第49話 物に歴史ありグリっとに意味あり。


一応全員からナイフを刺した後にグリっとする意味について教えてもらった。



「魔法は死にかけていても出せますし必要ですな」

「この国の精霊魔法は他の国の魔法のような手順がいりませんので」

「死に瀕した魔法は強力ですから」

「相手が他に武器を持ってるかも知れませんし」


「……なるほど」



現代と違って素手が基本とは考えてはいけないようだ。


貴族階級では何かしらの魔法が使えることが普通だ。簡単に発動できるこの国の魔法は瀕死でも発動しやすい。


素手の相手が「見えない拳銃」を持っているようなものなのだから刺すだけではなく、あまりの痛みで何も出来なくさせないといけない。もしくは即死。


……魔法ありきで考えれば確かにナイフでは決定打にならないかもしれないし、誰がどんな魔法が使えるかわからない以上、即座の反撃が考えられる。


ナイフは貴族なら誰にでも携帯が許された武器であり、封筒を切るなどの普段遣い以外にも家の証明にも使えて―――魔力切れとなっても最後に残る自決もしくは突撃に使うリーサルウェポンである。



物に歴史ありなんていうが昔からそういう風習があったようだ。物騒な国である。



いや、日本でも戦争中は家に薙刀や短刀といった刃物があったのが当たり前だとか話の長い取引先のおじいさんが言っていた。


日本では平和が長く続いて……ありがたいことに包丁とハサミ、カッターナイフ程度しか刃物は触れたことがない。だが現代でも国によっては「銃が家にあって当たり前」だったりもする。平和ってほんと身近にあって大切なものだったんだなぁ。



リヴァイアス家の屋敷の探索時間はどんどん短くなってきている。少しずつ情報を整理してあれが怪しいここが怪しいと皆で意見を出し合って思いつく順に調べてはいるが礼儀作法で体はビキビキ、動きにくい。ゴスゴスボフボフも洒落にならない。


エール先生経由で王様に調査依頼をした。リヴァイアスの人間がもういないとしても仕えていた人や結婚して別の家に嫁いだ人だっているかも知れない。



親分さんにドゥラッゲン家の人が来たと報告があった。バーサル様かと思ったがお父さんらしい。何を話し合ったかは分からなかったがものすごい不機嫌だった。お父さん殺してないよね?大丈夫だよね??



「ミュード、何があったの?」


「……パキスをドゥラッゲン家に欲しいと言われたそうで」


「なんで?」


「バーサル様に子はいませんし、パキスはあの髪から土の素質があると見込まれたようです」



パキスはオレンジ色の他にはあまり見ない髪の毛だけどそういう見方があるのか……。暴力ふるう兄貴分さんじゃなかったらまだましかな。


親分さんは忙しすぎる仕事の中、裏で息子たちの教育を頑張っているようだけどうまくはいっていないようだ。ミュードさんはコロシアムの近くで働いていただけあって貴族相手への対応はできるが息子さん達全員がそうではない。



「それに親父……じゃない、ドゥッガ様の素質もあってかパキスは身体強化が自然とできていますし、兄弟の中では条件が良いものと思われたのかも知れません」


「そうなんだ」



正直パキスのことは好きになれない。私を刺そうとしたし玩具のように叩いて扱ってきた。パキスに対しては「私の知らない何処かで私の知らないように生きていればいいんじゃないか」と思う程度だ。



―――人の先入観というのはなかなか抜けない。



パキスにとって私はきっと「お荷物で愚図な金儲けに使える子供」なのだと思う。


前世でもそういう事はよくあった。近所のおばさんは私のことを大人になっても幼稚園児か何かとでも思ってるのかお菓子をくれたし、小学校の担任は未だに「成長していない子供」のように見ることもある。


「先入観」と「そこから来る思い込み」というものはなかなか厄介なもので同期の社員は特に理由もないのに何故か私を見下して功績を上げる私の出世を妨害し続けてきた。


一度ついた印象というのは時間をかけて解消するか大きなインパクトで書き換えるしか無い。


だからパキスがどう成長するのかはわからないけど……今度会う時に度肝を抜くほどのボンキュッボンの美女になるなり強い魔法を見せつけてやろう。



「ちょっと魔法の練習してきます」



気合を入れるのだ。フリムちゃんはやるのだ!!



「もう少し所作を学んでからにしましょうね」


「…………はい」



出鼻をくじかれはしたがフリムちゃんはへこたれない!


――――……日に日に増える挨拶や部下たちにお茶会へのお誘い。勉強しながら慌ただしく過ごしていると1ヶ月なんてあっという間に過ぎ去った。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「ようこそルカリム家へ、歓迎します」


「うむ、今日は驚かせてくれるらしいな。楽しみにしてるぞ」


「…………」



お披露目はまず王様から来た……………。宰相も一緒に。


いきなり手順が違うんですけどォォォッ!!!!???


王様はこういう時は最後に来るのが基本って教えてもらったのに!


いや、それだけ期待してると思わせたかったのかなこの俺様王様は。それともあとから来る貴族を驚かせたいだけ?


続々王様に続いて屋敷に入ってくる王様一派。遅れて来てぎょっとしている貴族たち、絶対この王様性格悪い。



「これは?」


「リープの実で作ったタルトです。切り分けますね」


「うむ」



現代知識には凝ったお菓子の作り方や美味しい料理を作る方法や技術はいっぱいある。だけどそれは食材次第だ。たまたまマヨネーズがロライ料理長は美味しかったようだけど食材を知った今ならもっと色々出来る!


というわけで頑張ったのがタルトだ。


パイやタルトは見栄えもよく出来るし上に載せるものは美味しければ基本何でも良い。肉を刻んだものにスパイスと合わせるだけでも美味しいし、果実をアップルタルトのように甘く煮込んでも良い。


この国のお菓子は癖がありすぎる。果物の果汁から作った果糖のようなものを使ったものが多く、薄くて歯応えのあるクッキーなんかにかけたりして出されるものが多い。


ちょっと豪華なお菓子だと柔らかい生地のパンに果糖とフルーツが載っているクリームなし食パンケーキのようなもので……多種多様な果糖とフルーツは種類はあってこれはこれで美味しいけど、どうしても「もう一味!」と思ってしまう。



果糖はその果物の甘味が残って、しかも加熱工程のせいか癖が残る。リープという桃のような味の固めのフルーツは包丁で切れ込みを入れてから熱し、途中で一度相性を吟味した果糖をふりかけてから更に加熱して表面を溶かしてフルーツタルトとして成立させた。


今まで洋菓子なんて作ったことは数えるほどしかなかったがSNSで流れてくる動画を次々に見ていたし「料理の技法」が記憶に残っていたから有り余る食材で試していったのだ。


なんとなくで作っていったが飴を薄く網のように広げたり、いくつかの果実で作ったジャムなんかはなかなかに良いものが出来たと思う。


試作品は親分さんを筆頭に「食べきってこそ忠誠の証」とバクバク掃除機のように食べていたから試行錯誤には事欠かなかったしね。何を聞いても「美味しいです」と言う内容ばかりだったのは微妙だったけど。



見栄えの良いフルーツタルトもそうだけど、お肉のタルトのほうがうまく出来たように思う。



「これは……美味いな」


「ありがとうございます」


「いや、大したものだ。サクッとした生地とそこまで甘くない果物にかかったソースが相性が良い。これは何処の料理人の手のものだ?」


「私が考えました」




既存のお菓子と材料は変わらないものの食感や見た目はぜんぜん違う。ただ使う食材が既存の食材と同じということはこの国でタルトは受け入れやすいお菓子だと思ったのだ。


本当は生クリームを使ったケーキを出したかったが「会場の問題」と「一緒に飲むのが私の水」なのと「革新的すぎるかも知れない」のでやめた。フルーツタルトやミート・パイの類いであればまだお水で美味しく食べれるがクリームたっぷりケーキと水は合わない。何というか喉に引っかかる。


あまりにもそれまでの常識とかけ離れてしまえばケチがつくかも知れないのでわかりやすく美味しいものにした。やりすぎず、ベストではないがベターな結果を求めて……。



「素晴らしい!」

「これは何処でどなたがお作りになったの?!」

「まるで芸術、見た目も良いしクラリエの果実の酸味が絶妙なバランスでいくらでも食べられる!!!」

「ふんっ!ルカリム家のものなどっ………………うまいな」

「こんなに美味いものが食えるなんてな」

「なんで外なのかしら?」

「噂の爆炎魔法が見れるのかもしれんな。別のたるともとってくる」

「この肉のものはいいな、食べやすいしまとまっている。騎士団でも出せればよいのだが」

「悪くない、悪くないな……ちっ」

「それは俺の狙っていたたるとだ!」

「わたくしが先にとったものなのに後から手を付けないでくださる?浅ましいわ」

「なにィ!!?」



ちょっとやりすぎたかも知れない。なんか争ってる人もいる。


レシピは試行錯誤したし、作っている間に傷むような足の早いものはない。準備はしっかりして食材も超大量に仕入れている。……だけどものすごい勢いで食べてるし冷めても美味しいタルトを出してもらおう。


外での立食形式。こういうお披露目はいくつも座るスペースを用意して、ある程度派閥同士で固まって歓談するだけと聞いていた。食べ物はだいたい残って捨てられることになるというから「美味しく」「見栄えもよく」「作りやすく」「受け入れられやすく」「腐りにくい」そんな最適過ぎるタルト。疲れた体で礼儀作法から逃げてる時間に頑張って開発しただけなのにな。


なんでかものすごい勢いで料理が減っていっているのが心配になる。切り分けるのを一人ずつ聞いて丁寧にゆっくり行うことで料理不足になりそうになったら対応してもらおう。お腹がいっぱいになってきたら食べる側だって色んな味を楽しみたいかも知れないし時間稼ぎになるはずだ。こっそり裏で伝える。


軽く挨拶していき王様と宰相様の相手をして……そろそろ暗くなってきて時間かと思ったら最後にあのルカリムの少女がやってきた。



「招待ありがとうございます。遅れましたか?」


「いえ、これから私の魔法を見せるところなので良かったらぜひ見ていってください!」



さて、この子にもタルトを出して――――……後は私のお披露目だ!!

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