スライム飼うことにした

緑窓六角祭

[1] スライム

 スライムを飼うことにした。最近なんだかくたびれていたので。おっさんだって癒されたいのだ。


 たまの休日、寝転がって動画を見るでもなしに見ていたら、おすすめにスライム関連のものがあがっていて、かわいいサムネに惹かれてクリックしていた。

 そこから芋づる式にぼんやりとスライム動画を眺めていたところ、すっかり日が暮れてしまっていて、その時はじめて『やばい、はまりかけてるな』と気づいた。


 その日はそれで無理矢理に切り上げて簡単な夕食から自然に晩酌にスライドしつつ、寝るまでだらだら将棋の実況とか見つつすごした、若干スライムに後ろ髪引かれながら。

 翌日から普通に仕事で、その間もスライムのことが気になって仕事が手につかない、なんてことはさすがになかったけれど、合間の休憩にスライム動画探して見てた。


 1週間ほどたってようやく、これはもう完全にはまってしまったと認めることにした。なんだろう、自分がそういうものにはまるとは想定してなくて認めがたかったのだ。

 認めてしまったらあとはもう転げ落ちる一方で仕事と睡眠の時間以外のすべてはスライム動画を見てすごした。いや夢の中でもスライム動画見てた気がする。


 そうしていれば当たり前のことにスライムに関する知識は増えていって案外育てるのに手間はかからないらしいとわかってきた。

 もちろん品種によっては非常にデリケートなものもあるが、だいたいにおいては従来のペットよりむしろ易しいぐらいだという。

 いやでも今まで生きものとか飼ったことないしと考えていたら行動にはなかなか移せなかった

 けれどもぐずぐずしつつも徐々に見てる動画がスライムの飼い方に関するものに偏っていって、半可でも知識が増えれば自分でもどうにかなりそうかもと思えるようになった。


 会社の近くのデパートにペットショップがあるのは知っていた。仕事帰りに思い切って飛び込んでみる。

 水槽の中で色とりどりのスライムが蠢いている。さすがに動画で見るような珍しいタイプはいない。けれども標準的な品種はそろっているようだ。

 『画面越しでなく実際に目にしてみたらたいして心惹かれるものでもないな』となったらそれはそれでよかったのだけれど、そんなことはなかった。

 かわいい。やっぱ実物は違うんだなってちょっと感動した。


 スーツ姿のくたびれたおっさんがスライムの水槽前で立ち尽くしているのは若干不審者じみてたかもなとは後になって思う。でもそんな周りを気にする余裕なんてなかった。

 いくら夢中になったといっても大人だからそのまま勢いで買ってしまうなんてことはしなかったけど。いやあの日は手持ちがなかったからか? なんにしろちゃんと自制した。自制できた。

 ただしこの時スライムを飼うということで完全に心が決まったのだと思う。どうすればいいのか、飼育を想定して本格的に調べるようになった。


 同じデパートの書店で本を1冊購入、タイトルはずばり『スライムを飼おうとしてる人が最初に読む本』。

 電車の中で読み始めて家に帰っても読みつづける。基本的には動画で見て知ってる話が多かったが、いろんなメディアで確認するのは大事なことだ。

 スライムは水槽で飼うのが一般的。例外はあるがそうした品種を育てる予定はないので気にしない。

 温度の変化には強い。ただし長期間氷点下にさらされる状況では凍結する恐れがあるので要注意。湿度管理の方が重要。水場は用意しておいた方がいいし、霧吹きしてあげると喜ぶという。

 エサはなんでもいい。食べてはいけないものは特にない。だからといって同じものを与えつづけると性質が変化することがあるので避けた方がいい。そのあたりは研究が進んでいなので詳細不明。


 スライムを手に入れる方法は主に2つ。人から譲ってもらうか、店で買うか。

 知り合いの顔を思い浮かべていったところ、スライムを飼ってそうなやつはいなかった。いや今までの人生、スライムに興味なかったからそんな会話をしたことないだけかもしれないが。

 だからといっていちいち全員にスライムを飼っているかきいて回るのも面倒なので、ひとまず譲り受けるのはなしの方向で。

 となれば必然、店で買うということになる。

 遠出して専門店に出向いてみればもっと多種多様なスライムがそろってると考えられる。

 だがこれまでまともに生きものの世話をしたことがない人間に、繊細な管理を求められるようなレアな品種を飼育できるとは思えない。あとそういうのは単純に高い。


 サイズは品種によってあまり左右されない。環境による影響が大きいという話。小さな水槽で育てれば小さく、大きな水槽で育てれば大きくなるとかなんとか。

 つまりは自分の家のスペースだとかそういうことを気にする必要はない。

 色についても特に考えなくていい。食べたものによって変化しやすいから。そういうところもスライムのかわいいポイントだ。

 品種によって違いが出てくるのは性質というか性格というかそんなところだ。

 粘着力が強かったりさらりとしてたり、ひんやり冷たかったりほんのり暖かかったり、攻撃的だったり臆病だったり、日向ぼっこが好きだったり夜行性だったり。


 ここのところで完全に行き詰る。

 動画を見て癒される分にはわりとなんでもいける口なのだが、いざ実際にいっしょに暮らしてくとなったらどんなやつがいいのか途端にわからなくなった。

 本読みこんだりペットショップ通ったりしているうちに1か月がすぎた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る