ファンタジア・レイド 歌姫と心の代理者

アヌビス兄さん

第1話 幻想欠乏

 とある世界の終わりに導くのは、戦争でも隕石でもましてや食料難でもなかった。


夢欠乏症ファンタジア・ロス


 突如、明日の希望や夢を失い、抜け殻のように心が死に、そして生命を終える。

 苦しくも人は夢や希望無しには生きていけない。

 合理的な生物ではないという証明となった。人口の半数以上が失われた世界でも今だ夢を失わない人々がいた。

 それは、科学者。

 彼らはこの困難に立ち向かう為、世界を救うという大きな希望と夢を抱いた。


「じゃあやってくれ!」


 夢を取り戻す彼らの戦いははじまった。この終わりかけた世界で歌を歌う少女、ヘカテー。

 彼女が歌う地域は『夢欠乏症』発症率22%にまで抑えられているという事実に科学者は賭けた。

 オカルトじみたそんな事にチーフであるラストはこのヘカテーの歌から世界を救うヒントが隠されていると、『夢欠乏症』の兆候が見られた患者達に彼女の歌をライヴで聞かせる事にした。

 ヘカテーは歌った。

 喜びの歌を、世界は愛に満ち溢れていると、彼女は誇らしげに、されどか弱く、健気に彼女は歌う。

 彼女がスタジオで歌う姿を見て満足したラストは、少し丈の合わない白衣を引っ張り、脳波測定をしている研究室へと向かう。


「やぁ、被験者達の様子はどうかな?」

「ドクターラスト。信じられません! セロトニンの分泌上昇。こちらの問いかけに反応している被験者もいます!」


 ラストは安堵した。世界を救う事が出来る。

 それは夢を喰らう謎現象を退治できると、そんな期待に頬が緩んだ。


「みんな、僕はここで宣言するぞ。人類は『夢欠乏症』なんかには負けない。ヘカテーにもっと協力してもらって、これから増幅実験を進める。そしてゆくゆくは彼女の歌を僕等科学者でも扱えるレベルにまで落とし込む」


 ラストのその言葉は同じ志を共にする科学者達の心を大きく動かし、夢に希望をさらに灯らせる。

 ラストはヘカテーが喉のケアを終えると食事に誘った。

 人口が半減した事で、食料難だけは回避された事はある意味世界に夢をもたらせたかもしれない。

 ハンバーグにスパゲッティ、そしてプリンアラモードをプレートに乗せるラストに食事を誘われたヘカテーは苦笑する。


「ドクターはいつも腹ペコですね」

「当然だよ! 僕は頭を使う仕事をしているんだ! 君の歌う仕事と同等には疲れているし、お腹が空く自信があるさ。君こそ、フルーツサラダにミルクティーだなんて小食すぎやしないかい?」


 ゆっくりとサラダを咀嚼するヘカテーに対して大きくハンバーグステーキを切って食べるラスト。ヘカテーはこのラストが美味しそうにご飯を食べる姿を見るのが大好きだった。


「ドクターはおいつくなんでしょうか? この研究所にいる方の中でも随分お若く見えますが?」


 ハンバーグを食べ終わると、ラストは一皿分全てフォークでミートソーススパゲティーを巻き取るとこれまた大きく口を開けてぱくりと食べた。


「十二歳だよ。君は二十歳だったね。しかし君は美しいな。銀の髪に褐色の肌。そして僕の心を見透かすようなグレイの瞳」


 ヘカテーは自分の容姿をラストが褒めちぎるので少し照れるが、ラストの癖っ毛である金髪に白磁のような白い肌。そして全てを受け入れてくれるような空色の瞳を見てドクターは可愛いなと正直に思った。

 それを言うと怒りそうなのでヘカテーはあえて自分の中にとどめる。


「君の先程の歌。凄かったんだよ! あの『夢欠乏症』を発症した患者への抑制。さらには意識回復まで見れた。僕等と君で世界を救うんだ!」


 立ち上がって腕を掲げるラストを見てヘカテーは噴出した。


「ふふふ」

「なんだい? 何かおかしいかい?」

「いえ、なんでおありません。そんな事よりプリンアラモード食べないですか? 食べないなら私が頂いちゃいますよ!」


 そう言われてラストははっとする。そしてプリンを取られないように腕で覆うとはぐはぐとプリンアラモードを急いで食べた。


「僕の仕事は糖分が必要不可欠なんだ! だから何人たりとも僕のプリンは奪わせやしないぞ!」


 一しきりヘカテーと談笑をしたラストは自分の研修室に戻る。ヘカテーは希望。彼女なくして世界の救済は絶対にできない。

 ラストは自分が独自に研究をしている物の成果を確認する。そう、それでこのまま全て上手く行くと安堵していた。


「お父さん、お母さん、あなた達の想いを受けて、ラストはきっと世界を救ってみませます」


 インスタントのココアを淹れるとそれをゆっくりと飲みながら、次期研究に関して構想を始めていた。

 それは夢の結晶を生み出す事。

 最高のパートナーであるヘカテーがいればそれは絶対的に不可能ではないというところまで来ている。

 そうラストが思っていた矢先、ヘカテーが倒れた。

 すぐに緊急搬送したヘカテー、医療班に呼び出されたラストに告げられたのはヘカテーの余命だった。

 それは同時に世界の終わりを意味していた。

 世界が終わるまであと〇〇日。

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