第70話 見えない影は潰されていた。


「フレーミス君、君に計算は必要ない。この時間のうちに研究塔のあの3人を訪ねなさい」


「なにかありましたか?」


「たしか金属の疲れがどうとか、水がどうとか言っていたな」


「わかりました、訪ねに行ってみます」


「良いか?危ないと思ったらその杖でぶっ放して構わんからな」


「は?」


「まったく、行けば分かる」



というわけで算数の時間、私はポイっと締め出されてしまった。


エール先生とともに研究所に向かう。



「エール先生はここに詳しいんですか?」



迷いない足取りのエール先生。



「皆ここに通うものですから、おそらくアーダルムの言っていたのはヒマラエのところでしょうね。最後にしましょう」


「彼らとはお知り合いなのですか?」


「――――……残念ながら、彼らは色んな意味で目立ちますからね」



まずはおじいちゃん先生ユースス先生のところに行く。


途中、年齢層の上がった研究所でものすごく目立ってた気もする。完璧美女のエール先生はただでさえ目立つのに、賢者のローブを着た5歳児に浮いてついてきている変な杖もおまけ付きだ。目立たないわけがない。



「失礼します」



エール先生は迷う素振りもなくドアを開けて入っていく。


何処が入っていい部屋なのか、何処が入ってはいけない部屋なのか全くわからないが……エール先生に任せよう。



「おお?よく来た新たな賢者よ!それにエール君も」


「あら、私のところよりも先にこの爺のところに来るなんてね。そのローブ、とっても似合ってるわよ」


「ありがとうございます」



ユース老と呼ぶように言ってくれたおじいちゃん先生、部屋は物に溢れかえっている。


本が積み上げられ、なにかの模型やよくわからないものに……折れた羽ペンや空っぽのインク瓶、酒の瓶もある。きちゃない。


おねーさん先生、クラルスおねーさんにちょいちょいと手招きされて近づくと膝の上にのせられてしまった。うん、残ってる椅子も本が積まれてるもんね。



「ここは相変わらず汚いですね。今は王命にてフリム様の側で教育係をしています。修練場では失礼しました」


「政治的にか……あまり外の問題をこの学園に持ち込んでほしくはないのじゃが」


「それは仕方ないでしょう……『世の流れ』というやつですよ。ユース老」


「仕方ないのぉ……で、何用じゃ?」


「アーダルム先生に3人のもとに行くようにと言われました。次の授業があるのであまり時間がありません」



エール先生にこちらに目配せされたので私が答える。


クラルス先生は私の頭を撫でてからお腹の辺りで腕を組んだ。エール先生も注意しないし良いのだろうか?他の人の目もないようだし良いかな?ちょっと気恥ずかしい気もする。



「なに?3人……ということは、外の問題か………ふん、儂は研究に戻る。金属疲れの検証もしたいでな」


「おそらくはフリム様にこの場所を知ってほしかったのもあるのでしょう」


「なるほどの、賢者フリムよ。また来るとええ」


「わかりました」


「じゃあ私はついていくわ、よっと」



少し気を悪くしてしまったのかユース老……先生は行ってしまった。しかし私に気を悪くしたわけではなさそうだ。


クラルス先生にそのまま抱き上げられてしまった。



「インフーのいる場所はちょっと遠いからね、フリムちゃんは掴まってると良いわ」


「はい」


「………」



人気のない場所に進んでいく。エール先生はなにか言いたげだが何も言わない。クラルス先生は私の足よりも全然速い。エール先生も音も立てずについてくる。


何処まで歩くのかと思ったら地下のおそらく2階ぐらいの深さの部屋についた。鍵付きの部屋だったがクラルス先生は鍵もないように開けて進んでいく。鍵がかかってなかったのかな?


ジメジメしている。部屋は学園の清潔かつ明るい雰囲気から一変して……何処か暗い雰囲気がしている。



「私とインフーはちょっとした仕事もしててね。ちょっと怖いものを見るかもしれないけど……いいの?」


「フリム様は伯爵です。いつかはこういう場も見ることになるでしょう……仕方ないのです」


「そう」



嫌な予感がする。しかし待ったとかいう暇もなくクラルス先生は分厚いドアを開けて……―――それが目に飛び込んできた。



「もう……もう、やめてくれぇ!!?」


「さっさと雇い主を言え、苦しみが長引くだけだぞ」



「うっ………」



壁の柱に縛り付けられた男達、インフー先生は何人かを壁に縛り付け―――――棒で背を打って拷問していた。


血に濡れた棒を持ったままこちらを、私を見て驚いた顔をしている。



「子供になんてものを見せる!?」


「彼女は伯爵よ。それに彼らは彼女のお客さんなんでしょう?」


「だからといってそんなことが許されるわけがないだろう!!……フレーミス、フリムで良かったのだったね?大丈夫かい?嫌なものを見せた。彼女には事実関係の確認がしたかっただけなのにこんな場所にまで入ってきて!鍵を勝手に開けるんじゃない!!」



なんとか胃の底から出てきたものを口の中で飲み込む。


会話からほとんど察してしまった。何人も繋がれているのは私を狙った人達なのだろう。


色黒なインフー先生が心配してくれるが、怖いものを見てしまった。



「―――大丈夫、です。どういうこと、か、おしえてもらってもいいでしょうか?」


「………本当にすまない。向こうの部屋で待っていてくれ」




コップに人数分、エール先生の分も水を入れる。


吐き気がする私はインフー先生を待つことなく水を飲みこんだ。



「ありがとう……くぅ!やっぱり美味しいわねこれ!研究室に売って欲しいわ!!」



返事をしたいが胃がぐるぐるして返事ができない。


エール先生が心配そうにしているし、できるだけ表に出さないようにしたい。



「おまたせしたね。全く君たちは………仕方ないか。今わかってるのはこの子を狙った人間がいるということだ」


「いやねぇ、全く」



話を聞くと何処の誰かは確定できなかったが私を害しようという人間がいて、その実行犯だったようだ。



王国には様々な派閥がある。政争の前にはシャルルの兄弟の派閥がとても強い力を持っていた。しかし彼らはまるごと死亡、残った派閥の中でも最大派閥がライアーム派閥。しかし他国からの侵略があった結果、宰相派閥が精霊と契約したシャルル派閥を擁立し、支援した。ライアーム前王兄殿下は王都にいなかったのが災いし、王都にいたシャルルが王権を握った。


シャルルの兄弟たちについた派閥は分散し、地形や領地、縁や様々な事情から新たな派閥に参入していった。


しかし、ライアーム派閥は今でも王となるべく動いているし、王族の生き残りはシャルル王を支援している。――――大きな火種が残っている。いつか再び争いが起きそうなのは……この国の誰でも感じていることである。


現状、辺境に追いやられているがライアーム派閥が国内最大派閥で力もある。しかし王は人と精霊を契約させる存在だ。力持つものが新たに生まれている。


どちらかについて、将来要職につくなり、家を残すべく貴族は考えないといけない。


中立でいてもいいが政争が終了した後には勝者の派閥が重要なポストにつくだろうし、中立でいたものが無事でいられるとは限らない。



しかし、中立派閥が無視できないほどの力がつけばどうか?



邪魔な第三勢力が現れることで争いが無くなる可能性もあるし、戦うなら戦うで非戦闘員を逃がす先があれば家を残すことにもつながるなどの利点もある。


うちの派閥はそんな「戦いたくない」「金を払ってでも安全がほしい」「戦いなんてまっぴらだ」「家がなくなった」など、政争の生き残りの人などを中心に集まってきている。


今は私の派閥が大きくなってきていることから生まれている恨みもある。でも、どんなことがあろうと、フリムちゃんはただ死ぬなんてまっぴらごめんなのだが。



前世の知識では「政争」や「派閥の心得」なんてものは意味がわからない。しかし、善悪はともかく彼らには彼らなりに守りたかったりなにか得たいものがあるのかもしれない。


そんな、何処の派閥から送り込まれてきたかはわからないが私を狙った人間がいる。



「あぁいう連中は下の更に下の人間が命令するからはっきりとはわからない。可能性としてはルカリムの可能性もある」


「私も調べてみたけどわからなかったわー。いきなり伯爵だしね。妬む屑は多いわ。……それにリヴァイアスの館や領地は数年前まで大家を争うほどの名家だったから。強欲な輩なら盗みに入りたくもなるはずよね」



色々話していくが結局はわからない。色んな派閥が動いている事はわかっているが私を狙っている人がいるとのことだった。


それにしても実家と泥棒目的の可能性か。実家やライアーム派閥なら誘拐ではなく殺しにくると思ったが……いや、私には見えてないだけでなにかの企みがあるかもしれない。


今日呼ばれたのは彼らをどうするか、彼らに関してなにか情報を持ってないかなどの話だそうだ。



「全員引き取ります」


「いいのか?」


「彼らから何も出ないかもしれませんが、もしかしたらいつか彼らが役に立つこともあるかもしれませんから」


「そうか……」



彼らは情報を持っていないかもしれない。


しかしうちで働いてもらってそのうち誰かが接触するかもしれないし、うちの人間が内通しているなら炙り出せるかもしれない。帰ったら親分さんに厳しく監視してもらおう。



「お世話をかけました。いつかお礼をします」


「いや、君が悪いのではないのだし、気にすることではない。俺は子供の味方だからな」



眉間にしわを寄せて苦笑するインフー先生に頭を撫でられた。


この学園は一般的にも手を出さない風潮が出来上がっているがそれでも手を出す輩はいる。学園もただ座して待っているわけではなく武力を持って悪意を打ち払っているようだ。


勿論力はあっても戦いを肯定的に受け止めている人ばかりではない。アーダルム先生やユース老先生はこの学園に外から干渉されるのを嫌う。クラルス先生やインフー先生は学園の自治のためにも戦うことを厭わないという派閥に属しているのだとか……ここでも派閥か。


他にも本職の騎士や研究ではなく力を求めて魔導師として研鑽している人もいる。学園を護ろうとするのはこの2人だけではないそうな。


きっと、このインフー・デラー・ヒマラエという人物はとても優しいのだと思う。――――――拷問はしていたが。


いや、それにしても学園内に拷問部屋か……水飲もう。



「できれば今度は研究や魔法のことでお話したいものですね」


「……まったくだ」


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