第22話 呪い合い


 第一ステージ。

 それは、青い電子回路の様な壁に覆われた空間だった。

 学校の体育館2つ分くらいの広さだろうか。


 床、天上、壁が淡く発光していて視界には困らない。


 壁の一部には電光掲示板があり。


『殺した相手のカルマポイントを奪いカルマポイント1000を溜めて下さい』


 と、書かれている。


 その中心に、僕が現れた形だ。


 周りの反応は二種類。

 壁に張り付き、怯えた人々。

 女性の方がかなり多い。

 彼等の表情はどこまでも暗い。

 まるで、心が壊れているか折れている様に。


 そして、中央で武器の山を守る者達。


「ッチ、男かよ」


「しかも中坊にしか見えねぇぜ」


 僕を見て、中央を占拠していた彼等内の2人がそう言った。


 そのグループの人数は30人程。


 この場に居る誰もが、頭上に赤い数字を持っていた。

 壁際の殆どは30以下の数値。


 けれど、中央の彼等の数値は皆三桁を越えている。


 これは、カルマポイントを可視化してるのか。


「でも見ろよこいつのカルマ」


「999って、バグかなんかか……?」


 その30人の中から、一人の男が人を掻き分けて現れる。

 タンクトップにミリタリー風のズボンをはいた男。


 褐色の筋肉を見せびらかす様な恰好で、ドレッドヘア。


「お前、何やってここに来た?」


 男は、スーツを着た別の男の頭を握り、身体を引きずっている。


 僕へ話終えると同時に、スーツの男の頭蓋が割れた。

 スーツの男が死に、身体が消えていく。

 カルマポイントが移動した。


 その様子を僕は無視して、少し大きな声で宣言する。


「僕は、貴方たちを解放しに来た。

 心配しなくていい。

 あと数時間程で問題は解決する。

 元の世界に戻れるから」


 僕の声を聞いて、壁際に居た人たちの顔が少しだけ上がった。


「はぁ?」


 男は、怒気を孕んだ声を僕へ向ける。


「それで、僕は早く次のラウンドへ進まないといけないんだけど。

 ここの人間全員救うために、犠牲になってくれる人。

 居るかな?」


 後1ポイントでいいんだけどなぁ。


「何新人が、デケェ顔してんだ?」


 僕の前までやって来て、その男は近距離でそう話す。

 口臭が移るからやめてほしんだけど。


 男のカルマポイントは544。

 僕を覗けば、彼が部屋の中では一番ポイントが高い。


「俺等はな、第二ラウンドで有利になる為に、同時に次のラウンドに行くって作戦があるんだ」


「はぁ……そうなんだ……」


「だから、お前みてぇなポイントの奴はまだ殺せねぇ」


「うん、それで?」


「だがよぉ、ボコる位なら別にポイントは変動しねぇんだぜ?」


「あぁだから、君が犠牲になってくれるって訳か」


「んな事言ってねぇだろうが!

 ラリってんのかクソガキ!」


 男が拳を振り上げて、僕の顔を思いっきり殴りつける。


 けれど、僕の身体は微動だにしなかった。


「は?」


 身体強化も使えない一般人の腕力なんて、術師にとっては無力に等しい。


 この第一ラウンドの目的。

 それは、殺せる側の人間を選別する為。

 もしくは、殺せる人間を作る為の場所だ。


 ここに来る条件は復讐代行のサイトに名前を入れられる事だ。


 でもそもそも、呪われてたって全員が悪人って訳じゃない。

 今や死刑囚より、たった一つの失言をした芸能人の方が、呪われる量は多いのだから。


 ここにだって、勘違いされただけの善人は居る筈だ。

 それを、無作為に殺してポイントを稼ぐ。

 無用ならば、そんな事はできればやりたくない。


 ここで、殺した人間は十中八九死ぬ。

 失踪してるんだから、本物の身体も消えている。


 それに、呪いを移動させるなんて行為は、並大抵の方法じゃ無理だ。


 それも、非術師にそんな事を行わさせるなら。

 うん。『死ぬ』程度の条件は当然だろう。


「お前、なんなんだよ!

 クソ、武器を寄こせ!」


「は、はい!」


 そう言って受け取った金属バットを僕へ叩きつける。


「なんで、効かねぇ……!?」


 僕は、そんな男へ感謝を述べる。


「ありがとう。

 皆の為に犠牲になってくれて」


「アッ……」


 男が藻掻く。

 男が首を押さえる。

 黒目が昇り、瞳が白く染まる。


 その手が、僕の胸倉を掴んで、弱々しく落ちた。


 男が、消える。


「それじゃあ皆、少しだけ待っててね。

 この世界はもう少しで終わる。

 ただ、世界が終わっても貴方方の罪が洗われる訳じゃないから。

 もし、少しでも自責の念があるのなら……社会にそれを洗う機能があるんだから、戻った世界ではお早めにそれを洗濯して置く事をお勧めするよ」


 僕の様に、ならないように。


 僕のポイントが1000を越えたのだろう。

 僕の身体が消えていく。


「あ、それと一応安全確保のため。

 彼らは無力化しておくね」


 僕が見たのは、今死んだ男と同じ武器の山の大将。


 武器は元々あった物だと思う。

 近接武器に限られるけど、日本刀とかもあるし。


 だから、部屋の武器を全て確保して。

 自分達をこの部屋の長だと叫ぶ。

 そんな彼等は、武器が効かなければただの人だ。


「ま、待ってくれ!

 あんたが大将でいいから!」


 そう言って命乞いをする者。


「死ねやオラ!」


 そう言って、僕へ攻撃を試みる者。


「ヒィ!」


 逃走する者。


 もう僕は、全員に糸を繋げている。

 風属性の支配術。

 彼等の呼吸器系に空気が入らない様にする術式。

 肺の気体も操って、外に出ていく様にする。


 気絶までは長くても数十秒。

 そのまま少しすれば死に至る。


 僕の身体が消える前に、全員気絶させた。

 殺しはしない。

 彼等が目覚める前に終わらせる予定だ。


「彼等を縛り上げるなりして拘束して置いて。

 あぁ、変な気は起こさない様に。

 どうせ、この世界はもう数時間で終わるから」


 壁際で怯える人達の何人かが、僕を見て何度か頷く。


 僕は、第二ラウンドへ転送された。




 ◆



 保有ポイントは1543。


 移動すると、今度は森の中だった。

 ほんと、なんでもありだな。


『第一ラウンドクリア。

 おめでとうございます』


 声の聞こえた方。

 足元を見ると、おかめの顔があった。


「随分小さくなったね」


『貴方には魔法が与えられます』


「魔法ね……」


『召喚、操作、強化の中から自分に適した概念を一つ選択してください』


 僕の言い方と違うけど。

 多分、召喚術、支配術、制御術の事かな。


 呪力運用も、基本的な役割は魔力と変わらない。

 多分、1000以上っていうのが呪術という現象を発生させられる一つのラインになっているのだろう。


「まぁ、要らないよ」


 そんな得体のしれない力は使う気は無い。

 僕は僕の術式で戦う。


『拒否した場合、簡易結界が即座に解除されます。

 他プレイヤーから攻撃されますが、よろしいですか?』


 確かに、ここには結界が張られている。

 これは、僕が術式を得るまでのチュートリアル時間って事なんだろう。

 その間は無敵って訳だ。


 でも、こっちからも攻撃できないなら意味ないね。


「あぁ、僕は魔法は要らない」


 再度、そう僕が呟いた瞬間。


「炎魔剛球!」


 木々の上から、そんな声が響いた。


 そして、少し遅れて火の球が迫って来た。


 奇襲で叫んじゃ駄目じゃない?


「ほいっと」


 火の球を足でトラップして、リフティングする。


 身体強化と支配術の組み合わせだ。


「はぁ!?

 なんじゃそりゃ!」


 めちゃくちゃ反応の良い相手だな。


「ねぇ、これを君に返す事もできるんだけど。

 さっさと降りて来る気はある?」


「ば、馬鹿め!

 俺の居場所が分からないって事は分かってるぞ!」


 まぁ、声だけじゃ特定まではできないけど……


「投射角で分かるでしょ」


 少し高く火球を跳ねさせ、落ちて来た所をシュートする。

 それは、一本の木の幹に命中。

 大木を丸く抉った。


 その木が、自重を支えきれず倒れ始める。


「お、お前ぇぇぇ!

 めちゃくちゃするんじゃねぇぇぇぇ!!」


 そう言って、おっさんが降って来た。


 魔糸操々で、それをキャッチして逆さ吊りにする。


「で、君は誰なのかな?」


「俺は、人呼んで新人狩りの池崎だ」


「それ、誰に呼ばれるの」


「自称だ」


 人呼んでないじゃん。


「あぁ……そうなんだ」


 ボロい服の汚いおっさん。


「外では何してた人?」


「ホームレスだ」


「なんで、ここに来たの?

 復讐代行サイトに書き込まれる様な事したんでしょ?」


「復讐代行……?

 いや、まぁそりゃ人に全く恨まれた事ねぇとは言えねぇ人生だが。

 あ、そういや俺に500円くれたガキ共がそんな事言ってたな」


「どういう風に?」


「そのサイトの実験に使うとか言って、色々聞かれたぞ。

 個人情報を赤裸々に」


「それで喋ったの?」


「だって、500円くれたし……」


 バカだ……

 何が『だって』だ。


「因みに、ここへ来た時の初期ポイントは?」


「8ポイント」


 ……罪人でもないただの一般人レベルだ。

 普通に生きてれば貰う位の呪力量だよ。


「でも、第一ラウンドでは人を殺したんだよね」


「あぁ……『お前で丁度千ポイントだぜ!』とか言って殺しに来た奴の武器がすっぽ抜けて、それを奪って殺し返してやったんだ。

 どうだ、すげぇだろ?」


 凄い……?

 まぁ、凄いのか?

 悪運が。


「第二ラウンドに来てからどれくらい?」


 この人のポイントは1000ジャストだ。

 新人狩りにしては、まだ誰も殺してないっぽい。


「3カ月くらいだな」


「ベテランじゃん……」


 このサイトがいつからあるのか知らないけど。


「なんで、新人狩り成功してないの?」


「あぁまぁなんだ……イザやるってなるとなんかなーってなっちまって、大体その間に逃げられてんだよ。

 大悪党とかだとやりやすいんだろうが、そういう奴に挑むのは怖ぇし」


 小心者で、善人としての感覚もある。

 悪行にそれなりの嫌悪感も持っているが、絶対に手を染められないと言うほどの強靭な精神も持っていない。


「……うん、じゃあ貴方でいいか」


「あ、なにが?」


「道案内と、ここの情報を教えて。

 そうしてくれたら殺さないから」


「だ、旦那~

 そりゃ勿論、協力させて頂くに決まってるじゃないですかぁ~」


 中学生にゴマ摩って恥ずかしく無いんだろうか。


「じゃあ、大まかにでいいからこのラウンドの事を教えて」


「お安い御用だ。

 まず、参加者は大きく4種類の人間が居る。

 三大勢力は『才遠組さいおんぐみ』『陰陽会おんみょうかい』『レギオン』のどれかに所属してる奴と、俺みたいに何処にも所属してねぇ一匹オオカミ共。

 ここには、その4つの勢力しかねぇ。

 それで、詳しく話すとだな…………」


 と、池崎の話は続く。


 調子のいいおじさん。

 それが、池崎への第一印象だった。

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