15  どこの馬の骨〈過去〉

 コハルの結婚が決まった。

 それを聞いた伯母は、「しらべないと、どこの馬の骨かわからないわよ」と、母に言ったそうだ。


 「——って、伯母さんが言ってた」と、母はコハルに伝えてくる。

 なぜ、コハルが聞いたら、イヤな気持ちになることを、わざわざ母は伝えてくるのだろうと、それが過去になった今も、ふしぎに思う。



 コハルが伯母をきらいになったのは、母から伯母の悪口を聞かされたことも大きい。

 伯父の養子解消の顛末てんまつや、日々のこと。

 母が餅つき機を購入したら、「そんなもの買って」と、伯母はバカにしていたのに借りに来るとか。

 母が応接間のクッションを新調したら、伯母はそれを見て、「いいね」なんてほめもしなかったのに、しばらくしたら、伯母の家の応接間のクッションも似たものになっていた、とか。

 

 コハルが、「伯母さんて、こういうところがイヤだよね」と、母に言ったことがある。すると、すさまじい勢いで、「伯母さんの悪口を言うなんて」と、人でなしのように怒られた。

 面食らった。

 コハルが生まれてもいない頃の、伯母さんとのいきさつ(悪口)、聞かせたの、母じゃん。


 コハルが学生のとき、友人に姉のいやがらせを打ち明けたことがある。

 彼女は、「ひどいお姉さんだね」と寄り添ってくれた。そのとき、コハルは複雑な心境になった。

 おそらく複雑なのだ。身内の悪口というのは。他人に同調されると、「いやそれほどでも」とか、補正したくなる。



 今では、母と伯母は共依存関係というものではなかったかと思っている。

 母と姉とコハルもだろう。あと、存在が薄い父も。

 多少の共依存は対等な力関係なら、あってもいいのでは。対等なら。

 でも、依存という言葉は、いい意味では使わないか。


 うちはテレビの視聴ルールも、いっとき伯母が決めていた。

 伯母の娘が観たい番組と、伯母の息子が観たい他局の番組がかち合ったときのことだ。録画が、まだ一般家庭ではできない時代だ。

 その解決法が伯母の家のテレビで、伯母の娘が観たい番組を姉と視聴する。うちのテレビで、伯母の息子が観たい番組をコハルと視聴するということだった。


 外からは、親戚家族ぐるみの楽しいおつきあいに見えたのだろうか。

 コハルにとっては、伯母家族は緊張を強いる存在でしかなかった。

 姉もそれなりに、この環境につぶされたのかもしれない。でも彼女には、そのうっぷんをはらす、コハルという存在があった。同情はしない。

 


 さて、彼の学歴、職業は、すぐに伯母夫婦の精査にかけられた。

 彼が結婚の挨拶に家に来てくれた日、うちと伯母の家の共有になっている通り道に伯父がいた。あれ、彼が来る時間を見計らっていたそうな。

「『約束の5分前に来た。いい男じゃないか』って伯父さんが言ってた」と、母が。


 ホットイテクレナイカ。


 そのあとも「結婚披露宴は」と、伯母からチェックが入る。

 ホテルのレストランが会場と知れば、「立食じゃないでしょうね」とか、いちいち、母に問いただしてくる。それを母が、いちいち、コハルに問いただしてくる。


 アラサガシヤメテクレナイカ。


 そして結婚披露宴、彼は伯母から〈お言葉〉をかけてもらえた。彼の学歴も職業も合格したんだね。話しながら伯母が、「うちの息子の大学は——。うちの息子の会社は——」、自慢の息子の話に持っていく、ありがち。

 

 そして、コハル夫婦はロビーウェディングなるものをしたのだが。


 神前式だと新郎の親族と新婦の親族の人数の差が大きくなる。教会式だと、そこのところを、うやむやにできる。

 中規模ホテルで、ロビーを教会に仕立ててあった。これでよしとしたが、ここに盲点があった。知らないうちに、伯母が娘を呼んでいた。

 いや、ロビーウェディングって衆目の元に行われるけど。


 現れた伯母娘が、コハルと伯母の写真を撮る。

 コハルとしたら、「なんで招待していない、いとこが、ここに⁉」だ。

 そして、苦手な伯母とツーショット写真!

 つか、伯母娘! 遠目に見ているだけなら、かわい気があるけど! 

 特にどう思うこともない、いとこだったが、ちょっときらいになった。



 このあと、いとこが撮った写真を伯母、母経由で受け取って、「写真をありがとうございました」と、コハルは年賀状を送る羽目となる。

 社交辞令は人間社会に不可欠だ。

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