第28話 お見舞い


「あ……天羽修……?」


 そう呟いた瞬間、車が急停車する。

 運転席の結月が車から飛び降り、車に背中を預ける形で周囲を警戒する。


「監視されている痕跡はありません」


 その報告に手を上げて応え、池崎は恐る恐る会話を続行した。


「何の用っていうか、良く俺の電話番号が分かりましたね旦那」


『君の変装の術式は、一目見た時から気が付いてたからね。

 だから、電脳世界のログから君のアクセス場所を特定した。

 その付近の監視カメラをハッキングして、魔力の形跡から素顔を特定。

 そこから更に、携帯電話会社をハッキングして君の情報を抜いて。

 今に至るって感じかな』


「……気が付いてて、俺を同行させてたんですか?」


『何となく君の素姓、公にされていない情報にも検討が付いていたからね。

 それで、お願いしたい仕事があるんだ』


「……依頼ですか?」


『そうだね。

 情報屋に依頼だ』


「内容を聞く前に報酬の話をしても?」


『何か提案したそうだね』


「貸し一つで、どうでしょう?

 いつか、俺たちが困ってる時に返してくれればそれでいい」


『うん、良い提案だと思うよ。

 僕はそれで問題ない』


「では、依頼内容を」


『僕の父さん、天羽徹の居場所と調べられる限りの事を調べて欲しい。

 これは、今のではなくて継続的な依頼だ』


「分かりました」


『ありがとう。

 報告はセリカちゃんの事務所に上げてね』


「……旦那、俺は決めましたよ。

 誰に着くのが一番得か」


『そうなんだ。

 でも、まだやめてね。

 君らはどっち付かずだから利用価値があるって事、自覚してくれているとは思うけど』


 そう言って、通話が切れる。


「なぁ? やべぇだろ?」


「えぇ……想像の数段上でした」


 そのまま身体を震わせながら車を出して、彼等は帰路へ着いた。




 ◆




 僕は、画面のバツマークを押して通話を終了させる。


 セリカちゃんの事務所の二階。

 僕の研究室にある質素な布団へ横になった。


「ミル、母さんに友達の家に泊まるってメッセージ送っといて」


『畏まりました』


 精霊の側面があるから、僕の言葉を正確に認識できる。

 電脳精霊ミル。

 思ったよりずっと汎用性がありそうだ。


 まぁ、現代科学と魔術理論の合作だしね。

 これで機能が片方以下なら意味が無い。


「にしても、ここまで消耗するのか……」


 電脳世界脱出から3時間程。

 まだ、僕の身体は真面に動かない。


『固有術式の反動だけではありません。

 回復薬の過剰摂取も身体阻害の原因です。

 マスターの魔力量ですと、ポーションの使用は1日3本程に抑えた方がよろしいかと』


「分かってる。

 けど、死ぬよりマシだろう?」


 僕は今日10本近いポーションを呑んだ。

 だが、回復薬とは緊急時に使う物だ。

 液化した魔力を取り込むのは、身体に良いとは言えないから。


「少なくとも身体が元通り動くまでは、安静にする事を推奨します。

 これ以上の負荷は、後遺症の原因になりますから」


 ミルの身体が実体化する。

 雪の様に白い皮膚と髪。

 瞳は銀色に輝き、その身体は凡そ色素という物を感じない。


 服も白をベースに青いラインが少し入ったワンピース型の物。

 歳は10才くらいの真っ白な少女だ。


 ロックしてないから、自由に顕現できる。


「治癒術式を実行します」


 そういうと、僕の身体が淡く光る。

 内臓や魔力的な損傷に対しても、治癒術式は有効だ。

 というか、有効な術式を使っている。


「でも、これって結局僕の魔力の流用だよね。

 自然回復が遅くなるだけじゃないの?」


「魔力の回復速度を遅めるのも目的に含まれます。

 急速な回復よりは、身体への負担が軽減されますから」


「へぇ……」


 頭が少し熱い。

 思考が余り纏まってない自覚がある。

 この状態で、色々と考えるのは諦めよう。


「看病は任せるよ」


「えぇ、どうぞお休み下さい」


「そうする」


 そうして、僕は目を閉じる。


 順調だ。


 人工精霊。

 固有術式。

 情報収集。


 全てが、不思議な程順調に進んでいる。


 電脳世界も手に入った。

 あれは、虚数空間の楽園だ。

 あの中は、僕以外立ち入れない。

 完璧な閉鎖空間。

 僕の自由にできる世界だ。

 使わない手はない。


 ただ、魔力的にどうやって維持してたのか気になる。

 今度、あの世界のサーバーがある場所まで行ってみないとな。


 布団の中で目を閉じれば、少しだけ思考が回る様になった。


 今の内に、今後の事についても考えておこう。


 ていうか、明日学校か。

 流石に休めない。


 この身体で行くのは正直しんどいが、魔術を使わなければ動けない事は無い。


 はぁ……

 ちょっと暑いな。

 布団に入ってるとは言えこれは……


 そう思っていると、玄関が開く音がした。


 ここに入って来るとしたらキキョウだろう。


 特に反応もせず待っていると、リビングのドアが開く。


「え……?」


 そんな、間抜けな声がして。


「あの、何をしているんですか……?」


 酷く冷静な声色。

 それでいて、何処か闇を感じる音域。

 そんな、多少の恐怖を覚える声で。


「修さん……?」


 キキョウの声がした。

 流石に無視する訳にも行かない。


「お疲れの事とは思いますけど、流石にそういう年齢の少女に対して欲情するのは……

 少し、いえかなり気持ちが悪いです」


 何言ってるんだろ。


 薄っすら目を開けると……


「まだ寝ていて大丈夫ですよマスター」


 雪の様な真っ白な髪が、目の前に在った。


「あぁ、ミル?

 なんで僕と同じ布団に入ってるの?」


「温めようと思いまして」


「はぁ、そうなんだ。

 暑いから退いてくれる?

 あとキキョウさんも、この子は僕の使役する電脳精霊だから。

 そういう感情を持つ事は無いよ」


「お初にお目にかかります。

 吸血鬼の眷属、柊キキョウ様。

 私はミル。マスターの手によって発生した精霊です。

 しかし、分類的にはソフトウェア、機械として扱って下さい」


「機械……?

 その姿で、ですか……?」


 やっと、ミルが布団から出てくれる。

 そのまま、キキョウの方へ歩いて行った。


「私はマスターの全記憶を保有しています。

 そこで、貴方に言いたい事がありました」


「なんですか?」


 キキョウの胸倉を掴み、顔が触れそうな距離でミルは言う。


「マスターの事を詮索しないで下さい。

 貴方に話す事で、他に知られる危険性が高まります。

 逆に話す事で得られるメリットは存在しません。

 貴方はマスターを陥れたいのでしょうか?」


「それを、貴方に言われる筋合いは無いのでは?

 私に言うも言わないも、修さん自信が決めた事です。

 彼が自分で決定した事に対して文句を言うのは、貴方の事情でしかないでしょう?

 私が知ると貴方が何か困るんですか?」


「問答は無駄だと理解できませんか?

 私はマスターの事を全て知っている。

 ただ、側面的な事情を知るだけの貴方とは違う。

 その私が言っているのです」


「何を言っているのか、意味が分からないんですけど。

 ただ……喧嘩を売ってるという事は間違いないですよね?」


 何やってるんだろ、この人達。

 キキョウの手から赤い糸が出ている。

 ミルも、対抗する様に魔力操作を始めた。


「ミル……」


「なんでしょうか、マスター。

 看病でしたら、彼女を排除してから続行しますのでご心配なく」


「キキョウさん……」


「夕飯を作って来たんです。

 貴方の好きなハンバーグ。

 この精霊とかいうのを消してから、食べさせてあげますね」


 駄目だこの人たち。

 全然僕の話聞いてくれないや。


「ミル、消えろ」


「マス――!」


 言い終える前に、彼女の姿が喪失する。

 スマホの中へ戻ったのだ。


「キキョウさん」


「はい……」


「僕は少し疲れてる。

 今日は寝るね」


「お夕飯は……」


「要らない」


「分かりました……

 失礼します」


 そう言って、リビングから出て行こうとするキキョウさんの背中へ。


「明日の朝貰うよ。

 ごめんね」


「……いえ。

 私の方こそ、ごめんなさい」


 キキョウが玄関から出ていく音がしてから、僕はスマホのアプリを起動する。


 その画面にミルの姿が映った。


「ミル、どうしてあんなことを言ったの?」


『あの方はマスターの強さを阻害しています。

 マスターの本気は、もっと独善的な物です』


 誰かの為に。

 そう言えば、そんな風に考えて戦った事は、前世では無かった気がする。


 確かに、今の僕は昔の僕より弱いな。

 昔なら、もう陰陽師を減らし始めている頃かもしれない。


「でも、それで弱くなったは早計だよ。

 実際、僕は固有術式や魔力操作の観点から、異世界に居た時よりも強くなっている。

 それはミルも分かってるだろ?」


『はい……』


 それに……


「それに僕はね。

 誰かを信じたり、期待したり、背中を預ける事が弱いとは思わない」


 何故なら、僕の知る英雄と呼ばれた者達は皆そうやって戦っていたから。


「憧れるんだ。

 それに、幸せだとも思う。

 僕はこの生活が気に入ってる。

 だから、この生活を維持する為に強くなるんだ」


 勿論、父さんを取り戻すという目標は別にあるけれど。

 この生活を守るという目的だって本物だ。


「それを、弱さだとは思って無いよ。

 もう喧嘩しないでね」


『はい……』


 スマホの中へ戻されると、ミルは借りてきた猫の様に大人しくなった。


 別に、そこまで怒ってる訳じゃないんだけどな。


「だからね、ミルには期待しているよ」


『私は道具ですよ……』


「そうだね、君は道具だ。

 でも、話せて感情を読み取れて、共感できる道具だ。

 だから、期待しても良いだろう?

 誰かに期待されるとポテンシャルが上がる道具は駄目。

 なんてルールは無いんだから」


『マスター。

 私は、マスターがマスターで良かったです』


「僕の一番近くで、僕の力になって貰う。

 それが道具としての、君の役割だ。

 信じてるし、期待してる。

 背中は任せたよ、ミル」


 僕がそう言うと、ミルは一層元気に『お任せください』と返事をする。


 それを聞いて、僕は満足した。


 目を閉じて眠気に意識を預ける。


「明日は一緒に学校だからね」


『はい、楽しみにしています!』


 身体は真面に動かないし。

 魔術は殆ど使えない。

 こんな状態だ、直ぐ仕事はできなさそう。


 暫く普通の中学生として過ごすとしよう。


 でもまさか、学校で事件が起こったりとかしないよね?

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