私は彼についていきながら、これからどう立ち振る舞えばいいのか頭の中でぐるぐると考える。


「い、今からでも遅くないと思うので、わたしも子供たちと一緒に帰ります」

「そう言わないでくれ」


 逃げるように告げる私に、セオドア様は振り返って苦笑いする。


「貴方が良いのであれば、一緒に昼食に付き合ってほしい。ここは王族の視察も入るレストランが併設されているので、味は保証するよ」

「……私でよろしいのでしたら……」

「決まりだ。おいで、クロエ嬢」


 ーーおいで。

 舌で転がすようなその言葉の甘さに、私は身分不相応に胸がときめいてしまう。

 こんな気持ち、夫にも誰にも抱いたことなんてなかったのに。

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