第72話 怪我させないように決闘。
3日の間、彼は凄まじく我儘だった。
「おい、平民、俺の荷物を持て」
「美味いな、さすが王都は良い食材が集まる。そっちのも寄越せ」
「アーダルムは何様だ!」
一応私のグループにつけられた駄目新入社員……じゃない、モーモス。
子供ながらに彼はちょっときつい。
リコライに荷物を持たせようとするし、私のグループでとりあえず有料分の食事の肉ばかり食べて無料分には手を付けない。しかも人の分まで食べようとする。静かにと言われてから授業の場では静かにはしているが、授業後はアーダルム先生相手に不満タラタラで怒りを隠そうとしない。
「12の馬を買った商人は元から33の馬を所有していた。合わせて何頭か?モーモス君」
「………」
「指を使うんじゃない、計算は紙にするものだ」
「ちっ………3…6と33だから………22!」
「45だ。次、30頭の馬をそれぞれ所有する商人達が12人いる。彼らは軍に馬を売る。一人3頭ずつ馬の選別で弾かれたが残りの馬はすべて売れた。全ての商人の所有する馬をあわせた数と売り渡された馬の数は何頭になるか?フレーミス君」
「商人は36頭、軍には324頭です」
「素晴らしい。この問題は高等学校でも解けるものが少ない難しい問題だ」
「ありがとうございます」
「彼女は問題を紙に書きとめている。問題が長くなればなるほど複雑になることもあるし、問題を出すものが間違えることのもあるが、書き付けておけばいつ誰が発したものかまで分かる。文官になるにしても商売するにしても賢いやり方だ」
問題自体は簡単だが、これが口頭で出されるのが難しい。
関係のない人物や数字を出されたり混乱しそうになる時がある。面倒くさいのは絶対に関係のない人物が出てくる場合、AとBとCの数がバラバラに出てきてAとCの計算だけが必要だったりする。紙の問題で出されたらすぐに目視で確認できるが、口頭だと記憶力との戦いで「計算自体は簡単なのに計算するべき数字自体を間違える」ことがある。
しかし、この程度で褒められるのはなんともむず痒い。周りの皆から尊敬の眼差しを向けられる。
そうなると逆に不機嫌になるのが一人……。
「そんなの貴族がやる仕事じゃない」
「いいや、軍の仕事は貴族の仕事。それに貴族であれば数字ぐらいわかって当然だろう?」
「数字を扱うものが部下にいれば充分でしょう……金など使い切れぬほどありますし」
「俺は学ぶ気のないものに教えるほどの人間ではない。学ぶ気がないのなら出ていきなさい」
「良いのか!よっし!!」
ドスドスと階段を降りて教室を出ていったモーモス。居られてもそのまま不機嫌にブツブツ言われるのは迷惑だ。
嬉しそうに教室いなくなれる精神はちょっとよくわからない。
しかし、彼は彼で完璧にできる授業は出席してくるのだから何がしたいのかはよくわからない。
「………はぁ、俺は指導者として良い人間ではない。本来ならあぁ言うのは特別教室行きという場合もあるのだが……若い時分には仕方ないものなのか?フレーミス君、彼のためにもしっかり叩き潰してくれ」
「はい」
「もしも彼が改善しなければこちらで対処する。皆も決闘まで我慢してあげてくれ」
「「「はい!」」」
「あんなのが治るのでしょうか?」
「いや、あれでもまともな方だ。諸君、これも経験だ」
クラス全体に嫌われている様は流石に可哀想な気がする。
特にリーザリーはものすごく嫌っている。
彼女には良いところを見せたいのか得意な授業だけ出てきてチラチラと見ている。リーザリーが分からなかった問題をモーモスが解くのに―――
「これぐらい当然でしょう」
とか言ってしまっていてリーザリーの怒りゲージはマックスだ。
食べるときは明らかに自分が食べ切れないほどの量をとる。そして食べられない分をリコライに渡そうとする。
食事のマナーは良い方だと思うが食べる量も多いし、食事時だけ倍速で動くのは目につく。くちゃくちゃ音を立てて食べる訳では無いし食器の当たる音にまで気を使っている。
貴族と平民で差別もしているし、その姿に微妙な思いをしている人もいるのが分かる。それと言っちゃ悪いのだがお風呂もあるはずだが嫌いなのか若干臭い。たっぷりかけられた香水を貫通して微妙に汗の臭いがする。
彼は10歳ほどであるのにこの中の誰よりも勉強ができる。勉強できて正解すると「このぐらい簡単です」とか余計な一言を言っちゃうものだから出来ない人からすれば良い気分ではない。それに 授業中に興味のない部分はリコライに絡んでこちらにも微妙に聞こえる声で話しているものだから周りのストレスは相当なものだろう。
事前に彼のいない間に「決闘まで我慢してやってくれ」とアーダルム先生が言っていなければきっと誰かと喧嘩になっていたのだと思う。もしくはリーザリーによる闇討ち。
だからか、皆の期待が集まっているのだ。叩き潰してくれと。
………しかし、完膚なきまでに叩き伏せるのが良いわけではない。というかプチゅってなっちゃう。
「おっとと……この階段は段差が大きいな」
「大丈夫ですか?」
「問題ない。この後の決闘が楽しみだ!!逃げるんじゃないぞ!」
「家の名誉にかけて逃げませんよ」
ちらりとリーザリーを見る辺り、モーモスは彼女に良いところを見せたいのかもしれない。美少女だもんな、リーザリー。だけどリーザリーはもう毛虫を見るような目を隠しもしなくなった。
怪我させずに完封するための魔法……難しいな。
風は不可視で範囲も広い。ただ攻撃力は低い。移動が得意で戦場では高く飛んで情報の収集をしたり火の魔法使いのもとで火力を上げるのが得意なのだとか。
うーん、私の使える魔法で殺さず、大きな怪我もさせず、心を折る方法……。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ふん、逃げずに来たようだな?ちびルカリム」
「私のこの杖は使いたくないのですが、持ってないと貴方が死ぬ可能性があるので持つだけ持っておきます」
「ふん、強がりを………使えば良い。どんな使い方をしようと俺のほうが強い!」
「……この決闘、座席をかけたものと聞いたがお互いに譲ることは出来ないのか?」
インフー先生を連れてきたアーダルム先生。
アーダルム先生では公平性に欠けるということでインフー先生が審判となった。
微妙な顔をして指摘されてちょっと心が揺らいだ……たしかに席なんて譲っても良い。しかしそこが問題ではないのだ。
「できんな!その席は一番である俺にこそふさわしい!!」
「席なんてどうでもいいのですが――――侮られては受けるしか無いのです」
「そうか、お互い貴族の名誉にかけて殺さないこと。参ったと声を出すか自らの杖を投げること、そして俺が戦闘不能と判断した場合に敗北が決定する。それでいいか?」
インフー先生の目が私に向かって「殺すな」と忠告している気がする。
……彼だって私の前の入学試験で魔法で最優秀だったのだし、これまで私は彼の魔法を見たことはない。私の方こそ侮ってはいけない。
基本の四属性は歴史的にも戦闘における強さは火、風、土、水の順が常識である。
四属性や五属性だのいくつも属性があると言われているフリムちゃんだが実際は水魔法しか無い。私の知らない魔法攻撃をしてくるかもしれない彼を軽視することは出来ない。
―――そもそも争い自体好まない。しかし、今後予想されるさらなる争いを回避するためにはやらねばならない。
「私は構いません」
「モーモス君?」
「構いません、どうせ俺が勝つので!!」
「……では、じきに講義開始の鐘が鳴る。鳴り終わると同時に開始だ」
「―――……俺は『旋風』のモーモス!モーモス・ユージリ・バーバクガス・ゴカッツ・ニンニーグ・ボーレーアス!!ボーレーアス子爵が長子!!この俺の勇猛な風は岩を砕き、火を打ち消す!!この決闘で証明してやろう!!哀れにも俺の相手となったちびよ!名乗ることを許そう!!!」
「『爆炎』や『賢者』、『氷蛇』とか言われてるフレーミス・タナナ・レーム・ルカリム、現役伯―――
口上の途中でゴーンゴーンと鳴り始めた鐘の音。
彼と違って大きな声で言うわけではない。恥ずかしいし。ちょっと彼の「名乗りを許そう」というのにはむっと来た。それにしても証明って……水を相手には何も言っていなかったしどちらも出せないから証明はできないんだけどな。
距離を取って向かい合い……少し考える。氷結ドラゴンハンマーは勿論禁止。水素と酸素ももしも火がついたら私まで危ないから使えない。
ゴーンゴーンと鐘が鳴る。鐘は屋外だからか、この施設のすぐ横にあるからか……いつもより大きな音で鳴り響いている。鳴っている間に詠唱してもいいし好きに準備もできる。しかし完全に鳴り終わったと思うまでは攻撃厳禁だ。
杖が「私が襲われた」と判断した場合に杖がどう動くのかわからないから左手で持っておく、使うのは右手のみ。
これで私の手の先から出せる魔法は純粋に半分。集中できれば口からだって出せるが効率は良いのはやはり手の先だ。
「<水よ>」
格下が先に使うなどというマナーもあるそうだが音が鳴り終わると同時に卵型の防御魔法を展開する。
相手の魔法を待つべきかもしれないが酸素を無くされたりしたら怖いし。
大きめ、五重に展開して彼の動きを待つ。
杖をこちらに向けてなにか詠唱して杖を振ってきた。
一番外の水に衝撃が走ったが水の膜を作っている私の生成と操作を超えない限り、水は強度を持つしすぐに直せる。その程度の風で貫くことは出来ない。
一度作ってしまった魔法はある程度とどめておくことができるし、今のうちに水槍をとも思ったが……この程度の魔法が彼の最大の魔法ならずっと耐えられる。
風を打ち込まれるが、このままだったら水の中の酸素が無くならない限り私は負けない。酸素も作れるからかなり粘れると思う。
何発も水の膜に衝撃が来るもののムチを使った火の魔法使いと比べれば全く問題がない。
何を言ってるかは分からないが、なにやら怒ってこちらに向かってくるモーモス君。全く諦めてはいないようだ。歩いて近づいてきて―――……飛んだ。
全方向に展開している卵型防御魔法の裏側、背中に回って風をぶつけてくる。
レースの揺れる彼は白い卵のようでちょっとおもしろい。あんなに重そうなのに飛べるのか。
……疲れて降参される前にもこの辺で反撃するべきかな?
ビュンビュン飛んで色んな方向から魔法を使ってくるが……始めはちょっと可愛く見えていたが顔真っ赤で丸い巨体が飛んでくる様は若干怖くなってきた。体は私よりも大きいしね。
後ろを飛んできているのは見えていたが、そのまま待っていると正面に戻ってなにか喚いている。何を言っているかわからないが魔法は解除しない。毒とか無酸素とか超怖い。
喚いてる彼は杖は高く上げて―――きっと最大の魔法を使ってきた。
これまでにない衝撃だったが備えていたから障壁の一枚も破れていない。問題ないと思ったら……まさか本人が体を縮こませて弾丸のように突っ込んできた。
流石に重量もあるから抵抗も激しい。しかしこの程度ならと思っていたが短刀だけ水の障壁を一枚貫いていた。
………――――こっわ!!?え?使っていいの!?こっわ??!
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