第19話 森の子供


「魔糸操々!」


「血糸操々!」


 僕等は同時に叫ぶ。


 吐き出された白と赤の糸が木の枝に巻き付き、僕等の身体が地面に叩きつけられるのを防ぐ。


「「大丈夫?」」


「ですか?」


 お互い見合うと、お互いのお腹の辺りに赤と白の糸が巻き付いていた。

 2人が2人を助けようとしたらしい。


「ふふ」


「はは」


 笑い合って、僕等は地面に着地する。


「一見ただの山林ですけど、本当に何か居るんですかね?」


「あぁ、間違いなく居るね」


 魔力感知を広域に広げれば分かる。

 この山の麓にある堺より、山側と外側で空気中の魔力の濃度が段違いだ。

 山の方が魔力が濃い。


 自然現象って事は無いだろう。

 何故なら、魔力が外に逃げて行かないような工作が。


「結界が張られてる」


 僕が呟くと同時に、森の木々が不自然に音を立てた。

 そこから小さな人影が幾つか飛び出してくる。


「――ッ!」


 出したままにしていて良かった。

 魔力の糸で、飛び出して来た彼等を拘束する。


「……子供?」


 それは人間の子供だった。

 それも、あの時の輝夜にかなり近い状態。


「この山の怪異に支配されてるっぽいね」


 糸に絡め捕られても、子供たちは僕等に手を伸ばし襲おうとしてる。

 ゾンビ映画みたいだ。


睡眠スリープ


「どうするんですか、この子供達」


「連れて行く訳には行かないから、少し寝てて貰うよ。

 怪異を倒してからもう一度戻って来よう」


 そう言いながら、僕はスマホを出す。

 通知が鳴ったから見ると、セリカちゃんからメールが来ていた。

 この依頼の詳細だ。

 先に教えて置いてくれよ。



 依頼内容。

 行方不明の子供の捜索、救助。

 その原因と思われる怪異の討伐。


 概要。

 山の麓の街で児童の失踪事件が相次いで起こっている。

 調査の結果、山の中に怪異が住み着いている事が分かった。

 怪異がその犯人の可能性が高い。


 特記事項。

 先遣した国家所属三級魔術師3名、次に向かった陰陽師12名。

 何れも山の中で行方不明になっている。

 死亡した可能性と、怪異の能力の高さが考慮される。


 一言アドバイス。

「別にない、頑張って」


 依頼難易度。

 B+。



 アドバイス無いなら書かなくて良くない?

 メールの内容を読みながら、大体の内容を把握する。


「私にもメールが来ました。

 修さんは何か分かりましたか?」


「まぁ、大体?」


 怪異と呼ばれる者達の狙いは大体同じだ。

 それは、自分の呪力を増やす事。


 子供を攫うって事は、狙いは魔力の可能性が高い。

 人間は無意識化で精神をプロテクトしている。


 例えば、僕の睡眠スリープとかも、魔力操作が稚拙な術師なら一般人相手にも成功させるのは難しい。


 魔力は精神に保管される物だ。

 故に未熟な子供の方が魔力を抜きやすい。


 魔力と呪力は変換可能。


 結論としては、子供を攫ってその魔力を己の呪力として吸収している。

 それが、最も考えられるパターンだ。


「なるほど」


 説明するとキキョウは顎に手を当てて納得していた。


「ですが、子供をけしかけて来たのはどうしてですか?」


「こっちの戦力を把握したいんでしょ。

 子供を攫って、魔力を吸収する。

 しかも、その子供を殺してない。

 って事は、継続的な養分にしてるって事。

 結構、頭ができて来てる怪異だね」


 フルルと同じ、上級の悪霊だ。


「もう一つ分かりません」


「何?」


「子供を嗾けても、こうして捉えられたら偵察にならないんじゃ?

 それとも、別の子供がまだ監視してるんですか?」


「いや、操ってるこの子達自身の視界を乗っ取ってるんだ」


 僕は、子供を見て、聞いてみる。


「――だよね?」


 僕が見た子供の額を汗が流れる。

 眠ってるのにその反応は、ほぼ解答だろ。


 それに、喋ってる間に逆探知は完了した。


「行こうか」


「何処へ?」


 山頂へ向かって歩いていく。


「さっきセリカちゃんにメールして聞いたんだけど」


「はい」


「攫われた子供って全部で200人くらいいるんだって」


 怪異に操れていようが、人間は放っておけば餓死する。

 怪異だってそれは困るだろう。

 だから、その人数が収容可能で食事が取れる場所を根城にしている筈だ。


「そんな人数が入りそうな場所をね、衛星カメラで調べたんだけど」


 身体強化術式を使って移動速度を上げ、糸の術式を使って機動力をさらに上げる。

 到達に要した時間は10分と20秒。


「ここは……」


「昔のお寺の跡があった」


 まぁ、隙間風とか凄いだろうけど、山の獣に襲われる可能性はかなり低いし、拠点として分かり易い。


 子供達を纏めて生活させるには都合の良い場所だろう。


「また結界ですか?」


 今度は魔力に干渉するだけじゃない、物理的な効果のある防壁だ。

 それが、寺を覆う様に展開されている。


「私が破りましょうか?

 魔力を使いたくないでしょう?」


「いや、僕がやった方が多分早い」


 それに、こんな物を壊すのに魔力は大して使わない。


 結界に触れる。

 同時に、結界が砕け散った。


「なんかもう、出番ないんですけど……」


 支配術で干渉し、結界を僕の物にした。

 そして、解除しただけ。


「戦闘は任せるよ」


 そう呟くのと同時に、寺の中から誰かが現れる。


「た、助けてくだされぇぇ!」


 皺の多い老婆。

 白い装束を纏い、それは僕等の前で縋る様に頭を下げる。


「妖怪が、妖怪が寺にぃ!」


「攫われたのは子供だけじゃ無かったんですか……」


 そう言って、キキョウがその老婆に近づく。


「あっ」


 僕が呟くと同時に、老婆の面だけが消える。

 まるでそれは「のっぺらぼう」だ。


「ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!!!」


 その手が鎌の様に変質し、キキョウの身体を下から上へ切り上げた。


 ていうか、どうやって喋ってんだろ。


「身体変化系の制御術式か」


 まぁ、普通の使い方だな。


 キキョウの身体が、パタリと倒れ。

 老婆の笑い声が木霊する。


「キキョウちゃん、早く帰るよ」


「なぁにいっておるぅぅ……

 そこの女はもう殺したぞぉぉぉ!?」


 そう言った老婆の後ろから、影が立ち上がる。



 ――赤い眼光が、僕を見た。



 いや、僕を見ないでよ。


「なっ……

 んじゃと……」


 老婆の身体に弾丸が撃ち込まれる。

 その着弾点から、薔薇の花弁の様な血の槍が四方八方へ飛び出す。


 彼女の生成する魔弾。

 薔薇腹弾。


「なんで、教えてくれなかったんですか?」


「教える前に近づいたんじゃん」


「何故ぇ……生きておるぅ……?」


 君もね。


 串刺し状態ののっぺらぼうが、キキョウへ振り向きそう聞いた。


「私、吸血鬼の眷属なので」


 キキョウの再生能力は確かにセリカちゃんには及ばない。


 だがそれでも、あの程度の致命傷なら、動ける程度まで回復するのは一瞬だ。


「くぅ、じゃがここに子供を連れて来たのは失敗じゃぞぞぞ」


 袖から、何か笛の様な物が出て来る。

 無理矢理身体を動かす。


 それを、いつの間にか生成されていた口へ付けた。


 解析してるけど、良く分からない。

 魔力干渉系の魔道具?

 笛だから、吹く訳だよな。


 いや違う。

 こいつは子供から魔力を集めてたんだ。

 なら、これは笛じゃ無くて。


「吸引機か」


「もう遅ぉい!」


 僕の魔力へ干渉してきている。

 しかも、魔力操作によるプロテクトを貫通してる。

 これは、僕じゃ防げない。


「修さん!?」


 キキョウさんは別に食らってない。

 効果範囲を年齢で限定する事で、干渉力を上げてるのか。


「プフゥ……」


 と、笛が鳴る。


 その瞬間。



 パン!



 と、のっぺらぼうの身体が風船のように、破裂する。


 怪異討伐。除霊成功。任務達成だ。


「あ、なんかごめんね」


「え……?」


「多分僕の呪いを吸い取ろうとしたんだ。

 けど、ホラ僕の呪いって、そこら辺の妖怪が吸い取れる量じゃないから」


「あぁ……」


 塩も砂糖も胡椒でも、摂取し過ぎればただの毒だ。

 妖怪にとっての呪力もそれに似ている。


 少しづつ、慣らして行く必要があるのだ。

 でも、僕のはちょっと量が多すぎたみたい。


 山を覆っていた結界も解除されている。

 本当に死んだらしい。


「子供達を街まで連れて行って、僕らも帰ろうか」


「……そうですね。

 なにか、不完全燃焼感が凄いですが」


「まぁ、早く終わったからいいじゃん」


 そんな会話をしながら、寺の中に居た子供達を街まで連れて行った。

 何気にこの仕事が一番時間がかかった。


 そして、あの妖怪が持っていたこの笛だ。


 吸引する事で音が鳴る面白い構造をしていて、更に子供の呪力と魔力を吸収する特性を持っている。


 この世界の伝承上で思いつくとしたら。


 『ハーメルンの笛吹き男』の笛かな。


 でも、なんでそんな物をこいつが持ってたんだろ。


「まぁ、貰っとくけど」


 懐にそれを仕舞って、今日の仕事は終わった。


「研究室行きますか?」


「いや、宿題しないといけないからムリかも」


 子供たちを送り終えた頃には、空は暗くなり掛けている。


「そんなぁ……」


「やる気があるのは良い事だけど、また明日だね」


 そう言いながら、僕は転移術式を発動させた。

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