第26話 二頭四腕


「掌握完了」


 確かに、ミルがそう呟いた。


「この世界の全権限を掌握、完了しました。

 続いて命令をどうぞ」


「はぁ?

 急に現れて何言ってんだこのガキは……」


 淡々とそう言うミルに、池崎は疑問の言葉を口にする。


「池崎さん、この子は僕の娘に近い。

 だから、あんまり悪い言葉は教えないで欲しいな」


「っ……も、申し訳ござる。

 へへっ、お、お嬢ちゃん……?」


 何ござるって。


「この異臭を放つ人間から、犯罪者レベルの不信感を確認しました。

 迎撃しますか?」


「げぇ、やめてくれぇ!」


 僕を盾にして、そう叫ぶ池崎。

 鬱陶しいなこの人。


「ミル、この人は攻撃しなくていいよ」


「了解しました」


 ミルは嘘を吐かない。

 少なくとも、僕には絶対に。

 さっきの掌握が完了したって話も本当だ。


「まずは記憶処理からだね。

 この世界に居る全ての人間の記憶から、僕に関する物を全て削除してくれ」


「畏まりました」


 ミルの目の前に、半透明はウィンドウが顕現する。

 魔力でアクセスするコンソールか。


 僕の持っていた電子機器はスマホ一台。

 それでは、計算能力は足りていない。

 けれど、ミルはこの世界の全てを掌握している。


 それは、この世界を構築している機械の操作権限の全て。

 という事だ。


 どちらの方が計算能力が高い以前の問題。

 僕が知るソフトウェアでは、仕組み上ミルのハッキングを妨害する事はできない。


「削除開始します」


 そう言ってミルの手が、池崎を指す。


「えっ、俺……?」


 その指を僕は自分の手で包む。


「マスター?」


「人を指さすのは行儀が悪いよ。

 それと、この人は例外だ。

 この人の記憶処理は必要ない」


「……申し訳ありません。

 ……畏まりました」


 そう言って、彼女の手がウィンドウの操作に戻る。


「マスターの言動全てを忘れさせますか?

 もしくは、マスターという存在に関する情報の全てを喪失させますか?」


「後者かな。

 僕が言った事ややった事を忘れさせる必要は無いよ。

 ただ、誰がやったかを忘れさせて」


「了解しました。

 マスターの個人情報を特定不可能なレベルまで消去します」


 そのまま、数秒で操作は完了する。


「3名から妨害されました」


 3人、多分あの陰陽師か。

 ミルがやってるのは、この世界をミルの体内と定義しての魔力干渉だ。


 相手も魔力操作が可能なら、失敗するのは仕方ない。


「その3人は放置でいいよ」


 権限を有したからと言って好きになんでも出来る訳じゃない。

 ミルが行っているのは術式範囲の拡大だ。


 要するに、この世界の誰にでも直接術式を撃ち込めるだけ。

 防ぐ手段を持つ相手には効かない。


 まぁそれを考えても、ミルは破格の存在だけど。


「了解しました。

 次の命令をどうぞ」


「じゃあ次は、この世界の元々のマスター権限保有者をここに呼び出して。

 どうせ、こっちの世界には居るんだろ?」


「了解。

 アクセスログを参照。

 アクセスID・0。

 元管理者を召喚」


 ミルが行使する内容を羅列しながら、コンソールの操作を続ける。

 闘技場の中央。

 僕が書いた魔法陣を挟んで向こう側に、その男は現れた。


 誰が何のためにこの世界を構築したのか。


 僕は、この世界の怪異について少しだけ知っている。

 バイトの関係で、その系統の知識は役立つからだ。


 この空間は、巨大な蟲毒の壺である。

 そして、蟲毒によって発生した怪異という文献は確かに存在していた。


「よもや、オレの術式を奪うとはな……」

『理由は知らん。方法は気になる』

「馬鹿め、殺せば関係ない事だろう」

『貴様こそ馬鹿か、殺せば情報を吐かせられぬ』


 2つの頭を持ち。

 4本の腕と足を持つ。

 そんな人間だ。


 右頭部は赤毛の男。

 活発そうな印象を受ける。

 左頭部は青毛の男。

 知性的な印象を受ける。


 両方歳は50以上に見えた。


 半分が黒く染まった白衣を着ている。


 その頭はお互いに会話していた。

 その奇妙たるや、怪異と呼ぶには十分で。

 けれど、それは実在する人間だ。


 シャム双生児。

 そう呼ばれる身体障害。


「それで君はどれくらい妖怪になってるのかな?」


 その顔の上には、僕等と同じカルマポイントが記されている。


「なんじゃ! あのカルマ量は……

 旦那、あんなの化物ですよ!」


 その合計量は9000万を越えている。


「普通なら、魔法なんていう力を持てば暴れたりする物だろ。

 だが現世で、この世界から出て来た人の記録は無かった。

 つまり、誰も出て来てないって事だ。

 お前が全員、食っていたから」


「うるせぇ、気安く喋りかけてんじゃねぇよ」

『このポイントを見てそれが理解できん程馬鹿ではないか』


「僕は正直、貴方の事を尊敬している。

 僕には成せなかった事を成し遂げたから。

 この世界の構築。

 術式へ機械を組み込む事。

 それによって貴方は確かに、超大の呪いを保有している」


「オレを誰だと思ってんだよ」

『然り。貴様の言葉は最もだ』


「でもね。

 憧れと好きは違うって言うよね。

 僕はね、貴方の事を尊敬しているけれど……

 お前の事を、殺したいくらい嫌いなんだ」


「ハハハハハハ、いいなそれ」

『我も貴様に興味があるぞ。

 この魔法陣の内容、見た事が無い』


「早く決着を付けよう。

 僕はそろそろお腹が空いたよ」


「良かろう小僧」

『いいだろう小僧』


 彼等の返答。


 それと同時に、僕は指先に魔力を集中させる。

 人差し指をそれへ向けて。


「魔力弾」


 魔力の弾丸を発射した。


 その弾丸は2発。

 両方の頭。

 眉間の中心を射抜く。

 弾丸は貫通し、2つの頭は血を吹いて倒れた。


「旦那、一発じゃないですかぁ!

 って、こいつ等弱すぎじゃね?

 マジで、めちゃくちゃ強者感出して来てた癖におもろ――」


「池崎さん?

 それ以上近づくと死ぬよ」


「え?」


 池崎が顔だけ振り返って僕を見る。

 その瞬間、倒れた死体から一気に大量の呪力が放出された。


「ぎゃぁぁああああああああ!」


 池崎が両手を上げて驚いて、コロッセオの壁まで逃げ去っていく。


 その昔、人間で蟲毒をやった奴が居た。

 その者は、身体障碍者を集め、同じ部屋に閉じ込めた。


 そして最後に残ったのは、彼と同じシャム双生児だった。


 その者は、最後に残ったシャム双生児の子供を殺し、一体の妖怪を生み出した。


 つまり、最後の一人が死ぬ事が、妖怪へと至る最後のピースって事だ。


「本当はもう少し溜めてからの予定だったのだが。

 しかしこれでも、十分国家級怪異だろう」


 その姿は。

 身に赤い鎧を着。

 四つの手にはそれぞれほこ、錫杖、斧、八角檜杖を持つ。


 さっきと違って、頭は一つになった。

 足も二足に戻っている。

 想定より呪力の貯蔵が少ないからか?


 名を、両面宿儺りょうめんすくな

 呪いの王にして、鬼神。


「……光栄だよ。

 怪異の王に会えるなんて」


「あぁ、儂の命を受けて死ぬ事を許すぞ。

 辺境の魔術師」


 その身体がブレる。

 その身体が迫る。



 ――は?



 もう既に、その鉾が僕の目前へ。


 身体強……


 違う。


 一点結界。


 その薙ぎの延長線に、小さな結界を配置。

 小さいからこそ、力を一点に集中できる。


 僕の操作できる最大魔力で受け止めろ!


 ガキン! と音を立てて結界と鉾がぶつかり、火花を散らす。


「ハッ、割れるぞ」


「分かってるさ!」


 身体強化を腕に回して、頭をガード。


「ぐっ……!」


 僕の身体が空中へ投げ出された。


「魔糸操々!」


 を発動させる。

 身体が吹き飛びながら大量の糸を奴へ向ける。


「脆く、柔く、弱い」


 その糸は確かに触れている。

 なのに、支配術が発動できない。


「貴様は確かに1の魔力で儂の10の呪力を扱おうとしておる。

 が、貴様と儂の差がその程度である筈が無いだろう」


 輝夜の中に居た怪異とは格が違う。

 もしかしたら、僕の中の呪力に及ぶ程の莫大な呪い。

 それに干渉するには、魔力が圧倒的に足りない。


 悪とは言え、間違いなく英雄級の怪異だ。


 宿儺の指が、僕へ向く。

 その指先へ魔力が集約し。

 放たれる。


 魔力弾……?


 魔力結界でそれを弾く。

 けれど、僕がさっき使ったのとは威力の桁が違う。

 一発で僕の結界が割れた。


「それに……魔糸操々だったか?」


 その背より、大量の魔力の糸が溢れて来る。


「マジか……」


 汗が頬を伝う。

 あり得ない。

 とは言い切れないのが、この相手だ。


「これが儂の固有術式・天理王瞰てんりおうかん

 儂は一度見た術式を再現する事ができる。

 故に、貴様がどのような術式を使おうと儂には勝れぬ」


 規格外が過ぎる。

 僕が知ってる固有術式なんて、数種類しかないけど。

 それでも、群を抜いてこの術式は強力だ。


「天敵だな……」


「相性の問題には思えぬが?」


 実力の話じゃないさ。

 僕はずっと、君の様な英雄に負けて来たんだ。


 実力も戦果も、あらゆる結果が僕を勝たせてはくれなかった。


 そのトラウマが邪魔をする。


「セリカちゃんに匹敵する怪物か……」


 初撃で折れた腕を治しながら、奴を見る。

 不敵な笑み。

 不遜な態度。


 何よりも、圧倒的な呪力。


 本当に、なんで僕がこんな奴の相手をしないといけないんだか。


 これ、セリカ以外じゃ相手できないだろ。

 外に出れば、一瞬で日本の危機だ。

 そうなれば、僕の家族にだって危害が及ぶかもしれない。


 ここから出す訳には行かない。


「君さ……

 こんな世界を作って、剰え妖怪になって。

 元々は人なのに、何も感じる所は無いのかい?」


「悲願じゃ……」


「悲願?」


「儂の親は、儂のこの身体を敢えて作った。

 意図的に障害を持って生まれさせたのだ」


「両面宿儺を作る為に?」


「然り。

 じゃが、文献にある方法を試しても儂には呪力が集まらなかった」


 だろうね。

 身体障碍者が呪われていたのは随分と昔の話だ。

 今の日本じゃ生活水準が上がって割合自体が減ってるし。

 そもそも、そんな差別的な思想は薄れゆくある。


 現代、障碍者は呪いの申し子なんかじゃ無くなっている。


 故に昔よりも呪いの蓄積率が悪かった。

 想定される話だ。


「何度も、何度も、何度も何度も何度も。

 嫌と言うほど言われ続けた。

 お前は、呪いの王になる為に生まれた!

 ……のだと」


 その話を聞いて僕は。

 それこそが、何よりの呪いに思えた。


「その両親も既に逝った。

 それでも、儂にはこれしか残って居らぬ。

 儂の生きる意味はこれしか無かった」


 奴は止まっている。

 折角出した糸も揺蕩っているだけ。


 さっきの一合であいつだって分かった筈だ。

 あいつは僕より何倍も強い。


 なのに、僕をさっさと殺さない。


 その理由は、僕に何かを伝えようとしている様に感じた。


「なぁ小僧。

 儂は、両面宿儺に至った。

 怪異と呪いと鬼の王になった。

 なったのだ。

 それで……次は、何をする?

 儂は、何のためにこうなったのだ?」


 強迫観念に近い、洗脳的思想。

 自己で描いたのではなく、誰かに植え付けられた。

 100%他人任せの人生。


 きっと、それは悪い事だ。

 きっと、それは軽蔑される事だ。


 人間なら、大人なら。

 自分で考えて判断して、自分の意思で行動しろ。

 きっとそう言われる。


 けれど、そんなのは環境に恵まれた人間の主張でしかない。

 大人になんかなれない環境で育った人間も存在する。


「壊せば良いのか?

 殺せば良いのか?

 何を? 人を? 国を?

 分からない。分からない。

 儂は、オレは、我は、僕は、私は……

 何をすればいい……?」


「それでも僕は貴方を尊敬しているんだ。

 そんな親元に生まれたのに、何年もかけてこんな世界を実現するプログラムと術式を組み上げた。

 天才という言葉以上に、貴方を表す言葉は無い」


 それでも。

 いいや、貴方程の人物なら気が付いていた筈だ。


 呪いは人間には管理できない。

 人の身で、呪いに耐えられる者等居ない。


 でも、貴方の愚かな親は、それが可能だと妄信した。


 使った事も無い力を、使えると確信した。

 貴方の両親の狂気は、貴方の身体を見れば良く分かる。


 違った生まれ方ならば、英雄になれていたのかもしれない。


 でも、呪いを食って。

 呪いを身に宿して。

 貴方は計算を狂わされた。


 呪いを蓄積する先が自分である必要は無い。

 そもそも生物である必要も無い。


 それでも貴方は自分に呪いを蓄え続けた。

 貴方の両親がそう言ったから。

 貴方の両親はその発想しか無かったから。


 けれど、その自己中心的な思想は貴方の頭脳を阻害した。

 それが非効率だと理解していても、そうしてしまうくらい。


「さぞ」


「さぞ……?」


「辛かっただろうね。

 でも大丈夫。

 僕が貴方を殺す。

 今度は、嫌いだからなんて言わないよ」


 異形に生まれ。

 更なる異形を望まれて。


 それに応える為、必死に研鑚と研究をした。


 でも僕は。

 悲劇的な運命を、幸福に変えて上げられるような。


 そんな英雄的な存在じゃない。


「貴方に対する尊敬で、僕は貴方を殺してあげる」


「儂は最強だ。

 殺す事などできる訳がない」


 その通りだ。

 きっと、貴方は最強だ。

 僕が憧れた高位の術師。


 でも。


 小声で、僕は話す。

 手に持ったスマホに向かって。


「アレを使う」


 短くそう言うと、返事が帰って来た。


「あの術式は未完成です。

 どのような後遺症が残るか不明です。

 使用は推奨されません」


 声の主はミルだ。


「でも、使わなきゃ僕はここで死ぬ。

 それに、決定権は僕にある。

 君は只、僕の命令を聞くだけの存在。

 逆らう事は許してない」


「了解しました」


「何秒持つ?」


「現段階では発動可能時間は13・24秒。

 それ以上の発動は、マスターの身体に耐えきれない損傷を与える可能性が高いかと」


「それでいい」


 そもそもここへは、僕の固有術式のピースを探しに来た。

 それは、つまりミルの事だ。


 ミルの発生には、この世界を形作る魔術と機械のハイブリット言語が使用されている。

 その言語とシステムを貰う為に僕は来た。


 そして、ミルが発生した今。

 理屈上、僕の固有術式の発動に必要なピースは揃っている。


「僕の最強も見せて上げるよ。

 呪いの王様」


 この術式は、君の様な英雄に僕が挑む為の術式なんだから。


「無駄だ。どのような術式を使おうとも。

 見せたであろう、儂の術式を」


「だとしても、僕も研究者の端くれ。

 試しても居ない事を、無駄だと決めつける訳には行かないよ」


「……」


 彼は何も言わなかった。


 でもどこか。

 僕を羨ましそうに見た様な……

 そんな気がした。


『術式起動準備……完了』


 ミルが入っているアプリの更に奥。


 2度の意思確認を終えて。

 起動ボタンをタップする。


 そして僕は、僕の最強の名前を呼ぶ。



「固有術式簡易――栄光夢想ウィッシュ・ブレイブ



 その瞬間、僕の身体を白銀の魔力が包んだ。


『術式稼働時間――残り13秒』

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