第6話
ヘイエルダール辺境伯ーーセオドア様の居城についてから、私は今までの人生で受けたことのないもてなしをされた。
薬湯で旅に疲れた体を癒し、香油を塗られた髪は魔石を用いた風で乾かされ、衣服は全て新しいものを用意された。
清潔なベッドが用意された個室でぐっすりと眠り、朝にはさらに、新しいドレスの準備があった。
「あの、私は持ってきたドレスがあるのだけれど……」
困惑する私に、年配のメイドがにこにこと笑う。
彼女の名前はノワリヤ。サイモンと同じくらいの年齢だろうか。
「こちらの気候は王都と違います。ご無理には申しませんが、旦那様が、気候にあったお召し物を用意して差し上げるようとの仰せです」
「セオドア様が……?」
「ええ。今日はまずぜひ、お袖を通してみてはいかがでしょうか」
「そうね……甘えていいのなら……」
わかりやすいパッと明るい笑顔で、上機嫌にノワリヤは着付けていく。
ヘイエルダール伝統のブラウスにスカート、ベストにストールに装飾用のエプロンといったもので、体の線に沿って硬い生地で締め上げるドレスとは違い、ヘイエルダールの衣服には締め付ける部分がほとんどない。それでも鏡に映った自分の顔が小さく、腰が細く見えたのは、施された鮮やかな刺繍の効果か、色の効果か。
「よくお似合いですよ。クロエ様の栗毛にも、柔らかな青い瞳の色もよく映えます」
そのまま彼女は私の髪を綺麗に編み込んでくれた。
複雑な三つ編みをゆるく横に垂らしたスタイルだ。
朝食後、セオドア様と談話室で会うことになった。
私が訪れた時には、すでにセオドア様はソファで長い足を組んで座っていた。窓から差し込む午前の光が、銀髪や長いまつ毛を輝かせる。こんな綺麗な人がいるのだと、心から感心してしまう美しさだった。
セオドア様は私を見て、薄く微笑んだ。
「美しい。まるでずっと着こなしているかのように馴染んでいるな」
真っ直ぐに褒められることが初めてで、私は頬が熱くなる。派手すぎやしないかと訊ねたかったけれど、ストレートな言葉の前では呑み込むしかない。
「あの……一介の家庭教師にここまでしていただき、恐縮です」
「貴方はマクルージュ卿の大切な愛娘、どれだけ丁重にしても足りない。そうでなくとも……貴方のような美しい女性が着飾るのを見るのは、私の目にも眩しくて嬉しい」
「……そんな……」
歯が浮きそうな言葉を口にしても堂々として白々しさがない。
(同じ言葉を元夫が言っても軽く聞こえそうね)
思い出してしまった嫌な顔を頭の中で振り払い、私は彼に向かい合うソファに座った。
「さあ。貴方には何から話そうかーー」
甘い紅茶を味わいながら、セオドア様は私にヘイエルダール辺境伯領のことや、彼のことを丁寧に噛み砕きながら説明してくれた。
ーーヘイエルダール辺境伯セオドア様は今年25歳。18歳で父である先代辺境伯から爵位を譲り受け、その後は先代から引き継いだ家臣たちと協力して辺境伯領を守っている。
父との縁は7年前、隣国による国境侵攻を受けた時に遡るらしい。
「私が新領主となってすぐ、7年前のことだ。先代の父が逝去した機に乗じて国境を侵略された。青二才の領主相手ならば、多少の領土拡大は期待できると思われたのだろう。あちらの思惑通り、若い私は家中をまとめるのに難儀した。……しかしそこで助けてくださったのが、マクルージュ侯爵だった」
遠い目をして、彼は紅茶の水面に目を落とす。
その瞳には懐かしむ敬愛が詰まっていた。
「貴方のお父上ーーマクルージュ侯爵は同じ魔石鉱山を所有する領主として、当時王宮で軽んじられていたヘイエルダール辺境伯領の重要性を訴えてくださった。国王陛下の御前に這ってでも、彼は私たちを助ける必要性を説いてくださったと聞く」
「父が……そんなことを……」
7年前といえば、父はもう既に病に蝕まれていた頃だ。王宮に赴くだけでもよほど無理をしたに違いない。
「その頃は私はまだ領地から出たこともない子供でした。父は屋敷に仕事の話を持ち込まない人だったので……だから、父とのご縁を知らなかったのですね」
「ああ。だからもし状況が違っていたのならば、」
彼が何かを言おうとした時、廊下の向こうから子供たちの声が聞こえてくる。
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