【書籍化決定✨】水魔法ぐらいしか取り柄がないけど現代知識があれば充分だよね?

mono-zo

第1話 気がつけば異世界。


「なに、ここ……?」



気がつけば、別の世界だった。


路地の中、腐敗したすえたにおいの中、路地の向こうにコスプレした人がいる。


犬や猫の耳の・・顔が鳥の人型生物。



「生きてるか?フリム」


「パキス」



自分の口から知らない男の子の名前が勝手に出た。


オレンジ色の髪のボロを着た男の子、ここのまとめ役の子だ。



「何があった…ん、ですか?」


「ようやくまともに話せるようになったんだなお前。兄貴に上納金払わねぇから蹴られたんだ、覚えてるか?」


「わからない、です」


「相当やられてたからな……ったく」



言われて少し体を動かすと腰や腕が痛い……背中と腰と頭が痛くてたまらない。


それよりここはどこで、私は誰なんだろう?



「お前の水が気に入った親父が駄賃をやって、その金で遊んでこいって言われたんだよ。なのに兄貴がそれを取ろうとして抵抗してお前はボコボコになったんだ」


「全然覚えてない、です」



この男の子が何を言ってるのかわからないが何か理不尽なことにあったようだ。


それよりも、この痛みが、そして空気が自分に緊急事態と告げている。


自分は暴力を振るわれるような人間ではないはず、それだけは言えるはずだ。現実感がない夢のはずなのにこれが現実と痛みが証明してくれる。



「とにかくお前くっせーからさっさと自分の水で体洗えよ」


「水?」


「いつも魔法使ってただろ水魔法。良いよなそれ、俺のぶんも出せよな」



無遠慮に腕を引っ張られ、ゴミの山から出たはいいが土を舐めた。


身長もある方だったはずなのに、子供のような手で自分でも驚いた。見えている範囲に青い何かが見える。



「おい、いきてっか?よえぇなお前」


「………」



ガッ!



頭を殴られた。一瞬で手術の麻酔が切れたかのように全身痛くて……痛くて、そこで意識が飛んでしまった。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




私は……多分日本人だったのは確かなはずだ。


普通の会社の研究職をしていた気がする。


確か買い物に行って、どうしたっけ?そうだ、エスカレーターだ。


ボールが落ちてきた。



コンコンと弾むそれを目で追って……



――――――次いで子供が降ってきたんだ。



勝手に体が動いて全身全霊の力で受け止めて………背中から落ちたと思ったんだけど多分首か頭から勢いよく硬い床に叩きつけられた。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




あれは死ぬ。



……だけど、子供は大丈夫だったかな?



で、なんでこんな事になってるんだろうか?


それが最後の記憶のはずなのに、この体になってからの記憶もある。


たしか……頭の色のおかしい両親がいて、気がつけば路上生活だ。視界の端の青いのは私の髪だったか。



「起きたか?ったく、兄貴もどれだけ殴ってんだよな」



パキスはこのあたりにいる浮浪者の1人でここらを取り仕切っている。



「さっさと働きに出るぞ」


「……はい」



以前のフリムは懐いていたようだが、こいつは全然頼って良いやつではない。



「水ー!水だよー!魔法で出した水だよー!体にもいい!今ならこのカップ1杯で半銅貨1枚!瓶いっぱいで銅貨5枚だ!おいしーよー!」


「おーい、こっちこっち!」


「あいよー!行くぞフリム」


「はい…<水よ、出ろ>」



魔法なにそれ?と思う自分もいるがいつも通り魔法は出た。


水売りをやっているフリム。パキスの命令で言われた場所に私の力で出た水を売る。


想定してる瓶の縦に倍の大きさ、膨らみのことを考えると容量は2倍ではすまないだろう。



「さっさとしろフリム、次があんだから」



流石にこの大瓶には銅貨10枚とっているがそれでもパキスは騙されているとは気がついてない。


1日、この意味の分からない世界を回って、仕事をする。



「おら今日の稼ぎだ、これも食えよな」



すえた匂いのするパンとスープ、それに銅貨がたったの2枚……稼ぎの内訳は知らないが90%以上この男に吸われている。


労働基準法も人権もない。それは移動中の路地で座り込んでいる人達を見れば明らかだし、治安も悪い。


こんな傷んでいそうな食べ物でもギラついた目で見てきて……欲しがる人がいる。


私もパキスも子供だが襲われないのはここを取り仕切っている親分がパキスの親だからだ。


パキスもこの後一家の別の人に金を吸われて、親分さんの元に流れていく。




―――――……酷い世界だ。




顔を殴られてまだ頬が赤くなっている女の子が働いているっていうのに、ここまで働いて関わった宿屋も薬屋も、そして兵士も……誰一人として私を気遣うことはなかった。


前日に殴られたらしい私は全身が痛いがそれよりも吐き気がする事実に胃液が上がってきそうだ。いっそ悪い夢ならどれだけ良かったことだろうか?


殴る蹴るをされた鈍痛が残ったまま、路地の地べたで寝ることとなった。


新たな人生、前世の記憶があるだけでもありがたいがこういうのって……もうちょっと、お姫様とは言わないでもまともに扱われる身分だったら良かったのに………。



あるのは痛みとボロ着と現代知識と魔法とかいう訳のわからない力。



「――せめて」


「あん?」


「なんでもない、です」



―――――……屋根ぐらいあるところで寝たかったなぁ。

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