第235話 お出迎えっ!!
嫌なニュースが舞い込んできた。
ヴェルダース伯父さんは、オベイロスの歴史の本に載っているほどの大魔獣を倒したらしい。
背中から溶岩を出す亀のような甲殻のある竜種。いや、なにかの古い魔獣種という説もあるが強大な何かを倒したらしい。学園では「魔獣の研究ができる」「魔獣の支配領域を調べに行ける」と盛り上がっているが、私はげんなりしている。ヴェルダース伯父さんを甘く見ていたかもしれない。
水の魔法使いって戦闘力は皆無なんじゃないの?
「人によりますね。大家の長ともなればなにか攻撃的な精霊と契約していたり、希少な魔導具で武装することもあります。全く攻撃手段がない方もいますが」
――――人によるらしい。
ついついリューちゃんとオルカス、それといつの間にかでてきていた手のひらサイズのリヴァイアスを目で追ってしまった。リューちゃんの攻撃性はまだまだわからないがオルカスとリヴァイアスはなぁ……。
前世で極稀に聞いた「宇宙人はいるか」って問いかけを思い出した。
「人」という定義次第だが……地球に人間という知性を持つ生命体がいる以上、宇宙の何処かには似たような生命体はいるんじゃないかと考えられる。
自分たちのような特異な生命体がいるのだから、他にいてもおかしくはない。
人の中でも宇宙人のように特異な宰相もいるように……私も魔法力はとんでもないと言われる。なら他にも特別な存在がいてもおかしくはない。
おかしくはないのだが…………。
「うぁぁ」
頭が痛い。想定が、計算が大きく狂ってしまった。
大魔獣は「ライアーム指揮の元軍によって5日かけて討伐された」という話もあるが「ヴェルダース伯父さんが一刀両断した」とか「子供もいるその魔獣の群れを強大な水魔法で一撃で殲滅した」とか「山を切り裂いて潰した」とか……なんなんだそれ?人間か?
噂なんてこの国では当てにならないと思っていたが相手が強いなんて言う情報は当たってほしくなかった。
魔獣は巨大だと聞くし、もしかしたら伯父さんはレージリア宰相みたいにオーガ、いや、巨人化出来るのかもしれない。
ヤヴァいかもしれない。
命の保証のあるはずの競技をするのだと思っていた。……競技でなくても水の魔法の打ち合いをすれば楽勝で勝てる計算だった。そしてもしも負けて何も出来なくても一度話し合って「不干渉」や「なにかの停戦協定」など、なにかの落とし所を話し合えればと期待していた。なのにもしかしたらズンバラリンされるかもしれない。首と体とか、上半身と下半身でぶった切られる可能性が浮上してきた。
しかもその魔獣はレージリア宰相が本気で戦っても勝てなかったというのだから伯父さんの力量はレージリア宰相以上という可能性もありうる。
……準備しないといけない。絶対死なないように……未完成だがあれを持ってくるか。間に合うかな?
大魔獣を倒した証としてライアーム派閥の方々はその素材をもって凱旋してくる。超重量物を持ってくるのだからある程度日程がかかるのは確定した。
「やるしかないか……」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
1月ほど経っただろうか。ついにその時がやってきた。
「ようこそいらっしゃいましたルカリム侯爵。フレーミス・タナナ・レーム・ルカリム・リヴァイアスです。この度は学園にて水属性の代表となりましたので水属性の大家の長であるルカリム侯爵閣下に御指導していただきたく、挑戦させていただきました」
「あぁ、ヴェルダース・シャールトール・ルカリムである」
大柄な体格に深く青い髪、オールバックにもみあげと顎髭がつながって額縁のように顔が四角い印象である。
名前は事前に知っていたがちょっと驚いたりもした。シャルトルの名前はこの伯父さんから来ているそうだ。
大精霊ルカリムと契約し、大家の長となって活躍していたためそれにあやかる形でシャルトルと名前がつけられたそうだ。
豪華でゆったりしたローブが壁のように大きく感じる。
「旅の疲れもあることでしょう。凱旋後の用意はできておりますからお任せくださいませ」
貴族の中でも不安要素のある領地からはジュリオンが部下を連れてこの王都まで案内していた。
正門の前で出迎えた私だが……空気がピリついている。
明らかに私のしてきた行動はこの伯父さんにとってマイナスなものも多いはずだしね。たまにライアーム派閥から逃げてうちに来る人もいる。
本来ならここから学園まで、もしくは宿か屋敷まで案内する。だが大きな魔獣の頭、馬車よりも大きなその首を広場まで運ぶ必要がある。
事前に綿密に打ち合わせをした通り、パレードは城下の大広場まで行う。
「……わかった」
パレードは静かに、盛り上がりもなく行われた。
大通りの周囲はリヴァイアスの精兵が警備を担当し、亜人の子どもたちに凱旋する道に花を撒いてもらった。暴発を防ぐ目的もあってスタッフは全員亜人で統一している。
凱旋のはずなのに、王都の人も見かけるのに……あまりにも静かだ。
馬車の車輪に騎獣のいななき、鎧が擦れる音ばかり聞こえる。
政争によって王都も大きなダメージを受けた。
王都の人間からすれば大きな失点もなく復旧したシャルトルよりも原因の一端であるライアームに恨みが向けられるのは当然で……その家臣であるヴェルダース伯父さんは当然歓迎されない。
しかも大きな魔獣を倒したということだが……王都から離れた場所の話だ。それも憎きライアームの地の魔獣である。
オベイロス国内にいた強大な魔獣が討伐された事自体は喜ばしいが……その魔獣の喪失によってライアームが戦争を仕掛けてくる可能性だって考えられる。
民にとって喜ばしいことなど、この凱旋の何処にもないのだ。
王都の民にも貴族にも憎まれているヴェルダース伯父さん一行をリヴァイアスの人間が守るのは仕方がないとは言え貴族たちはめんどくさかった。貴族が言うには「リヴァイアスがライアームと通じていた場合。リヴァイアスの兵も王都で暴れるかもしれない」とか……。貴族たちは私の失点になりそうなあらゆる事柄を上に報告するのはいつものことだが。
しかし、警備の小さな合図で理解しているが襲撃をしようとしている人もそこそこいるようだ。止めてる警備ナイス!
実行犯は単純にライアームの敵の場合もあるし、伯父さんが自作自演で騒ぎを起こすことだって考えられる。
今騒ぎを起こせば私の失点となるし、混乱が発生すれば伯父さんは人員を王都に配置できるのだから……。まぁ許さんが。
静かに広場に巨大な魔獣の頭を置いて、ルカリム本家の屋敷まで移動する。
凱旋は終わったが屋敷を囲むようにうちの警護を配置する。
「ルカリム侯爵、こちらアモス・ヤム・ナ・ハー。リヴァイアス侯爵領将軍です。王の騎士団が相手だろうと引かぬように命じております。なにかあれば彼に話を通していただいてもよろしいでしょうか」
「…………あぁ」
「では明日、予定通りに宴が学園にて開かれますのでごゆっくりお休みくださいませ」
他国からの侵略の可能性のあるリヴァイアスの防衛のためにはできればアモスは外したくなかったが……今回なにか起きれば私は死ぬ可能性があるし、ひいてはリヴァイアスに大きな影響が出ると考えられる。
クリータ列島での戦いと同じく、リヴァイアスは厳戒態勢として国民全員を警戒させ、できるだけの精兵をこちらに呼び寄せた。アモスは統率力もあるし、何かあれば王都の人員をリヴァイアスに脱出させられるはず。
ルカリム本家は襲撃される可能性は大いにあるが……シャルルには王宮からのいかなる要請も一旦私を通すように根回しをしておいた。貴族だろうが大臣だろうが正規騎士だろうが許しがなければ攻撃すると王宮で明言した。姿を変える魔導具や術がある以上、シャットアウトした方が良いに決まっている。
今日の用事は終わったと本家ルカリムの屋敷を出ようとヴェルダース伯父さんから背を向けたが……屋敷を取り囲んで警護しているリヴァイアスの人間に西から来た方々は警戒しているようである。こちらは彼らを守る気でいるが「警備がそのまま振り返って襲いかかってきかねない」とでも思われているのかもしれない。
「フリムよ」
「はい」
立ち去ろうとする私の背中に、ヴェルダース伯父さんから声をかけられた。
全てを無視して私を殺す気ならチャンスのはずだが……そこまではしないようである。
ジュリオンとアモスが間にいる以上、実行ができるかはわからないが。
「本当に、フリムなんだな?」
「質問の意図がわかりかねますが……」
「貴様は儂が育てたフリムなのか?どうも様子がおかしいが……」
姿を変える道具や術は希少ながらある。……ということは私が偽物と思われている可能性がある。
路地裏以前の私との違い……服は良いものになった。アホ毛がある。変な浮く杖がついてきている。立派な部下がいる。前世の記憶が前に出てきてまともに話せるようになった。王の相談役や侯爵の地位を得た。
うん、ぜんっぜん違うな。
以前の私は……うっすらな記憶だがもっとオドオドしていたように思う。
振り返ってヴェルダース伯父さんの顔を見ると少し困惑しているのがわかった。
「私は気がついたら路地にいて、それ以前のことは余り覚えていません。ただ、闇の大精霊の加護によってこの知性を得ることが出来たようです」
あれ?言い回しが自分でも悪いと自覚した。
この言い方だと本当はルカリムと関係のない人物が魔法によって今のフリムとなったように伝わるかもしれない。
「それは……」
「すいません、言い方が悪かったですね。路地裏で死にかけまして……それ以前のことはあまり覚えていませんがこうやって杖にも認められましたし、多分私がフリムで間違いないはずです。」
「……」
「うちの警護は青い衣に首飾りをつけています。できるだけ警護は手厚くしてますが……王宮の貴族は閣下のことをよく思ってはいません。若輩の身故、警護も至らない部分が出てしまうことも考えられます。――――どうぞお気をつけください」
なにか複雑そうな視線を向けてきたヴェルダース伯父さん。
ほんのりとキラキラしたお屋敷や額縁のような顔の人のことがいたような気はしていたが……確実にこの伯父さんだろうな。私のことを「フレーミス」ではなく「フリム」と呼んでいるし。
「……そうか、充分気をつけよう。ではまた明日もよろしく頼む」
「はい。それでは失礼します」
ここの警備責任者であるアモスを置いて行き、代わりにここまで警備を担当してくれていたジュリオンを連れて帰る。
思いつく限りできる限りの準備はした。この機会で、今後私の仲間が誰も傷つかないようにできれば良いんだけどな。
本家ルカリムの屋敷を出ながら――――……そう願わずにはいられなかった。
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