第17話 子供卒業
僕の横腹が蹴り上げられる。
浮いた上半身が殴打され、吹き飛んだ。
服が砂に塗れ、僕は転がる。
「そう言えば、君と初めて会ったのもここだったね」
セリカが自身の手首を切り割き、流れ出た血液をキキョウの傷口に垂らしていた。
キキョウの傷が一瞬で完治する。
凄いな。
五臓六腑
「それで、僕の愛しの助手君を押し倒した挙句ボロボロにしてくれた理由を聞かせて貰おうか?」
笑みを浮かべて、怪物は僕を見る。
セリカとキキョウに初めて出会った海岸。
人避けの結界が張られ、魚人の死体が所々に転がっている。
「仕事中だったみだいね」
「いいや、とっくに終わった」
何が、自分とキキョウだけじゃ負けるかも、だ。
一人で余裕じゃ無いか。
「篠乃宮さん、彼は……」
「分かってるよキキョウちゃん。
だから、あれを渡してたんだし」
「呪いに気が付いていたんですか?」
傷が塞がり立ち上がったキキョウが、首を傾げて問いかける。
「事務所に来た時にね。
あの時の殺気には呪いが入ってたから」
その言葉に僕は感謝を述べる。
「心配してくれてありがとう」
「君が暴れたら、確実に私案件だからね。
だから、先に手を打っていただけだよ」
「もう一度、頼ってもいいかな?」
「子供の頼みだしね。
大人は無償で聞く物だ」
「子供か……」
一応、35になるんだけどね。
「私、700歳くらいだから。
三十路程度で大人ぶらないの。
このマジカルキッズ」
「知ってたんだ」
「当たってたんだ」
「はぁ……
なんていうか、やり難いな」
「あぁ、良く言われるよ」
咥えた煙草を地面に捨てて、踏みつける。
その目が赤く染まり、纏められていた赤い髪がバサリと降りる。
「それで、
「僕を止めて欲しい」
「うん、分かった。
もういいよ、身体を抑制しなくても。
君は、自分の呪いを再封印する事だけに集中しなよ」
「大丈夫?」
「あぁ、大丈夫だ」
安心感を与える様に。
堂々とした声色で、彼女は僕にそう言う。
何というか、少しだけかっこいい。
僕は、自制を解く。
身体能力の全てを呪いに明け渡す。
同時に、魔力操作の権限を呪いが得た。
僕の中に眠る、数千数万の殺された人間とその遺族の遺恨の念。
いつ振りだろうか。
これを、抑えなくて済む時間は。
余裕があって心地が良い。
でも、これに身を任せる訳にも、甘んじる訳にも行かない。
これを持って、これを抑え込み続ける。
それが、殺した者としての僕の責任だ。
「――ァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
絶叫が轟く。
僕の喉から出ているとは思えない、大絶叫。
同時に呪力は術式に変化する。
呪力を使って術式を使う僕に、魔力量の制限は存在しない。
鍛えた魔力操作に加えて、圧倒的なリソース量。
前世なら、きっと英雄級の実力だ。
でもそこには理性も知性も、感情もない。
ただ、荒れ狂い暴れ回るだけの怪物だ。
輝夜なんか比較にならない位の、大量の呪力が一気に僕の身体から放出される。
カースアーマー。
術式というよりは、純粋な呪力によるバリアだ。
魔物相手には、これを削り切らないと勝てない。
僕は魔物じゃ無いけれど。
今の状態は、殆ど魔物と変わらない。
「
呟くと同時に、セリカの指先が僕を向く。
「レッドバレット」
指先から血が溢れ、小さな玉となって大量に溢れる。
浮遊するそれは、数十個ほど溜まった所で。
「バーン」
セリカの声と同時に放たれた。
だが、それは全てカースアーマーに阻まれる。
「硬ったいなぁ……
掌から溢れた血が、剣の形を為す。
それを逆手に持ち、一気に僕へ向けて。
「おぉらっ!」
投げる。
それは、僕の心臓へぶっ刺さった。
「お、クリティカルだね」
でも。
「――アアアアアアアアアアアアアア」
絶叫は止まらない。
呪力が体内の傷を即座に再生させる。
心臓を貫かれても、僕は死なないらしい。
「でも、回復には結構な呪力を使ってる筈。
このまま削ってれば良い訳だ。
思ったより簡単そうだね」
唇をペロリと舐めて、セリカの背に翼が現れる。
少しだけ浮遊し、両手を広げる。
「ブラッドソード・
空を覆う様な数多の血の剣が出現する。
あれは召喚術式だ。
でも、あり得ない位消費魔力が少ない。
吸血鬼の属性適性か。
羨ましい力だよ。
でも今は応援する。
「いっけ」
百本の剣が、僕を目掛けて射出される。
今の僕に知能と呼べる物は蟲程度にしか備わって居ない。
だから、酷く単純な方法で、それを迎撃しようとする。
身体強化。
呪剣召喚。
飛来する赤い剣を、招来した黒い剣で撃ち払う。
剣術も何も無い、身体能力に任せた迎撃。
それでも受け切ってしまうのは、圧倒的な呪力量が成せる技なのだろう。
「でも」
でも。
それは、僕には似合わない。
「それは、君には似合わない。
君の強さは卓越した魔力操作。
そして、使用可能な術式の豊富さ。
そこから派生する、戦闘内容を分析した変幻自在だ。
力技は君には似合わないし、さして強くもない」
赤い剣に紛れて、本体は上から飛来していた。
「アァ……!!」
僕が気づき、上に視線を向けて、呪いの剣で薙ぎ払う。
それは確かにセリカの首を捉えたけれど。
「私は首が飛んだ位で死なない」
首無しの吸血鬼が、手に持った赤い剣で僕の首を飛ばす。
両者の首だけが、お互いを見て。
僕は驚き、セリカは笑う。
「ペアルック的な?」
「アァ……?」
僕の良く分からない返事に溜息を付きながら、彼女の身体が動く。
「ちぇ」
首を刎ねられて、驚いている僕にはその対応はできなかった。
いや、情報を認識する眼を断ち切られて、そんな視点の状態で真面に戦うにはそれなりの慣れが必要だ。
逆に言えば、篠乃宮セリカはこの状況に慣れているように見えた。
僕の両手両足が斬り飛ばされ、最後に心臓を貫かれる。
剣を放した手で、セリカちゃんは自分の首を拾い、大きく飛び退いた。
僕はまた、再生を始める。
「これでも死なないか。
私並みの不死性だね。
でも、結構削れたんじゃない?」
うん、かなりいい感じで呪力が疲労している。
このまま行けば、後数回殺されれば、僕の制御能力が追いつく。
「ていうか君、なんで暴走したの?」
顔位は、もう乗っ取れそうだ。
「もしかして、家族に何かあった?」
吸血鬼の直観力なのだろうか。
彼女は僕の状態を見事に当てて来る。
「その表情を見ると、アタリっぽいね。
で、それは私の依頼のせいっぽい」
「違うさ。
僕がミスをしたんだ」
「いや、私もあの式典で使われる結界を過信してた。
あの世界に、非術師が入れる訳無いって」
その通りだよ。
そして、だから僕はまだ。
「君が気が付いてない訳ないか」
「……」
「君の家族を巻き込んだ術師が居る。
あの式典に参加していた誰かだ。
君の家族を巻き込み、君から……」
僕から、何かを盗もうとした。
そして、それは父さんの言動から明らかだ。
「魔術の極意」
異世界の知識。
それが、敵の狙いだ。
「を、奪う為に」
だとすれば、僕はまだ死ねない。
「君の家族はこれから先、もっと不幸になるだろう。
君が巻き込んだ、君の問題だ。
それを残して、君は死ねないよね」
それでも、死んでしまいたかったよ。
その重圧と責任と、やってしまった感は、僕には荷が重かった。
でも。
キキョウが教えてくれた。
まだ何も、終わってないって。
だから、僕はセリカの問いにちゃんと答えを持っている。
「うん、僕はまだ死ねない」
僕の家族は僕が守る。
そして、父さんを利用した奴は。
必ず殺す。
転生したって、早々人は変わらない。
なんて、言い訳だ。
人なんて、どれだけ簡単な理由でも、いつだろうと。
――変われるんだから。
「君をバイトじゃなく、正式にスカウトする」
きっとそれは、罪悪感から出た言葉。
僕という人間に少しは好意を感じてくれているから出る言葉。
策謀でも、作戦でも、誘惑でも、罠でもない。
でもきっと、あそこに参加していなくても。
この海岸で君と出会わなくても。
僕はいつか、きっと同じ過ちを犯していた。
僕に足りなかったのは、覚悟だ。
僕の全ての能力を使って、誰に否定されようとも必ず目的を成し遂げ、大切な人を護るという覚悟だったんだ。
「そのスカウト、受けるよ」
父さんの居場所。
父さんを誑かした奴。
それを見つける為に。
そして、僕の大切な物をあらゆる敵意から守る為に。
「じゃあ、最初の仕事だよ。
さっさと呪いに打ち勝ってくれるかな」
「――僕、今度はちゃんと頑張るよ」
宣言する僕の目前に、夜天に輝く赤い星々が降り注ぐ。
誰もが絶望視するその光景。
けれど僕には、それは希望の炎に見えた。
これが、僕の小学生最後の仕事。
来月から、僕は中学生になる。
そして、怪異探偵の助手として正式な仕事が始まる。
◆
同日、夜。
和風建築の家の玄関先。
そこに、赤いスーツの男が立っていた。
男がチャイムを鳴らそうと指を伸ばす。
けれど、指が届く前にその門は開いた。
「よく、お越しくださいました。
天羽徹様」
長い黒髪に和服の女。
衣服も黒を基調に、菊の花が編まれている。
雰囲気は異質。
魔女の様にも思える魅力と不気味さを兼ね備えた女性。
「貴方の言った通りだった。
家族は既に、術中に落ちていました」
「でしょうね。
あの者は、この世の理の外からの来訪者。
異界よりの転生者ですから」
「はい、あいつは怪物です」
「彼の知識や技術はこの世界には無い物。
それを持つ彼は、この世界にとっては異質な化物です」
女は男へ歩み寄り、そのネクタイを正す。
「これは……」
「お気になさらず。
私がこうしたいだけですから」
整えながらそう言う女の視線が男を貫く。
不気味で、けれどそれが魅惑的で。
「しかし、彼の異常に対抗するには、こちらも彼と同じ力を知る必要があります。
それで、お願いした物は?」
「えぇ、貴方に言われた通り。
息子……修から魔術に関しての技術を習ってきました」
息子という言葉に反応する様に、女の眉がピクリと動く。
「……それは良かった。
これで、こちらにも打てる手ができるという物です。
しかし、さぞお辛かったことでしょう。
自分の息子に取り憑いた悪魔に教えを乞うというのは」
女の言葉に、男は少し視線を逸らして答える。
「えぇ、まぁ……」
その仕草を女は見逃さない。
「きちんと理解して下さい。
見た目は同じでも、あれは怪物。
貴方の息子でもなんでもない」
「あ、あぁ……勿論それは、分かっています」
「本当に?」
訝し気に女は男を見る。
その瞳は、まるで男の心を覗く様に。
「復唱して下さい」
「……見た目は同じでも、あれは怪物。
私の息子でもなんでも、ない……」
「……ありがとうございます。
酷な事をさせて申し訳ありません。
ですがこれも、貴方の為なのです」
そう言って、女は男へ身体を寄せた。
男の頭には、残して来た褄の顔が過る。
男は女を抱き締める事は無かった。
が、突き放す事も無かった。
2人は、屋敷の中へ入っていく。
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