第5話「いざ初依頼」
冒険者ギルドのロビーには、軽い飲食ができる休憩コーナーがある。
まぁ飲食っつっても酒なんかは無いし、食事も本当に簡単な雑炊とかしか出ない。それでも、駆け出しの鉄貨級なんかには安く食える貴重な場所だ。
あとはまぁ、休憩コーナーの看板娘目当てに他の冒険者が集まる時もあるな。
『さて、ひとまずは冒険者デビューだな』
「な、なったからには頑張ります。はい」
『いい心意気だ』
俺をテーブルの上に座らせ、自身も椅子に座ってようやく一息つくハノン。
責任感があるのはいいこったな。俺もそれに応えて、少しは真面目に授業してやるかね。
……どうでもいいけど、前足組んだ角兎と念話しつつ、
『んじゃあ、とりあえずお前に冒険者と活動していくために必要な物を聞くぞ。何がいると思う?』
「命ですね!」
『根本的正解だな。まぁ、俺も本当だったら、一番は目的や目標と言いたい』
「目標……ですか。」
『あぁ、冒険者になったからには、何か目標が無いと精神が持たないからな。とはいえ、冒険者の特筆上、その目標は金と名声の上に成り立つもんなんだが……ハノンは、何かそういう目標はあるか?』
「……そう、ですね……」
少しの間考え込むハノン。しかし、どちらかというとこれは、目標を探しているというより、言うのを躊躇っているように見える。
まぁ、何も持ってない只の子どもが、スラムでギルドマスターにすがりついたりはしない、か。
『冒険者になる事で、その目標がどうにか目指せそうなら胸に秘めておけ。それが生きる活力になる』
「あ……は、はい。すみません」
『気にすんな。で、他に必要な事はあると思うか?』
「……やっぱり、身を守るためのもの、ですよね? 紹介状貰いましたし……」
ん、正解。
何はなくとも、自分に合った武具を見繕わない事には町から出ることもままならん。武具屋で装備を整えるのは最優先事項だな。身なりも整えてやりたいし。
正解をほめてやると、「えへへ……」と照れるハノン。その笑顔に女性冒険者の何人かがやたら注目してるが、まぁ気にしないでおこう。
『あとそれとは別に、神殿への招待状も貰ったろ。あれは何でだと思う?』
「え? えと……わかりません」
『下手に知ったかされるよりもずっといい。正解は、神殿に金払って、自分の能力を可視化してもらうためだ』
「能力?」
まぁ、人によっちゃステータスとも言うな。その人物の筋力だとか、精神力を神殿では大雑把に知ることが出来る。
これもまた神様関連の技術だから、神殿の管轄なんだよな……それでも、自分の実力を目で見れるってのは金を払う価値があるもんだ。
自分が伸ばすべき長所、補うべき欠点が見れるだけでなく、向かうべきでない討伐依頼の目安にもなるからな。これをケチった冒険者は、たいてい死ぬと俺は思ってる。
「なるほど……僕もそれは知っておきたい、です。切実に」
『だろ? だからまずは、能力値を確認してから、それに見合った装備を見繕ってもらうのがお前の目標だ』
「……でもヴォルさん。僕、お金持ってないです」
『うん、だからお前には、これから街中でこなせる依頼を受けてもらうことになるな』
俺は一度机から飛び降り、ピョンピョンと依頼掲示板へ跳ねていく。
んで、端っこに貼られた一枚の依頼書に向けてジャンプし、口で引き剥がした。横にいた奴らがギョッとしていたが……契約獣に驚くあたり新人かね?
『……待たせたな。ほら、こいつだよ』
「え、えっと、街中の依頼なんですよね? 命の危険とかは……」
『少なくとも、今のお前にとっては命の危険がない依頼さ』
その言葉に安心したのか、ハノンは依頼書を受け取り読み始める。
その顔色は、読み進めるごとに青くなっていっているが……これ以上実入りが良くてリスクの少ない依頼はないぞ?
「えっと……マジ、ですか?」
『マジだ』
「あの、せめて準備とか……」
『ギルドが最低限の道具は工面してくれる。残りは実費だ』
「…………」
ハノンが頬をひきつらせながら、依頼書を落とす。
そこには、【スラムの大清掃】と、はっきり明記されていた。
◆ ◆ ◆
「……臭い……」
『そうだな』
「汚い……」
『そうだな』
「目、痛い……」
『……やめるか?』
「やめない……」
ギルドを出てから、二刻ほど経過した現在。お昼時。
俺たちは、グランアインの町にあるスラムにいた。今回受けた依頼、スラムの大清掃を遂行するためだ。
スラム……いわゆる貧民街だが、規模はそこまで大きいものではない。
しかし、忌々しい事に肥える者あれば飢える者がいるのが社会の常。理不尽かはたまた自業自得かはともかくとして、割を食ってしまった者たちが集まった区画がここである。
石造りの家々、小さいながらも機能している井戸。退廃的な雰囲気こそさほどしないものの、行き交う人々の身なりは残念ながら満たされている者のそれではない。
皆が皆、今日を生き延び明日を目指すために、己の持つ全てを賭けて生活し続けているのだ。
現在は
さてこのスラムだが、よくよく見てみれば、居住区はまったく汚れていないのがわかる。
まぁ当然だな。自分達が住んでいる空間が汚れていたら、誰しも嫌悪するものである。
では、どこを清掃する必要があるのか?
「……手袋貰えて良かったです。こんなに汚いトイレ、直接は触りたくないですもん」
『そだなぁ。普通は嫌だよな』
そう、公衆便所だ。
このスラムには、合計で10の公衆便所が設置されている。その内の3つが、今回指定された清掃部分である。
『今回指定されている公衆便所は、全部酒場の近くに設置されたものだ。だから、使用する奴らってのは大体が泥酔した奴らなのさ。そんな奴らがまともに便所を使う訳がねぇ。肥料にもならねぇくらいにいろんなもんぶちまけていくんだよ』
「うぇっぷ……やめてくださいよ、考えないようにしてたのに」
ハノンは現在、ギルドから支給された捨ててもいい布の服に着替えている。更に湿らせた布で鼻と口元を隠し、手袋をはめた状態だ。
完全とは言えないが、まぁ最低限の装備だよな。道具も支給された掃除用具で、汚物をくみ取りながら便器一つ一つを掃除していっている。
俺はというと、くみ取った汚物を捨ててもいい場所に運んでは捨ててを繰り返している所だ。契約獣として、御主人様のサポートはしねぇとな。
「ここの人達も、流石にこれは掃除したくないですよねぇ……」
『そうだな。掃除してもまたすぐ悪酔いした奴らが汚しちまうし、なにより不衛生だ。近づきたくなくなって、結果として放置され余計に汚れていくんだ』
そもそも、ここを汚している連中のほとんどは、スラム以外で生活している平民だ。
スラムの人々よりマシな生活をしているとはいえ、こいつらもまた裕福って訳じゃねぇ。酒を飲んだり女を買うなら、安いに越したことはない。
そんな連中が、スラムで経営しているギリギリな酒場で色々混ぜ込んだリスキーな安酒をかっくらい、悪酔いした結果公衆便所を汚す訳だ。
さっさとそんな酒場を潰しちまえばいいとも思うが、酒もまたスラムの人間の心を癒すためには必要な物。だからおいそれと潰すわけにもいかん。
んで、汚れたままだと病気の原因になりかねん。しかし、掃除する人間がいないという悪循環。そんな一連の流れを危惧した町のお偉いさん方が、冒険者ギルドに依頼を持ってくるのである。
報酬は、1人銀貨40枚。汚れ仕事の中でも最たる部類だからこその、中々破格の報酬だと言える。
「んしょっ、と! ふぅ……ようやく一ヵ所終わりです~」
『頑張ったじゃねぇか。少し休憩しようぜ? 飯持ってくるからよ』
「いえ、今のうちにもう一ヵ所の所まで行って……少し準備してから休みましょう」
『ん、そうか』
ハノンは手袋を外すと、俺を抱き上げる。
「んん~、モフモフで気持ちいいんですけど……少し匂い移りました?」
『そりゃあ臭くなるわな。戻ったら2人で念入りに洗うぞ?』
「えへへ……はい」
俺を掃除用具が入った荷車に乗せ、移動を開始する。
10歳の少年にやらせるには少々酷な作業かもしれんが、これも必要な事だ。
「そういえば……なんで、労働者ギルドじゃなくて、冒険者ギルド……なんです? 依頼、来るの」
『この掃除がか?』
「ん、そうです」
『そりゃあお前、労働者ギルドの下っ端は金がねぇからさ』
さっきも言ったように、この依頼は病原になりかねん場所を掃除する依頼だ。つまり、この依頼を受けた人間は、万が一と言わず結構な確率で病気を貰う事が多い。
だから、基本的には依頼を受ける前に、神殿に銀貨10枚を払って病気予防の祝福を貰ってから挑むのがベターである。
労働者ギルドは、基本的に金が無く、また冒険者になれない連中を雇い入れて様々な労働力として派遣する組織だ。そんな連中が、銀貨10枚も払える訳が無い。だから、冒険者ギルドにこの依頼が舞い込む訳だ。
『行きがけに説明したが、お前の場合は裏技みたいなもんでこの依頼を受けれた感じだな』
「契約獣との、能力の共有、ですね?」
『正解だ。呑み込みが早くて教え甲斐がある』
「え、えへ……」
そう、当然ハノンは、銀貨10枚も持っていない。それを持っていたら、既に神殿に行ってステータスを見せてもらっている。
病気予防の祝福を受けていないハノンが、どうしてこの依頼を受けれたか? その理由が、俺と契約したからである。
しかし、本質はそこではない。従魔師の真骨頂はズバリ、|契約したモンスターの能力を、一部使えるようになる《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》事にある。
わかりやすい話で言えば、仮にドラゴンと契約できた奴がいたら、そいつは自分でブレスが吐けるようになったりする。また、人魚と契約したりすれば、水中でも呼吸が可能になる場合もあるのだ。
そして、俺こと角兎と契約して得られる能力は、
角兎は悪食だって前に話したろ? あれは比喩でもなんでもなく、本当に何でも食べるんだ。肉でも食うし、野菜もいける。
しかし、角兎ってのは種族的に弱いモンスターだ。そんな雑魚モンスターが食える肉って言ったら、大抵は毒で己を守ってる小動物だったりするのである。
腐った物も平気で食べるし、見るからにヤバいキノコも食う。それらの毒や病原のほとんどを、角兎は無効化できるのである。子々孫々に抗体が受け継がれ、進化していったんだろうな。
だから意外にも、従魔師として才能が開花しある程度実力がついた者は、角兎と契約する者が多い。保険として有用だからな。
『それに、だ。この依頼は、お前にとって必要な心構えを得られる依頼でもある』
「心構え、ですか?」
『そうだ。この依頼をこなすことが出来たなら、お前は間違いなく冒険者としてやっていける。俺が断言してやる』
「そっ……それは、嬉しいです、けど……なんで、です?」
元々俺は生前も、新米にこそこの依頼を勧めていた。もちろん、金に余裕が出来た奴らにだけな。
どいつもこいつも絶対に最初嫌がるが、この依頼をこなすことが出来た奴らは、最低でも銀貨級に上がることが出来ている。
逆に、この依頼を受けなかった連中は途中でやめる奴が多いんだ、これが。
『これは俺の自論だがな……この世界において、人間以上に食い汚く、汚し上手で、内臓が不潔な生物はまずいねぇ。せいぜいゴブリンがどっこいだと思うぞ?』
「えぇ……ゴブリンと同等なんですか? 人間って」
『そうだ。だからこそ、人間が出した汚物を掃除できるんなら、他のどんな環境にも抵抗は薄くなるのさ』
そう、人間の糞尿が磨けるんなら、解体作業中に血で汚れるのも我慢できる。
人間の
何事も最底辺を知れば後はマシになる。人間はそういう意味では、底辺の生き物ってわけだな。
『お前は頑張ってるよハノン。そんな最悪を前に、たった2刻で一ヵ所の掃除をこなしてるんだからな』
「っ……い、いやその、スラムの人達……のため、ですし……」
『その心意気が、何よりも大事なんだ。誰かの為と思うにしろ、誰かの羨望を浴びたいにせよ、そういう
「…………」
俺の言葉に、ハノンは応えない。
んん、少々クサかったか? とはいえ本心だしなぁ。
「……が、頑張ります、ね?」
『んぉ? ……おうよ』
なんだ、響いてはくれていたのか。
よくよく見たら耳まで赤ぇ。初々しいにも程があるぜ、まったくよぅ。
『ま、そういう事だからあと二ヶ所、しっかり掃除してがっつり稼ごうじゃねぇか。なぁ?』
「……はい。大変だけど……スラムの皆さんの、為ですもん、ねっ」
車を押す、ハノンの手に力が籠る。
……なるほどねぇ。こりゃ、結構行けんじゃねぇか?
そう思うが、こいつの為にも判断は慎重にしてやんねぇとな。
成りたて冒険者の初依頼。それは、まだ始まったばかりである。
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