第80話 糸金実験と基礎研究。


ちょっと変な空気も流れてしまったが針金について説明していった。


なにか言いたそうだったけど知らない顔で講義を続ける。いつか全部打ち明けないといけないかもしれないし、いつまでも話さずに墓まで持っていくかもしれない。


私にかけられた魔法の効果は未だよくわかっていないが「闇の加護によって幽霊が見える」ということもあるそうだ。



―――――……それは「見える」のであって「死んだ人間が体を乗っ取る」ということではない。



でも、私もそうしたかった訳では無いし、私自身にも薄っすらとだけど幼少期の記憶もある。もしかしたら「乗っ取る」と言うよりもフリムの「前世」だった気もするが私自身にも証明はできない。


―――どうにもならないことだって生きていればあることだ。ウジウジもしていられないし行動あるのみ。



こちらには針金自体がない。もしかしたらなにかに使われているかもしれないが一般的に使われていないのか該当する言葉もない。


実験の条件を専門家ではない私でも分かる範囲をできるだけ説明していく。金属内の不純物、合金という溶け合った状態、形状の加工時における金属内の組成の偏り、それを戻すための熱処理。


これらはこちらにはない知識だし、何をどう考えたって怪しすぎるものだが無視して説明した。


テレビで包丁が出来るまでの特集をやっていてそれらを見た知識からの説明だ。包丁は金属を選んで叩いたり削ったりして包丁の形にしてから熱処理をする。理由は金槌なんかで叩いたことによって単一の金属に見えてもその中の組成には偏りが出来る。だから加熱することでなじませるように溶かす……だったかな?


飴玉はひび割れても加熱すれば溶ける。同じように包丁全体にも加工時における強度のダメージを元に戻すようなことが出来る………ような説明だったはず。そもそも針金の実験に使うには蛇足な知識かもしれない。


………いつか私が「異世界の大人の女性の知識がある」なんて明かしたとして、この「ありえない知識」は根拠の補強になるだろうか?もしかしたら将来、誰かに話して私は……―――――――自分でも子供っぽい意識もあるし私は私なんだけどなぁ。



「あの板じゃいかんのか?」


「金属は様々な特性がありますが強度が高いものが多いです。金属は分厚く大きな物は壊しにくいので、わざと破壊しやすい状態で実験をします。金属ごとの強度の実験のためのものなので実験の回数を稼げる小さい方が都合がいいんです」


「なるほどの……やってみるか!」



そもそもなんで分厚い金属で実験をしていたのかを聞くと「そのへんにあったから」だそうだ。


金属は金属専門の研究者のところで貰ってきた。おまけに「興味が出た」という研究者が増えた。


幾つかの種類の金属だったが金槌でまず細くしてもらう。



「糸みたいじゃの?これは『糸金』と名付けよう」

「だな、わかりやすい」

「さっさと作れ!」

「危ないぞ!踏み潰されたいのか!!」



ユース老先生が一声上げるとぞろぞろと人が集まってきた。


幾つかの金属は火の魔法使いが赤熱するほど熱し、土の魔法使いのゴーレムが金槌で叩き、風の魔法使いが熱気を建物から飛ばし、私が水で冷やした。


あっという間に針金……いや、糸金ができた。



「じゃあこの糸金の強度と金属疲労、金属疲れ実験を行います」



水を配ると皆一汗かいたぜと床に座って飲み始めたのでそのまま実践して見せる。


まず針金をその辺の研究者に切ってもらい。片方は手つかず、片方は同じ箇所を折り曲げて伸ばしを繰り返す。


厳密に中の成分に偏りがある可能性なんかもあるがちゃんと柔らかくなってきた。……もうすぐ折れるな。



「こうやって元は同じ金属ですが同じ箇所を繰り返して折り曲げることで見た目は同じ糸金のはずですがこの通り。この何度も折り曲げていた箇所が折れます」


「おぉ」

「それが何の役に立つんだ?」

「いや、せっかく作ったのに壊して何がしたいんだ」



ひとまず同じの針金から片方が折れたという事を証明できた。


当たり前のように見えるかもしれない。同じ現象を見たって感想はそれぞれだ。



「お気付きの方も居られるかもしれませんがこの実験は凄まじい可能性を秘めています」


「金属疲れの実証では終わらんのか?」


「終わりません、このやり方は、この研究は世界を変えるものです――――今やったのは折りたたんで壊しましたがこれで『この金属でできたものはこのような性質がある』と一つ検証されましたよね」


「うむ」


「金や銀、銅、同じ実験を行っても別の結果が出るはずです。それぞれの金属には別の性質があり、重かったり錆びなかったり……精霊が好んだり」



ちょっとこちらの常識も加えてみた。私の常識だけよりも理解されやすいかもしれない。



「金属を溶かして混ぜ合わせれば様々な金属ができます。そして一つ一つ実証すればそれぞれ別の特製の金属が見つかります。錆びにくい金属、欠けにくい金属、色味の強い金属、折れ曲がりに強い金属、魔力の通りの良い金属などなど……こうやって小さな状態で実験することでその金属の特性がわかりますし、金属もこれとこれの組み合わせでこういう物ができる。熱の加え方で硬さを変えられるなど、様々な発見ができます。しかも我々が生きている間も、死んだ後も何百年先でだってきっとこの研究は続けられるものです」


「では新たな金属の創造のための破壊、いや創造を確認するための破壊ということかの……。このやり方であれば試すのも容易、糸金に重りを付けて初めの強度を測っても良い。―――――素晴らしい、素晴らしいぞ!!この金属疲れは!!!」



ユース老先生がなにか興奮した。破壊ではないのだが、確かにそう見えるのかもしれない。


まだピンときていない研究員の人達もいる。ユース老先生の反応を見てか、彼らなりに咀嚼して……段々と理解してきたのか表情に出てきている。



「基礎的な研究ですね。幾つもの素材を調べることで新たなものを作り出す。誰も知らない新たな合金を生み出せるかもしれません」



現代においては当たり前のことだ。


ちょっと説明するのも恥ずかしい気もして……興味を持っていたユース老以外の反応を伺ってみる。



「「「うぉおおおおおおおおお!!!」」」

「俺はやるぞ!!」

「ここに立ち会えたこと感謝する……」

「え?いや細い金属を折っただけだぞ」

「バーカ!今私達は新たな学問が生まれた場に立ち会ったのよ!!?あんたみたいなのは居なくていいわ!!」

「これは魔導具学にとって素晴らしい研究だぞ!?使える金属が増える!」

「火の魔法使いにとってもね!私は戦いなんてもう嫌なのよ!!」

「ありがとう賢者フレーム!」

「精霊に感謝を!」

「フレーミスです!でもフリムでもいいです!」

「ベラーレ!お前の持つ金属貰っていくな!」

「私も」

「それは俺が目をつけていた!」

「ふっざけんな!!」



何だか金属疲労の実験をしてみせただけなのに騒ぎになってしまった。


興奮している金属の専門家先生方。詳しそうな先生が持ってきていた素材を皆でひっつかんで振り回し……早速溶かそうとしているようだ。



「こういうのは元の金属がどれだけ精錬されたものか、重さと計算や記録がとても大事です!」



金属を分けて1対1で混ぜようとするのもいいがほんの少しずつ、初めは10%ごとで良い。比率を変えて混ぜて溶かし、新たな合金を作っていく。酸性の液体をかけたり数日間放置したり、熱を加えた後の変化などなど、教えておく。


ユース老先生は別の針金を自分で幾つか折ってそれを眺めていた。



「―――これは良い研究じゃ。儂もこれに打ち込んでみたいの」


「どうぞどうぞ、あ、素材を混ぜる割合を表にまとめたり、塩水にかけてからどれぐらいで錆びるかなんていう検査項目をまとめて統括すると良いかも知れませんね、皆がバラバラに作ると同じ金属ばかり出来るかもしれません」


「この歳になってもこんなに胸が高鳴るとはの……このような研究を教えに来てくれるとは、感謝するぞ賢者フリムよ」


「あ、いえ、その事で来た訳ではなかったんですが」


「なんじゃ別の用があったんか?言うてみるとええ」


「実は……」



礼儀作法の授業、一発目でやらかしてしまったことを洗いざらい話した。この地で体罰は当然かも知れないが私にとって学ぶ意志があり、努力するものに体罰を行うことは容認できない。


しかも公衆の面前での賄賂要求をされてしまって……どうしたら良いかちょっと聞いてみたかった。



「なんじゃ、礼儀作法なんぞほっといてええんじゃよ?」


「そうなんですか!?」


「別に宮中で働くわけでもないし、そもそも宮中でも礼儀の出来ていないものは多い。やれ腰を曲げろだの……やれ音を立てるなだの、阿呆らしい」



じゃあそもそも学ばなくてもいいのでは?


そんな私の心の声が表情に出ていたのかユース老先生は答えてくれた。



「礼儀や作法なんてものは相手を酷く不快にさせないためのものであってそれが必要な場はあるじゃろうが賢者フリムはすでに下手なものよりできておろう?……あぁ、いや、できているかは関係ないか、あの腐れババアにとっては………厄介な者に目をつけられたの」


「どうしたら良いのでしょうか?」


「無視したらええ、そもそも礼儀や作法なんぞは家の長に必要なものではない………そう言えば儂もなにか伝えようと思ってたはずなんじゃが、ちょっと精霊に持っていかれたかもしれん」



ユース老先生も私になにか伝えたいことがあったようだ。


でもたしかに、私は生きるために周りの目に気を使っているが学園卒業後の進路は「家の長」であり、ちゃんと仕事もある。


お城で働く文官や法衣貴族のように「礼儀作法が絶対に必要な生き方をしなければならない」ってこともないか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る