第89話 文化祭準備

「いよいよ明日からだねぇ」

「あぁ、そうだな。っていっても俺達の出番は明後日だけどね」

「そうだけど……ねぇ?涼は私とで本当に後悔しない?」


 この期に及んで栞は不安そうな顔をする。俺も今では恥ずかしいのをこらえて腹を括ったというのに。それに栞だって俺の気持ちくらいわかってるはずなのに。でも、こんな顔をさせたままにしておけないのが俺なわけで。


「むしろ栞じゃなかったら後悔するよ。明後日の式は所詮だけどさ、俺の気持ちだけは本物だからね。俺が栞のこと大好きなのわかってるでしょ?」

「うん……わかってるつもりなんだけど、なんか不安になっちゃって。ありがとね。私もね、涼じゃないと嫌。涼が大好きなの。ごっこでも、本番でも涼以外考えられないんだからね?」

「わかってるよ。俺もずっと隣りに居てほしいのは栞だけだから」


 言葉とともに手を握れば、やっといつもの表情に戻ってくれた。うん、やっぱり俺の隣りにいる時はこういう顔をしていてほしい。


「それにしても……ここ本当に図書室だったの、って感じになっちゃったね」

「確かに……ちょっと本格的すぎるよなぁ」


 今、俺と栞は図書室に設営されたチャペル風のセットを眺めているところだ。


 慌ただしくも時間が過ぎ、なんて普通は言うところなんだけど、準備に関してはそんなにやることがなかった。というのも依頼していたフォトスタジオの方達がやたらと張り切ってくれて、会場のセッティングまで手を回してくれたおかげである。クラスメイト達はその手伝いに追われていたけど、遥と楓さん含む俺達4人は委員会の仕事に駆り出されていたのであまり関わっていない。気付いた時にはセットが完成していた、というわけだ。


『いや〜、なんか楽しくなっちゃって。学生の頃を思い出すよ』


 とはスタジオのオーナーのセリフである。最初はアドバイスをくれていただけなのに、途中から力が入りすぎてしまったらしい。


 なので俺達がしたことと言えば、募集で集まったカップル達をスタジオへ連れていって、お世話をお願いしたくらいなものだ。その中に文化祭実行委員長と副委員長がいたのは言うまでもないだろう。


 もちろん、自分達の衣装選びなんかもした。

 栞がどんなドレスを選んだのかは当日まで秘密にされている。当日初めて見せて俺の反応を楽しみたいとかなんとか。それなのに俺の衣装は栞が選んでいる。栞曰く、『どうせ最初に試着したのでいいとか言って適当に済ますでしょ?』ということらしい。俺には何がいいとかわからないので間違ってはいないのだが。まぁ、栞好みに仕立ててくれると言うならそれもやぶさかではない。



 そうして準備している中で、俺達のクラスでは担任である連城先生のために、1つのサプライズを仕込んでいる。今年で結婚10年目であり、式は挙げていないという情報は、度々本人から語られる旦那さんとの惚気話から入手済み。ならばこの機会にやってしまおう、というものでクラスメイトの満場一致で決定した。


 ここで一番大変だったのは旦那さんとの接触だ。誰も旦那さんの連絡先なんて知らないのだから当然だろう。しかも先生にはバレないようにしなくてはならない。


 学年主任の先生に相談したところ、教頭・校長にまで話がいき(かなり大事になって焦ったけど)……事情を説明したら住所と旦那さんの名前だけは教えてもらうことができた。

 そこから手紙を出して、やり取りをして、どうにか都合をつけてもらえることになった。


 先生の衣装選びに関しては、スタジオにお礼くらいと言って連れて行くことでどうにかした。


「先生もせっかくお越しいただいたので、何か試着されてはどうですか?」

「いえ、私は……」

「生徒さん達から聞いてますよ?結婚式されてないのでしょう?なら気分だけでも」

「いやいや、ご迷惑でしょうから……」

「そんなことないですよ!いい機会じゃないですか?なんなら写真も撮りましょうか?」

「写真?!いえ、本当に大丈夫ですから!」

「私、先生にも楽しんでいただこうと思って用意してましたのに……」


 という具合で最終的にはスタッフさんの泣き落とし。さすがに先生もここで折れて、いくつか試着することに。その中から反応の良かったものに決定してもらった。


 本当にお手数かけて申し訳ない……


 俺と栞のクラスでの仕事はこれで終わりで、皆からは明日明後日は自分達の番まで会場への接近禁止を言い渡されている。他人の式を何回見ていたら慣れちゃうだろうし、それなら2人で文化祭でも見て回って気分を高めておけという理由らしい。


 とにかく、これであらかたの準備が終わって、当日を迎えるのみとなったわけだ。


 後悔とか迷いはないけど、今から緊張しすぎて少しだけ胃が痛いのは栞には内緒だ。だってこんなにも幸せそうな顔をしてくれているのだから。





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 準備期間かなり端折ってしまいました。

 もう当日の2人のことしか考えられなくて、この期間の盛り上がりを作れそうになく……こんな形になってしまいました。

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