第54話 5章・一年生・長期休暇編_054_突撃
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5章・一年生・長期休暇編_054_突撃
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帝国軍は後方で、ナルダン子爵軍が前に陣取る。
帝国軍にいいように使われているのか、それとも手柄がほしくてナルダン子爵が申し込んだことなのかは、分からない。さすがに上空からでは、そこまでの情報を得ることはできないよ。
どちらにしても、それは地獄への片道切符。
アール様が持つのは、皇龍地獄剣。まさにナルダン子爵の最後に相応しい剣だ。
「ナルダン子爵家の紋章は三カ所にあります」
「つまり嫡子の他に次男も連れてきているのか。好都合だよ」
「でもその三つの旗のどれが子爵のものか分かりません」
さすがに個人を見分けることはできない。フウコは敵に悟られないように、かなり高い場所を飛んでいる。さすがに顔の判別までは難しいんだよね。仮に顔の判別ができても、僕はナルダン子爵の顔を知らないし。
「伝令の出入りが一番多い場所を教えてくれるかな」
「伝令……それなら左翼の後方、中央の部隊に近い場所です。そこが一番伝令の出入りが激しいです」
「どこに陣取っても、指示を出す以上は伝令の数が多くなる。上から見られていると思ってないから、伝令については対策をしてなかったということだね。こちらの火竜剣対策で通常は本陣を置かない左翼にしたんだろうけど、片手落ちもいいところさ」
アール様は頭の回転が速い人だ。
それに昨日の火攻めで分かるように、容赦のない人だ。
領主様の三人の息子の中で最も恐ろしい人だと、僕は思う。敵対したくない人ナンバーワン認定します。
「ランドー君。ナルダン子爵のいる方向は、こっちで合っているかな」
皇龍地獄剣で指し示す方角に、間違いはない。
「その方角で間違いないです」
「じゃあ、下がっていてね」
いそいそと下がる。皇龍地獄剣の発動に巻き込まれたらシャレにならない。
周囲を見渡したアール様が皇龍地獄剣を高らかと掲げる。
「来たれ皇龍!」
皇龍地獄剣が赤く発熱する。全皇龍シリーズの中で一番地味な初期エフェクトだ。
でもやることはえげつない。
「唸れ皇龍地獄剣!」
振り下ろす。
ゴゴゴゴゴゴゴッと地面が放射状に赤黒く変色していく。
沸騰したお湯のように赤く熱せられた地面の気泡が激しく跳ねる。
地面がマグマ化し、その圧倒的な熱量が後方の僕たちのところまで伝わってくる。
これ、実は魔法使い泣かせの攻撃なんだよね。
魔法使いの魔法障壁は地面の変化まで防げない。
だから皇龍地獄剣の地面をマグマ化する攻撃は、嫌らしいものなんだ。
迫るマグマを見てナルダン子爵軍が浮足立つ。
ナルダン子爵軍の兵士が逃げるよりも、地面がマグマ化するほうが速い。
マグマがナルダン子爵軍を飲み込んでいく。
また人が燃える。昨日からこんな光景ばかりだ。
自分で創っておいて、怖くなる。
マグマは左翼の後方にあったナルダン子爵の陣を飲み込んだ。空を飛ばない限り逃げられない攻撃に、背筋に冷たい汗が流れる。
「ナルダンの陣は?」
「マグマに飲み込まれました」
アール様はにっこりとほほ笑む。その笑みが僕はとても怖い。
「オリビア。いっておいで。ランドー君を心配させない程度にね」
「はい!」
いやいやいや、いってはいけないんですが!
「我に続け!」
オリビアちゃんは天神雷光を高らかに掲げ、馬の腹を蹴る。
「待ってました!」
アベル兄さんがそれに続く。
「ちょ、オリビアちゃん! もう、アベル兄さんまで!」
僕も慌てて走り出す。
「ランドー君。オリビアをよろしくねー」
よろしくねー、じゃないです! アール様の軽い声に毒づきたい気持ちを押えこんで、オリビアちゃんを追いかける。
突撃隊の先頭走るオリビアちゃんが叫んだ。
「我こそはリーバンス子爵が長女オリビア! 逆族ナルダンを滅ぼす者なり!」
オリビアちゃんの中二病が顔を出している。恥ずかしいから、止めて!
二十体ほどの騎馬。それがナルダン子爵軍の中央へとめり込んだ。
後方から威勢のいい声がする。僕たちは本当に最前線にいると分かるものだ。
「僕はスローライフでいいんだからね」
その声はオリビアちゃんに届かない。
オリビアちゃんが囲まれないように他の騎馬が展開している。そしてそれらの騎士は、ほぼ全員が火竜剣を装備していた。
火を噴く剣。焼ける敵兵。敵は阿鼻叫喚の真っただ中にあり、指揮官が統制を執ろうとしても無駄に終わる。
「オリビアちゃん! 前に出過ぎ!」
「ランドーが遅いのよ!」
オリビアちゃんはアベル兄さんを引き連れて、敵陣奥深くへと斬り込んでいる。僕は二人をカバーしながら、自分への攻撃も防がないといけない。
二人の悪鬼羅刹のような働きがあったからか、僕たちはナルダン子爵軍を突き抜けた。
そこにはほぼ無傷……いや、結構マグマで被害を受けているのか? そんな帝国軍がいて右往左往していた。
「オリビアちゃん。天神雷光の使いどころだよ!」
こうなったらとことんやるさ。
完膚なきまでに、帝国軍も倒す。……そうなったらいいな。
「任せなさい! 来たれ天神!」
掲げられた天神雷光に雷がまとわりつく。
「その身をもって神々の怒りを味わいなさい! 天神の怒り!」
振り下ろされた天神雷光から、無数の雷が迸る。
雷が直線に帝国兵を貫いていく。
オリビアちゃんは天神雷光の角度を変えて、扇状に雷を放出した。
フウコからの念で、帝国軍の魔法使いは魔法障壁を発動させようとしたけど、一瞬で帝国軍を貫通した天神雷光の速度に発動が追いつかなかったようだ。
デューク様の別動隊が帝国軍の横っ腹に喰らいついた。
さらにナルダン子爵軍を抜けてきたリーバンス子爵軍も帝国軍に攻撃を与える。
まだ戦闘中だから気は抜けないけど、この戦いの決着はついたはずだ。
あとはアール様の希望通り……ん、あれは……。
「オリビアちゃん、あっちに行くよ」
手綱を取り返した僕は、馬を引いていく。
「ちょっと、ランドー。帝国軍が目の前にいるのよ」
「いいからいいから。アベル兄さんも行くよ」
「おい、敵は向こうだぞ」
二人を引き連れて、戦場から少し離れる。
「ランドー。なんで移動したのよ」
「僕に任せておいてよ」
林を抜け、二人を案内したは小高い丘の上。
「あれは!?」
眼下には、這う這うの体で逃げる四人の人。
「ナルダン子爵の息子のほうだと思うよ」
一人はかなりいい鎧を着ている。
「やったわね、ランドー!」
オリビアちゃんは馬を走らせた。
丘を駆け下りる感じになるから、かなりの速度が出る。
オリビアちゃんに気づいた逃亡兵の一人が魔法を放った。
その魔法はオリビアちゃんに命中しそうになったが、天神雷光で斬り落とされた。
魔法使いは「え!?」と呆けた。
そんなことで呆けていたら、オリビアちゃんの相手はできないよ。
真っ先に魔法使いの首が飛んだ。
豪華な鎧を着ていた人は尻餅をついて、動けない。
他の二人がその人を守ろうとするが、オリビアちゃんとアベル兄さんに一人ずつ倒された。
「げっ。こいつ漏らしてるぞ」
「兄さん、そういうことは言ってあげないの」
武士の情けってものを覚えようか。
「汚いわね」
オリビアちゃんが追い打ちをかけて、天神雷光の鞘で兜を殴りつけた。
この二人に武士の情けを求めるのは無理っぽい。
「ところでその気絶させた人は、どうするの? 僕は触りたくないからね」
小だけならいいけど、大もしてらっしゃるからさ。
僕とオリビアちゃんは、アベル兄さんを見つめた。
「俺だって嫌だぜ」
「「がんばれ」」
「えーっ!」
本日2話投稿。
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