第109話 教室からの逃亡
栞がやらかすのはいつものことだからいいとしよう。可愛い大事な彼女だもの、甘くなるのは仕方ないだろ?
問題は他のやつらだ。
ある程度話を聞いたら満足してくれればいいのに……。冷やかし、からかい、さらなる質問攻め。いったい俺達が何をしたというのか。……いやまぁいろいろやってますけどね。
授業の間の休み時間は短いので我慢したけど、昼休みくらいは穏やかに過ごしたい。そう思った俺が取るべき手段は1つ。すなわち逃亡だ。
授業の終わりとともに、弁当を片手に寄ってきた栞を捕まえて教室から飛び出した。
──あっ!逃げた!
──これから2人で何をするんだー?!
──ねぇ、後つけちゃう?2人きりの雰囲気見てみたいよね?
──私も気になるー!
──やめてやれって……。
そりゃ逃げるわ!何するってゆっくり昼飯食べたいだけだし、ほっとけよ!
背後から聞こえる声に心の中で答えて、とにかく教室から離れる。けど最後に聞こえたのは遥だな……。毎度助かってるよ。
「涼?どこ行くの?」
「わかんない」
「えぇ……」
栞は困惑しながらもついてきてくれる。だけど向かうあてがあるわけもなく。というか、校内に俺が居場所としてるのは教室と、最近はあまり行かなくなった図書室くらい。必然的に自然と足がそちらに向いてしまった。
「ねぇ、涼。図書室は飲食禁止だよ?」
「だよねー……。さすが図書委員」
「元、だけどね。一学期で私の仕事は終わりだから」
そういえば最近は委員の仕事がないと思っていたらそういうことだったらしい。
「それよりこれからどうする?他に行くあてあるの?」
「勢いで飛び出してきたけどないんだよなぁ……」
2人して途方に暮れかけたところで、司書室のドアが開いて見慣れた顔が出てきて声をかけられた。
「話し声がすると思ったら。あなた達そんなところで何してるの?痴話喧嘩?」
「げっ……。先生……」
我らが担任、連城先生だった。
「仮にも担任に向かって『げっ』はないでしょ、高原君」
「すいません、つい……」
「ついって尚悪いわよ!まったく……。で、どうしたの?2人共困った顔して。まさか本当に喧嘩でもしたの?」
「それがですね……」
***
「あっはは!それは黒羽さんが悪いわ!本当に相変わらずね」
司書室の中なら食事をしてもいいと許可をもらった俺達は、その言葉に甘えることにした。となれば当然ここに来た理由も聞かれるわけで。
先生を交えて食事をとりながら、事の顛末を話した結果が先生の爆笑というわけだ。
「うぅっ……。涼、ごめんね?」
ひとしきり説明して、先生に盛大に笑われた栞はしゅんと肩を落としてしまった。
「いやまぁ、もう少し控えてくれると助かるけど、そんなに気にしなくていいから」
「でもそのせいで逃げ出してきたんでしょ……?」
「それはあいつらがしつこいから」
「それだって、もとはといえば私が原因じゃない……」
なんとかフォローしようと思うんだけど、なぜか逆効果で栞はどんどん落ち込んでいってしまう。
もう言葉だけでは埒が明かないので、いつものように頭をよしよしと撫でてあげた。栞はこれが大好きで、小さな不機嫌なんかはすぐに吹き飛ぶ。
「う〜……」
潤んだ瞳で見上げられると、どうしようもなく庇護欲が刺激されてしまって。
「俺は栞が笑っててくれるのが1番なんだ。俺なら平気だからさ、そんな顔しないで?ね?」
「涼……。うん、ありがと」
ようやく表情を笑みへと変えた栞はやっぱり可愛いくて、愛おしくて抱き締めたくなる。その気持ちに従って手を伸ばしかけたところで……。
──ごほんっ
その状態で固まった。
「私もいるのにいきなり始めないでもらえるかしら?」
「「えっと……すいません」」
「本当にそういうところよ?もう自業自得っていうか」
呆れ果てた先生に返す言葉もない。わかってはいるのだ。止められないだけで……。
「そのうち本当に学校で始めちゃうんじゃないかしら……?キスくらいなら普通にしちゃうし……」
いかん、これは早急に話題を変えなければ……
「そ、そういえば先生?なんで今日はここにいるんですか?珍しいですよね?」
ナイス栞!
「え?あぁ、ちょっとね。職員室じゃ見れないものがあって。というかあなた達にも関係あるから見せてあげるわ」
うまいこと栞の誘導にのった先生が取り出したのは写真と1つのSDカード。
「あ、これって」
「そうよ。あなた達の結婚式、となぜか私達のも……。あなた達の分はそのまま持っていっていいわよ。あと写真のデータもね」
パラパラと眺めていくと、さすがプロが撮っただけのことはある。とても良く撮れていた。
聖壇の前で栞を待つ俺、聡さんに手を引かれて入場する栞、宣誓のシーン、キスシーン、涙でぐしゃぐしゃになってるのもある。まさかこんな写真まであるとは。あの時はカメラを気にする余裕なんてなかったから、いつ撮られてたのか知らなかったんだ。
さすがに自分のキスシーンが撮られた写真には照れくさくなってしまった。一方栞は嬉しそうに顔をニヤけさせて見ていたので、大層気に入ったらしい。
「さて、都合良く渡す物も渡せたし、私は授業の準備があるから一旦職員室戻るわね。あなた達もイチャつきすぎて遅れないようにね。次、私の授業なんだからサボったりしたら承知しないわよー」
そう言い残して先生は出ていってしまった。
イチャつきすぎるなと言われても、こんな写真見せられた後じゃ、ねぇ?それにさっきは止められちゃったから。
「栞、おいで」
「うんっ」
いつも通りな感じで抱き締めあって、ひとまず満足した後は、栞を膝の上に乗せて2人で写真を見直しながら過ごす。誰も見てない時ならこれくらい問題ないだろう。
2人きりで過ごす穏やかな時間のなんと素晴らしいことか。
さすがにのんびりしすぎたらしく、授業に遅れはしなかったけど、戻るのが本当にギリギリになってしまった。先に教室に着いていた先生はやれやれと首を振っていた。
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