第63話 苦難の試験監督。


いつものように変わらぬ学校。世の中は戦争やら政争やらで忙しそうだがこの学び舎はいつもと同じ……いや、変化はあったな。


この学園は騒がしいことは騒がしいがこの中で命のやり取りはほとんどない。



貴族の出身であるのに家名のない自分はここで生きるしか無い。


仲の悪い家だというのになぜか結婚した祖父と祖母。父はなんとかその魔法で宮廷に席を獲得したが政争で死亡。継ぐ爵位も家名もないまま学校に残り続けることとなった。


いや、まぁ研究は性に合ってるし待遇は悪くない。この敷地の外で生きることも考えたが無理だ。祖父と祖母の実家は憎しみ合っているし、自分の存在が知られているかはわからないが、もしも知られれば汚点として殺されかねない。


政争も終わって少し慌ただしかった学園も安定してきた。ここに残りさえすれば安全な学び舎だが自ら出ていくものにこの世は優しくない。助手も何人か減って寂しくもあるが仕方はない。


この国で、この世で最も良い場所とは多分ここだ。


うまい飯に、尽きぬ研究、潤沢とは言えぬまでも割り振られた予算。武力で守られた平和な土地、敵味方関係なくこの地だけは守ろうとする。素晴らしい。


人が集まれば文化も発展する。ここの施設は他国の人間が見ても驚くような素晴らしいものもある。毎年やってくる辺境や他国の人間の驚く表情は誇らしくある。貴族に商人、従者に見込みのある平民、知識奴隷に他国の貴族だって集まってくる――――この国で最もにぎやかで……世界の最先端を行く場所だ。


国にも貢献できるし、できればこのままこの地で一生を終えたい。



まぁこんな場所でも政治はある。予算と席を狙ってる輩は多いが……なんと品のないことか……いや、これこそ人の社会性というものだろうか?


ここで生み出されるものには価値があるからこそ騒ぐ者がいても仕方ないのかもしれない。


そんな研究所だが下世話な噂話も多い。誰と誰が付き合っているとか、学園12不思議に出会ったとか、学部長の腰がまた壊れたとか、王宮で美人と噂のマーニーリア様の好きなお菓子とか、ラズリー様がまた捕まったとか……いくらでもある噂話にルカリムの令嬢の話が聞こえるようになった。



「あぁライアーム派のだろ?まだ卒業してなかったのか?」


「彼女の立場では卒業できないでしょう。いや、新しいルカリムの話ですよ!」


「新しい?」



なんでもルカリムにレームにタナナの血を継ぐお方がいたのだとか。水の家は他の名家のように争いっているわけではない。婚姻もよくある話だ。……うちと違って。


政争の最中に生まれた彼女は市井に落ちたにも関わらず王家のために掃除などという下働きを行い……暗殺者から王を助けたそうだ。


その褒美として爵位を得たと。


何を馬鹿な。政争の最中に生まれたのであればその年齢は4つから……そうだな、王が倒れてからと考えるのなら9つほどか?ありえない。


魔法はそんなに簡単に使えるものではないし、ましてや二つ名付きの歴戦の勇士20人をたった一人で倒せるなど、ドラゴンや精霊そのものでないとありえない。


それにしても不憫な、市井の暮らしとは……家や政治の問題でさぞ苦労しただろう。家格に血統を考えるに水の大家に狙われる立場だ。外の問題ではあるがこの学び舎に来るのなら争いに繋がりかねないし、他人事ではない。


学園では彼女の噂で持ちきりだ。美味いソースや美味い菓子を作ったとか、絶世の美人で王を誑かしたとか、何処かの蛮族の服を着ていたとか、王宮の庭園一つまるごと火で燃やしたとか、水売りだったとか、大賢者であるとか、貧乏で杖は属性すら違うものを使っていたとか、盗人だとか、旅の商人を主としてもうこの国から出ていったとか、娼婦だったとか、ヨルムンガンドを召喚したとか、水の化け物に氷と火を吐かせたとか………。


どうせ噂は噂、彼女には敵対派閥もはっきり存在しているし悪い噂も流されているのだろう。幼い歳で伯爵ともなれば妬まれていてもおかしくはない。


はっきり言ってこの手の噂は聞くに堪えない。そんな噂話をする暇があるのなら研究する手を動かせと言いたい。


既に爵位を本人が授けられたのなら学外での活動もあるだろうが、彼女の立場を考えるにこの学園は最高の環境だろうな。安全を考えれば……いや、ここにはルカリムの後継者がいることも考えれば……最悪かもしれんな。



持ち回りの試験監督で噂の彼女が来た。



青い髪、青い瞳、上等な衣………可愛らしい小さな女の子。噂のように「人々を蠱惑するほどの美女」というわけでも「木々を腕力で引き千切るオーガ」というわけでもない、ただの女の子。おかしな部分といえば大きな杖を後ろに引き連れていることだな。


事前の通達から調べたがあれはリヴァイアスの当主が使っていたとされる杖である。母であるフラーナ・レームはリヴァイアスの血も引くと言う噂はあったが血を引くのなら血統魔導具を使えても不思議ではない。


試験を手伝う生徒や入学試験を受ける子供たちには知らされてないだけあってやはり目立っているな。


試験を開始するまでの彼女は自信に満ち溢れていたが、すぐに身を乗り出して問題を解き始めた。


貴族として「規範たれ」「優雅たれ」と常々言っている礼儀作法の担当者の手が動いた。採点はよろしく無いだろう。


彼女の年齢は5歳程だろうか?そう考えるとこの学校の試験は難しいはずだ。市井で暮らしていたのなら文字を読むこと自体難しいのかもしれない。


珍しい筆記具で書く彼女は同じ年頃の少年少女のようにふざけて絵を描いているわけではなさそうだがなにか思い詰めている気がする。


国立学校の問題は流石に難しいし仕方がないかもしれない。習う内容も国内のものだけではないし問題は全て解けるものではない。貴族の子弟には試験というものを初めて受ける子もいるし挫折を経験したことのない者もいる。必死になったとしてもおかしなものではない。




ここまでは可愛いもので――――――………問題だったのはこの後だ。




試験は本人の適性を見る。文官なら法律や計算、礼儀作法が大切になるし。魔法を使えるものは魔法省や研究所に勤めることも多くなる。


武力は国力に直結しうるし魔法は人の数に比べると使える者自体が少ない。それぞれに適性もあるし人材はできるだけ発掘したい。


どんな進路となるかは家や本人の資質も関わってくるがそれを調べ、鍛えるのがこの学び舎の存在意義でもある。


他国から来た魔法使いなんてぜひこの国の発展のためにこの国で働いてもらいたい。歌いながら踊って風の魔法らしきものを使う子もいてすぐにでも研究所に来てもらいたい、調べ尽くしたい。子供ながらに稀に強い力を持つものもいて……才能の発掘も出来るこの学び舎はやはり最高の環境だ。


ただ、この場ではまだ原石で良い。磨かれるのは、調べるのはここで学びながら出来る。この段階では「魔法が使える」だけで充分なのだ。




なのに、ルカリム伯爵はやってくれた。




彼女は杖を手に取り、自らの身体を水で包んだ。


防御魔法か?展開速度は素晴らしいし、詠唱も聞こえなかった。彼女は『爆炎』や『四属性』と二つ名が呼ばれるように、何をするかは分からない。


的はアダマンタイト製の棒の先にミスリルの小さな板を付けたものだ。頑丈さを求めた素材で作っており、細く小さな的に当てるのは難しい。


そもそも当たらなくてもいい。どれだけ「あの小さな的を狙えるか」という点を見るものだ。むしろあんな小さな的に当てようと思ったら広範囲魔法が必要になる。


その的を前に防御魔法を纏ったまま幾つも生み出された水球の魔法を連続で当てた伯爵。


水の塊は的の下で凍りついたかと思えば激しく湯気を上げたものもある。


氷と湯?防御魔法の中で詠唱は聞こえなかったが三つ以上の魔法を、多重に行使した……!?


しばらく同じように氷と熱水球の魔法を使ったかと思ったら……次いで手足ある大蛇のようなものが現れた。



「キャアアアア!!?」

「何だあの魔法は?!」

「水蛇の魔法?それにしては大きいし角もあるな」



噂の「火を吹く化け物」かと思ったが……そのまま的に激しく激突した。


流石に的は壊れていないが地面に当たって軽く地面がゆらいだ。



流石にこんな大魔法、まだ時間はあるが魔力も切れるだろうしこれで終わりかと思ったが………彼女はこれで満足しなかった。



「ルカリム伯!もう充分だ!!」



叫んで伝えたが水の防御魔法で聞こえていないのだろうか?


新たに生まれた三頭の大蛇。彼女の周りを纏うように飛び、膨れていく。先程よりも更に大きなそれらが大気を震わせて的に向かって飛んでいった。


まずい!?


触媒と土の魔法陣を数枚撒いて土の壁の魔法を作り出す。高等学校進学で使うことは稀にあるがこれは入学試験だぞ!!?



「<我が沼よ。沼のアダルグマース!!その腕を地に現し給え!!!>」



既に生徒の前に出ている騎士科や試験監督の前に壁を高速で生成する。



彼女の出した大蛇の二頭は左右から同時に的に当たった。普通の水魔法の操作範囲を大きく超えている。水で作られたそれは崩れて渦となり、更にルカリム伯の頭上で白く輝く巨大な一頭が突っ込んで―――――




―――――― ダ ガ ァ ァ ァ ァ ン !!!!!!





――………的を中心に世界が凍りついた。




あまりの轟音、立っていられないほどの振動で転んでしまった。


会場に反響する音で耳が痛い。


冷風が吹き荒れ、的がどうなったかは良く見えない。冷たい空気が吹き荒れている。水の防御魔法を解除した彼女はにこやかな笑顔を私に向かけて頭を下げた。



「――――」


「なんて?」



彼女の魔法を最も近くで聞いた私は耳をやられたのか、彼女の言葉が聞こえなかった。

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