第334話 交代Θあれ?


審判なのに疲れたので休む。


審判ってもっと歩き回るだけで良いと思ってたけど、結構走り回ることになった。


亜人たちの無尽蔵の体力。かつ大人たちも参加してきて一つの騒動になってしまった。…………決して運動不足じゃないと思いたい。


ドゥッガに審判を引き継いだ。怪我がないようにしてもらった。



「こらそこ!ゴム玉を身体に包んで鳥人に運んでもらおうとするな!」


「腕に触れてないでーす!」


「そのまま蹴り飛ばされたら大怪我するぞ!怪我につながるようなことすんな!」


「はーい!」


「次から『ごーる』の前で蹴り込みになるからな!」


「「「はーい!」」」



ドゥッガの言うことにも素直に聞くようだ。


参加者もルールをわからずに参加するものだから、「腕さえ使わなければ良いんだろう」とかでタックルで倒そうとしたり、止めようとして服や尻尾、腕なんかを掴んだりする。果てはボールを手で取ってルールを思い出して固まっていたりと……反則もあった。


反則行為を行ったらペナルティは1対1でゴール前でPK。反則者は退場でコート外から見ている。……何やら本人たちは飛び交うボールを目で追ってソワソワしているな。


彼らは初めこそ反省の色は見えなかったが、段々と見物人が増えてきて「反則をした」という部分からヒソヒソ言われて……シュンとすることとなった。



尻尾なんか感情がわかりやすい種族が多いため、なんだかちょっと面白い。



反則による退場が増えてきたが、その分参加者もそこかしこから現れて人数は減るどころか増えていく。識別は青を使うのは恐れ多いとかで目立つ赤と黄色の布を巻きはじめたようでわかりやすくなった。


途中まで相手チームにパス出してたりしてたからね。



しかし、なんかいいな……こういうの。



戦争や喧嘩みたいな不安な状況でもなくて、こうやって遊戯に白熱できる。


生活に余裕がなければ、食べ物やお金の心配をして……こうやって遊びには参加できないだろう。


そのうちいつの間にかヴァンディアズルやパル……パルケ……パルも、ディーンにスーリさんのようなコロシアムの優勝者も領民に呼ばれてきて、更にサッカーは異次元となってきた。


身体能力の高い有名人といえばコロシアムの参加者で、何かどんどん凶悪なシュートになってきた。


子供も素早い子は生き残っていたが、リタイアというか仕方無しに交代していっている。


スーリさんはボールをキープする能力が抜群にうまく、人をすり抜けるようにゴールを決めていく。


ディーンは足でボールを蹴るのは苦手なのか、凄まじいシュートはするものの狙いは外れて全く別の方向に飛んでいく。



「交代だ!手を使いてぇ!」


「よっし!俺も前に出て走るからな!任せた!」


「任せろっ!!」



ちょっと面白いことも起きた。


コロシアムでの対戦で敵同士だった二組がそれぞれのチームにいて、ディーンとパル。そしてスーリとヴァンディアズルの対戦が数回起きた。


ディーンはヴァンディアズルと同じチームで、パルとスーリさんが同じチーム。


ディーンがキーパーになるとパルもキーパーになり、お互いの巨体でゴールが一段と狭くなったように感じる。


二人はボールの防御率は凄まじく、そして掴んだボールを……あろうことか全力で遠投して、相手ゴールに直接投げ込むというとんでもないことをやろうとした。


まぁでも双方のチームには身体能力の高い選手も多くいる。他の参加者にもコロシアムでの常連や優勝経験者、それにうちの兵が呼ばれて……とんでも身体能力者が揃っている。両方投げ込みによるゴールはうまくは行かなかったが、それでもかなり惜しかった。


ヴァンディアズルは素早くボールをカットし、シュートを決めていく。


スーリさんは一度ボールをキープするとゴール前まで奪われること無く進む。ゴールまで行くと別の人に任せていた。


二人は何度もボールを奪い合って……地面の凹みやボールの問題か起きるイレギュラーなバウンドを追いかけ合っていた。


最早この時点で子供は全員退避していた。




❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖




決着はボールの破損で終わった。


ゴムをなにかの芯材に巻き付けて丸くしただけのおもちゃ。空気入りのボールに比べると重くて頑丈そうだったのだけど……誰かが蹴った瞬間にいびつに割れてしまった。


そこで試合終了。



「あー疲れたぁ……たくっ、こっちの身にもなれってんだ」


「お疲れ様です」



ドゥッガは大声で叫びまわっていたし、かなりの運動量になっただろう。



――――……あ。



「皆さんお疲れ様です!これはこういう遊戯です!えー……参加者はこの遊戯の規則を知らずに参加していたはずなので!反則者を蔑むようなことはないようにお願いします!」



ドゥッガが話に来ると後ろに参加者や見物人が集まって来てしまったので少しだけ声をかけてみた。


少しだけのつもりが……なにか、期待されているというか。キラキラした目で見られて眩しすぎる。犬や猫がご飯の前で礼儀正しく、されど可愛くちょこんとおすわりしているような。



「次は勉強です!その後お肉を食べましょう、良ければ参加者は聞いていってくださいね!!」



話を打ち切ることが出来ず……当初の目的通り、勉強してお肉だ。お肉は子どもたちからの分だけではここにいる良く食べそうな彼らには足りないので指示を出して作ってもらっている。


半分ぐらいは勉強の言葉で嫌な顔をしたな……どうせなので役に立つ勉強をしよう。



「<水よ出ろ>……ここに水があります。私の水は特別体に良いそうですが、水は水でも体に合う水というものがあります。エール先生、塩と砂糖と食品用のゴムハンド君をください」


「どうぞ」



子供に勉強を教えてと言われていたし、審判をドゥッガに任せている間に準備していた。


ついでに聞いている人にコップを配ってもらう。



「水は通常、井戸の水や湧き水や川の水などを飲みますが、水が悪くなることもあります。そのため健康を考えるなら一度沸騰させて、飲める温度になってから飲みます」



この世界では寄生虫の存在は確認されていない。


だけど川であれば上流で動物が糞をしたりすることもある。元々綺麗な水でもペットボトルや防腐剤のようなものはないし、時間が経てば水は悪くなる。



「<水よ、沸騰しろ>ここまでは常識ですが……」



私の出した水は出したてなので多分汚れていないが、出している大玉の水を沸騰してみせる。一度で伝わるかはわからないけど手順を見せることも大事だろう。


あ、知らない人もいたみたいだ。ウンウンと頷く人もいるがわかっていない人もいるのが見てとれる。



「ここに片方は塩を片方は塩と砂糖を入れます。……<水よ>」



清潔なゴムハンドくんで片方に塩を、片方に塩と砂糖を入れる。……塩は問題なかったが砂糖の方は不純物が入ったことで操作が難しくなったので別の水で周りを包んでおく。


『生理食塩水』と『経口補水液』の作り方と使い方を軽く教えようとしているのだ。


生理食塩水は水1リットルに対して、塩0.9グラム。


経口補水液は水1リットルに対して砂糖40グラム、塩3グラムで作る。後は味がきつければお好みで果物を搾って入れる。



「塩を少し入れた『生理食塩水』は傷口を洗うのに良いとされます。そして『経口補水液』は汗をかいた時の水分補給に良いとされます。種族や環境によって身体に合う場合や合わない場合もあります。なので一括りには出来ないと思いますが『こういう考えもある』と勉強していってください。特に体調不良や暑さで具合が悪くなった時に飲むのがおすすめです」



異世界の基準なので、亜人の多いここでは完璧に合うとは言えない。


確かスポーツドリンクも人種によって体に合う合わないという研究がされていた。経済の勉強のテーマとして出されたが、「体に良い=必ず売れる」というわけではなく、イメージや宣伝も大事と知った。人種によって電解質が合う合わないなどの研究がされていたり……そもそも素材である塩も砂糖も材質からして違う可能性があるし一概には言えない。


小さじはコップに対してこれぐらいの塩を入れると見せて回るためで……興味を持った人に後で見てもらおう。



「経口補水液は、計測するのも大事ですが目安として、『コップ1杯のお湯に、ひとつまみの塩と一握りの砂糖』と覚えると良いかもしれません。それと、味が濃く感じるなら果汁で少し味付けしてもいいでしょう。暑さでやられたりお腹を痛めた時に飲むものです」


「せんせーの手見せてー」


「手の大きさは私基準ではなくこのゴムハンドくんより大きめの、えーと成人男性ぐらいで……シャルルぐらいです。健康のための水ですので味は期待しないで下さいね!勉強終わり!飲んでください!怪我人は動かないでね!<水よ>」



学校の生徒だろう、良い質問を投げてくれた。


シャルルと言うとすぐに皆わかってくれたようだ。うん、フリムしってる……ウェディングドレスの花嫁作戦もあったり、私の苦労はだいたいシャルルのせいって知らせでも届いているのか――――応援したり、憎んでいたり、指名手配みたいにされてて、誰でもシャルルがどんな人か知ってるってことを。


ちゃんとここがオベイロス国リヴァイアス侯爵領とわかってもらうためにもボルッソに頼んで等身大の像を作ってもらったからより理解が出来るはず。



経口補水液を彼らに配り、生理食塩水を……激しいサッカーで出ていた怪我人の擦り傷にかけて洗浄し、更に超魔力水を一度かけておく。


傷口の洗浄や目や喉にも良いと後でまとめておこう。


大半が「普通の水でよくね」もしくは「勝手に治るんでそんなそんな」と言った反応だった。勉強のためだから。



「はい勉強終わり!お肉も作ってもらったので食べていってくださいね!」



私の分は生徒たちが持ってきてくれる。


ただこれ、なんだろう……餌付けされているか、動物園のレッサーパンダとかの気分だ。


そもそも生徒は私よりも小さい子は稀で大きい子のほうが多い。


そして渡された物を食べると、一挙手一投足までめちゃくちゃ観察されていて、食べにくい。


エール先生のように「マナーのため」や「必要なものがないか」という視線と違って、純粋に食べているだけなのに注目が集まり、一口食べただけで歓声が上がったりもする。


口の周りが汚れてエール先生に拭ってもらえた。



「いいなー」


「これは私の役目ですので」



エール先生はいつもの表情だったけど何処かフフンと自慢げな雰囲気だった。


生徒も私の世話をしたがる中で尊敬の目を向けられていた。どうやったらお側付きになれるかと聞かれているエール先生。


何か平和で、もうずっとこうであって欲しい。悪役をやるとか、貴族とか、誰かへの配慮とか……そういうのって疲れる。


自分や誰かのために動けるのって良いことだと思うけど、たまにはリフレッシュというか、こうやって自分の好きに動ける日とかは精神的にとても良い。出来れば丸一日寝るとかの休みも欲しいけどね。



「話したいことがある」


「……何でしょう?」



校長先生である私の先生のため「エール大校長先生」なんて呼ばれて少し子供の対応に困っている様子のエール先生。それにドゥッガやディーンの宴会を見て気が緩んでいると……子供に紛れてスーリさんが来た。


周りの大人は気がついたのか警戒しているように見える。



「ちょっと借りる」


「――――……え?それは一体――――」



なにを?






そう聞き返そうとしていたはずだったのに……いつの間にか道の端で座って、周りには誰もいなくて――――夜になっていた。


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