第26話 突然の仕事が舞い込んだ。
「ドゥッガ!わりぃ、フリムを借りることになった!」
「貸さねーよ?どうしたバーサー」
銀貨と銅貨を重さで計算していると貴族様が来た。急いでいたのかノックもなしだ。
「一杯貰うぞ?」
「あぁ」
そんな慌てるようなことなのだろうか?何が起こっているのかは分からないが私の胸の内は慌てている。
だって私のことっぽい。
「美味い!もう一杯!!」
結局4杯も飲んでから貴族様は教えてくれた。聞くところによると貴族様のところの仕事が気に入った人がいたようで貴族様の家の本家の上司の上司の上司?的な人が命じてきたそうだ。拒否権はない。
「つまり、どうしようもないやつだな?」
「あぁ……元々断れないがクソ親父がいきなりここに来る可能性だってあった。だから仕事抜けて急いできた」
それは最悪だ。親分さんはバーサル様と一卵性双生児で、親分さんは父親に捨てられたということを聞いていた。
兄弟仲は良さそうだがそれでも最悪の関係だろうし殺し合いに発展するかも知れない。
「あ”ぁ”ん”??バーサー、てめぇうちのフリムを売ったのか?」
キレた親分さんが貴族様に詰め寄った。父親のことだけでも鬼門なのに最悪の状況だ。
「ちげぇよ、商家の子飼いの魔法使いにやらせたって言ったらこうだよ……俺だってまさか本家の方から、しかも更に上の方から命じられることなんてわかるわけねーだろ?!」
「オラ!!厄ネタ持ち込みやがって」
「おぐ?!」
ぶっとい剛腕で貴族様の腹に一発いれた親分さん。
膝をついた貴族様を無視して親分さんはこちらに来た。
「どうする?逃げるか?」
「え、えぇ??」
「逃げればドゥッガ、お前もこの店も危ないってわかってんだろ!?」
「もう契約が切れてどっかに旅立ったことにも今ならできるだろ」
「まぁ、そうだが」
ちらりとこちらを見る貴族様だが、そんな事言われても……。
いきなり逃亡するか、それとも貴族様よりも偉くて親分さんも焦るような貴族のもとに働きに行くことになるのか……………ん?
「親分さん親分さん」
「何だフリム」
「そもそも仕事ってどんな事するんでしょうか?」
「わからんが、そうだな。聞いた上では絶対に断れないぞ?今なら逃げられるとは思うが」
もしも私が逃げればこの賭場も危ないかもしれない。嘘をついて隠してることだってありうるのだから。強制捜査だな。
バーサル様のように貴族が全員優しいとは限らない。賭けに負けた貴族がいきなり人を殺したというような話も聞いたことがある。
暴力で成り上がったらしい親分さんでも騎士団には太刀打ちできないし私のことを「あーあ、あいつ死んだわ」と見てくる筋肉マッチョのモルガさんだってお上には敵わない。
ここにいれば仕事を命じられ、仕事の如何によっては理不尽にも首にされるかも知れない。逃げても、知った上で逃げたと見られればどっちにしても物理的に首を落とされるかも知れない。いくらフリムちゃんが可愛くても首で飾られるのはよろしくない。
どちらを選んでも、命の危険があるのはわかった。けど……。
「像を見て仕事に呼ばれたのなら、良い仕事をすればなんとかなるのでは?」
「は?」
「だって親分さんや貴族様が私の掃除を他には出来ないって喜んでくれたのなら仕事を頼んだ人だってそう言うのを求めているわけで……私は親分さんの目が間違ってなくて、ちゃんと私に仕事を頼んだ貴族の人にも通じるって信じることにします」
どんなクレーマー気質の客だって最高の仕事をすれば文句を言わない。そう言っていたのは前世の上司だったかな?残念ながら初めから難癖をつけるためならどうしようもないがそれでもその理屈はわかる。最高の仕事で文句も言わせずに黙らせればよい。
私の魔法で驚く人がいて仕事を頼みたいのならそれは他にはない価値のあるものなのだ。
初めから難癖をつけに来ているなら逃げても意味もなくて貴族様も賭場も私も危ない。この世界の賭場の周りぐらいしか知らない私には旅も難しい。逃げたほうが良いのかも知れないがそれでも逃げるよりも最高の仕事で文句の一つも言わせないことができるかも知れない。
ここまでの仕事で良い仕事をすると定評のあるフリムちゃんなら多分これが一番いい判断だと思う。
「わかった。気をつけるんだぞ?」
「はい!気をつけて頑張って働いてきます!!」
「殴られた俺って……。」
「厄ネタ持ち込んだバーサーは働いて帰れ」
「そもそも人夫にフリム紹介したのはドゥッガじゃないか?!まぁ良いけどよ」
親分さんは土の魔法で洗濯場の改良や水瓶を作るようにバーサル様に言って、私は賭場の水をどこも満タンにしていった。掃除で強制ということはわかったが期間も場所もわからない。できれば通いで仕事をしたいが。
タラリネに作ってもらっていた掃除用の服も用意する。高圧洗浄は汚れが飛び散るし、いつか汚れが酷く飛び散るような泥が相手になるかも知れなかったから自分を覆い隠す防護服のようなものを作ってもらっていた。眼鏡はないがオゾンや過酸化水素も使うかも知れない。毒性は不明だが口元は覆っておいた方がいい……かも知れない。
仕事先に使って良い道具もあるかもわからないし掃除道具を集めていく。
像が相手なら筆の形のブラシがあれば便利だろう、たわしのように針金と繊維で作られたものも。地下にいた武器整備の人に伝えてすぐに作ってもらう。
護身用にナイフ持っていくかと聞かれるが持って行ってボディチェックで見つかってテロリスト扱いされるかも知れないと思えば持っていけない。
「これを持っていくと良いでしょう」
「これは?」
「木でできたお椀と匙です。身分の低いものが持っていないと食事も満足に与えられないかも知れません」
「ありがとうございます!」
「お気をつけて」
「はいっ!」
ローガンさんはいつの間にか木でできた食器を作ってくれていた。あの一件で微妙に距離感が出来てしまった気がしていたが気にかけてくれていたのかも知れない。
できるだけの準備をして、もしかしたらオルミュロイやマーキアーにも来てもらうかも知れないなんて伝えて部屋に戻ると……ドゥッガ親分さんに部屋の更に奥に連れて行かれた。
極稀に大量の金貨をドゥッガ親分さんが運ぶ、誰も入れない部屋。このときだけは同じ部屋で酒盛りしている護衛も、金勘定の私も部屋から追い出される。
「ここは俺の秘密の場所だ。特別だからな」
腕まくりする親分さん。真っ黒な変なドアらしき場所の穴に両手を突っ込んだ。
「<ふぅんっ!!!>」
ゴゴゴゴゴと音がしてドアをずらした親分さん、開けゴマとかで開くタイプのとても人が一人で動かせないような超重量音がした。単純すぎるが金属製らしいドアの幅を見るに他の誰にも真似できないセキュリティである。
部屋の中にはいつもの硬貨の詰まった袋だけではなく、宝石や装飾品の付いた武器や防具、よくわからないものがあった。
「これ着てみろ」
「はい」
言われた通り、ワンピース型のドレスを着てみる。装飾もしっかりしているし高価なものだろう。胸元に縫い付けられているのはなにかの宝石だ。
「これとこれと……金も持ってけ」
「返せるかわかりませんよ?」
「かまわん、ここにあるものはいざという時のためのもんだ。使わねぇよりも使った方がいい」
女児向けの服なんてどんないざという時だろうとも思ったが、周りをよく見れば普通の靴でも親分さんにもサイズが合わないものもがある。多分美術品とかを売買するようなものだろう。
少しスカートが長めでピアノの発表会とかで気合い入り過ぎというか前世の価値観ではお上品すぎる気がしないでもないが……こちらではこれぐらい必要なのだろうか?今までもらった服の中でも最高の品質だ。
「商人の子飼いの魔法使いなんてのは詐欺師から賢者みたいなのまでいる。舐められたら負けだ。それはやるからきっちりしなきゃならんときはきっちりしろ………微妙な品だがお前なら大丈夫だろうしな」
「ありがとうございます!」
なんか最後に不吉なことを呟いた気もするがそれでもひと目で高価とわかる品をもらえた。下着や靴なんかは娼館のおねーさま方からの贈り物でなんとかなるだろう。ファンデーションとかリップは部屋にいっぱい転がってる。……フリムちゃんは清掃員のおばちゃんをやりに行くのに化粧品は必要なのだろうか?
「ガキ用はそれしかないが似合ってんじゃねーか。後は短剣と杖だが……ここの杖は前から集めてたもんでお前に合いそうなもんはない。あんま期待すんな」
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